Graffiti 24 −昔の記憶(3)−


 翌日学校にいった俺は、彼の予言が正しかったことを報告した。
「だからそう言ったじゃないか。お前も以外と見通し甘いな。」と笑って答えた彼だが、それは遠回しに「進路変更を考えろ」と言われているような気がした。
そして、加えてこう言う。「たぶんあともう一押しだな」と...。
そんなことは言われなくても分かっている。でもそのきっかけは俺から作るべきではない。
そう、あとはすべてほのかに託す以外ないだろうと思う。
手紙を出したのはほのかだという自信はある。が、俺にはまだそのきっかけが分からない。
あの手紙はただ会いたいから、という意味ではないはずだ。それだけなら、差出人の名前がないのは不自然だし、俺が一つ勘違いをすればそれ自体意味のないものになってしまう。
ほのかにしてみればその確証があり、すごく意味のあることで、きっと俺になにか気付いて欲しいことがあるに違いない。
故に過去をすべて解き明かしていない俺にはとるべき手段がない。
あとはすべてはほのかの行動とそのタイミングに任せるしかないだろう...。

 次の長期休暇は冬休みだから、次に札幌に行くのは多分その頃になるだろうと思っていた。
俺も一応受験準備でにわかに忙しくなってきたし、ほのかもそれは同じだろうとは思うが、このところ電話もないほのかのことが多少気になっていた。
「俺には取るべき手段がない」とは思っているが、早く結論を知りたかったのも事実だ。
10月の連休を目の前に控えて、久しぶりにほのかの声でも聞いてみようかと、PHSを手に取ったそのときだった。
PHSが鳴る。そしてディスプレイに表示された番号は、今から俺がダイヤルしようとしていた番号そのものだった。
「はい、もしもし。」
「あっ、こ、こんばんは。ほのかです。」
「うん、分かってるよ。」
「えっ、どうして?」
「だってほら、相手の番号がディスプレイに表示されるじゃない。」
「あっ、そうか。だから私だってすぐに分かったのね。」
「そのとおり。今まではよく見なかったんだけど。」
「そう言われてみればそうね。あんまり見ないね。」
「ホントのところは今ちょうど電話をかけようかと思ってたところなんだけど。」
「あっ、そうなの...?じゃあ、かけ直します。」
「ちょっと待って、切らなくてもいいよ。」
「だってこれから電話かけるんでしょ?」
「いいの。もうその必要なくなったから。」
「えっ、そ、そうなの?」
「うん、そう。で、今日は何の用?」
「別に用ってことでもないんだけど、どうしてるかな、って思って。」
「そう...。あっ、その前にお礼を言わなくちゃいけないね。」
「お礼って何の?」
「ほら、誕生日のプレゼント。」
「ああ、そのことね。」
「うん。とっても嬉しかったよ。大事にするね。」
「あ、ありがとう。気に入ってもらえて良かった。」
「そりゃもう、ほのかのプレゼントだもん。粗末に扱ったらバチがあたるよ。」
「そ、そう言ってもらえると嬉しいな...。」
そう言ったたほのかは、その後しばらく口を開かなかった。

「もしもし?ほのか?」
「えっ、何?」
「どうしたのさ。急に黙りこんじゃって。」
「ううん。何でもない。」
「どうしたの?何か元気ないみたいだけど。」
「...。あのね、ホントは今日お願いがあって電話したの。」
「何だ。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに。で、お願いって何?」
「あのね...。今度の連休にこっちに来てくれない?」
「えっ?それはいいけど、どうして?」
「お願い。理由は聞かないで。ねっ?」
「う、うん...。分かったよ。」
「ホント?ホントに来てくれるの?」
「ほのかがどうしても、って言うんなら仕方ないかな。」
「ありがとう。じゃ、空港に着いたら電話してくれる?」
「うん、分かった。」
「それじゃあ、今度の土曜日、待ってるから。」
「うん、必ず行くよ。じゃ...。」

