ベルガマBERGAMA 遺跡の再現図とベルガモ博物館


ベルガマBERGAMA 遺跡の再現図

ベルガマBERGAMA 遺跡の再現図

これだけの遺跡がベルガモには3カ所に分散して横たわっているわけであるが全く遺跡の表示が道路にされてないので観光客は道に迷うこと多いに迷惑な話である。
しかもこの3カ所の遺跡を回るには徒歩で歩くには少し距離があり、どうしても車に頼らなければ効率的な観光することができない距離ときているのでなおさらである。
もう少し、トルコ政府に考えてもらいたいものである。
ここに古代のベルガモが反映した当時を模式図再現で表した絵があるがそれを見ると素晴らしい建物がこの小高い丘陵地一体に林立していたことがよくわかった。

当時、世界最大ともいえる総合医療センター都市でもあったアスクレピオン遺跡


現在のベルガモの町よりもはるかにこの当時の方が反映したことがこの絵から想像できるのは何とも皮肉というよりほかはない。
現在はベルガモの町はひなびた田舎の小さな村といった感じてあった。現在の町の様子からは、この当時世界の学術文化あるいは医学を最高峰の最先端を走っていた都市とはおおよそ想像もできないような状況となっていた。
ちょうど日本人の団体の観光ツアーがやってきたので、そのガイドさんに寄り添って話を聞いていると、ひとつの小高い丘の頂上にあった古代の貯水槽に案内された。
その話によると古代のこの都市も驚くべき速さで人口の増加がもたらされたためにどこから水を引っ張っていくかが大きな都市基盤の課題となっていた。このために紀元前2世紀には水路の全長80キロメートルにも及ぶ水道が隣のマドラ山の泉からこの小高い高地に水を引く水道として整備されていたという説明があった。そのローマ時代の水道橋がはるか丘陵地の下方に遺跡となって残っているのが見えていた。
この時代の世界最大ともいえる総合医療センター都市でもあったアスクレピオン遺跡

ベルガモ博物館

トルコ絹刺繍 OYA

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