 まさかこんな時期に札幌に来ることになるとは思ってもみなかった。短かった夏が終わり、秋が駆け足で去っていくこの地に...。
空港に着いた俺は約束どおりほのかに電話する。
結局ほのかは待ち合わせ場所も、俺に来て欲しいという理由も言わなかった。
今回はどんな趣向で俺を驚かせてくれるのだろうか...?
そして、電話で指定された場所は市内の某ホテルの前。
急いで足を運んだ俺を迎えてくれたのは、妙ににこやかに微笑むほのかだった。
「ごめんなさい。こんな所まで来てもらって。」
「いや、それはいいんだけど、今日は?」
「あのね、私どうしても行きたいところがあったの。」
「行きたいところって、ここで?」
「うん。函館山。」
「函館山だったら友達とすぐにでも行けるじゃない。それにどうして俺が?」
「あのね...。パパが女の子だけじゃどうしてもダメだ、って行かせてくれないの。」
「なるほどね。それで俺が必要だったってこと?」
「うん。でも別にあなたを利用したわけけじゃないのよ。」
「分かってるよ。で、父さんには許しはもらったの?」
「ううん、これから。最近パパは仕事が忙しくて家に帰ってこれないから、ずっとここに泊まってるの。」
「なるほど。だから待ち合わせ場所はここだったんだ。」
「うん。じゃあ私パパに話してくるからちょっと待ってて。」
「うん。分かったよ。」
そう言ってほのかは走ってホテルの中へと消えていった。
そしてそれから数分後、にこやかにVサインを出しながら俺のもとに駆け寄ってきて、ホテルの上の方に向かって大きく手を振った。
と、いうことは俺は上からほのかの親父さんに見られていたのだろうか...?
そう考えると少し恥ずかしくて、なんとなく顔が赤くなる。
そんな俺に気付く素振りも見せないほのかは、「早く行こうよ」と言わんばかりに俺の手を掴み、駅へと向かって歩き出した...。

 函館山に着いたのは、太陽が水平線にその姿を隠そうとしていた頃だった。
そして真っ赤に輝く海を見つめていたほのかの第一声は、以外にも「きれいだ」という言葉ではなかった。
「うわー。懐かしいな。」
「えっ、懐かしい?」
「うん。この夕日を見るの、何年ぶりかなあ。」
「ってことは前にも一度来たことがあるんだ。」
「うん。でもそのときはこんなに楽しい気分じゃなかったけどね。」
「それって、どういうこと?」
さっきまでにこやかだったほのかの顔から笑みが急に消えたことに驚いて俺はそう尋ねる。
何度尋ねてもほのかは口を開こうとはしなかったが、しばらくして何かに押されるようにその時の事を話し始めた...。
「あのね、私が初めてここに来たのは、あなたがこの街からいなくなった日。」
「えっ、そうなの?」
「うん。ほら、覚えてるでしょ、交換日記。あれってどうなってたか憶えてる?」
「いや、忘れちゃった。」
「あれはちょうど私の番で終わって、あの日あなたに渡そうと思って学校に持っていったんだ。でもあなたは学校には来てなかった。そして先生に聞いたら、あなたが両親の都合で急に引っ越すことになった、って教えてくれたの。
それでね、私あわててあなたの家まで走っていったんだよ。でも、私が着いたとき、あなたはちょうどトラックに乗って走り去った時だった。
一生懸命追いかけたんだよ。大きな声で何度も呼んだんだよ...。
でもあなたには聞こえなかった。ううん、聞こえるはずないよね。
...。せめてお別れぐらい言いたかった。お礼を言いたかった。あなたにはいろいろ助けてもらったし、いろんなことを教えてもらった。
それでね、せめて最後まで、見える限りあなたを見送りたいと思ってここに来たんだ...。」
まるで今まで胸のどこかに引っかかっていた箍が外れたかのように、ほのかはその想いを俺に話した。
そしてその頬には一筋の涙がこぼれていた...。

「そうだったんだ...。ごめんね、ほのか。今まで気付かなくて。」
「ううん、いいの。私ね、またあなたとこうやって再会できただけでも良かった、って思ってるから。」
「ありがとう。でもホントにごめんね。」
「うん...。」
そして、あまりにもほのかが愛おしくてたまらなくなった俺は、
「こんな時に優しくするのはずるいけど...。」
そう言ってほのかの肩を静かに抱き寄せた。
「うん、ずるい。でも今日だけは許してあげる...。」
そう言ってほのかは俺の肩に頭をもたれかけ、海をみつめたまま、しばらく泣いた...。
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