![]() トルコらしい独特の珍しい小物類が土産物として展示即売 |
トルコらしい独特の珍しい小物類が土産物として展示即売土産物店では日本語の解説書が売られていた。タイトルもベルガモという解説書であった。それとトルコ刺繍,トルコ絨毯の小物類も販売されていたので購入した。ほかにもトルコらしい独特の珍しい小物類が土産物として展示即売されていた。 子供の売り子が盛んに絵はがきを100円で大声で叫んでいた。 日本人に向かって盛んに覚えている限りの日本語で・・・・・・ もう少し時間をかけて土産物をいろいろ物色してみたかったが、駐車場に止めていた車の盗難も心配であったので程々にして車のところに戻ることにした。さいわい駐車場の車は無事であった。 外にいると汗が出るほど暑いので、車の中に入ってて涼みながら待つことにした。 車の中でみんなの帰りを持っていると、その間にも何台もの観光バスが坂道を登ってベルガモ遺跡に団体客を運んできた。 土産物店の前の猫の額ほどの駐車場スペースかないために、大型バスが出入りするためにいちいち展示している土産物を移動させなければならないほど車の出入りが難かしかった。 トルコ人は、それを1回1回それほど苦にもせず、展示している土産物の台を移動させていた。 |
盛んに覚えている限りの日本語で叫んでいた。このあたりも、トルコ流といえばトルコ流のまことにおっとりした風景であった。 30分ぐらい待つと、やがてみんなが駐車場に帰ってきた。 車のエンジンをかけてベルガモ遺跡を後にすることにした。 坂道を下っていると、美穂ちゃんがお姉さんがベルガモの繁華街でショッピングをしたいので車を止めてほしいという。 それに、ミネラルウオーターを購入したいという。 坂道を下りきったところで、車を止めてミネラルウオーターを購入するようにした。 30分ぐらいならショッピングする時間を繁華街で車を止めて待っているというと、お姉さんと相談していたが、時間が少ないので構わないということであった。 まだ、エフェスまで観光する予定にしていたのであまりここで時間をとるわけにもいかないのでベルガモの町を後にすることにした。相変わらず帰りの道も道路標識がないので道に迷うはないように気を配って運転をした。 |
![]() トルコらしい独特の珍しい小物類が土産物として展示即売 |
![]() トルコ刺繍,トルコ絨毯の小物類も販売 |
トルコ刺繍,トルコ絨毯の小物類も販売なんとかベルガモの町から幹線道路までたどり着くことができた。 予想以上にベルガモの観光て時間を費やしていた。 これからイズミールの町まで逆に戻って、そこを通り越して次ぎの観光地まで車で走っていかなければならない。 今度は、ネズミ捕りにかからないように注意をして運転を行った。 イズミールの町に近づくまでは順調に車が走った。 しかしながら、イズミールの町に近づくにつれて車の渋滞が激しくなってきた。やはりこちらでも車の量が多すぎるのである。 しばしば、車が止まってしまうことも、だんだん時間がたって次の観光地への時間的な余裕が心本なくなってきた。 ヤットとイズミールの町にたどり着いて帰ってきたときには、行きに使った以上の時間を浪費していた。 しかもイズミールの町の中心街に入ってくると高速道路の線が何本も交差しているために、Navigatorの美穂ちゃんが道路標識をみやまって道に迷ってしまった。 気がついた時には高速道路降りて、イズミールの中心街に車を向けていた。こうなってくるとますます道に迷ってしまう。 |
土産物店で日本語の解説書、絵はがき仕方がないので、道に迷った地点に逆戻りするように、車をユウターンさせて、今いる場所を確認して、これから進む べき道を知るために、ガソリンするスタンドに入ることにした。 ガソリンを満タンにしてくれとガソリンスタンドの店員に言って、現在いる場所を地図を出して尋ねてみた。 しかしながら英語が通用しない。 われわれが話すことは全く理解できないらしい。 これには弱った。 そうしているうちに、ガソリンスタンドに入って来たお客さんに英語が分かる人がいたらしく、その人をわざわざ連れてきて私たちの通訳をしてもらった。 ヤット現在いる場所の地図の上での確認ができ、そしてこれから進むべきで路線の方向も確認できたので、次の観光地への道路への入り方を知ることができた。 ガソリン代の精算をしようと思って、値段を聞いて、これが驚いたことに日本のガソリン代よりもまだ値段が高かった。これには驚いた。 われわれはレンタルした車は2,000シーシークラスの非常に立派な車で、従ってガソリンの燃費効率は必ずしもよくなかった。 |
![]() 土産物店で日本語の解説書、絵はがき |
なんとかベルガモの町から幹線道路までたどり着くことができた。 |
なんとかベルガモの町から幹線道路までたどり着くことができた。走っていると見る間にガソリンが減ってくるのである。 日本の1,300 CCの車であるとこんなにガソリンが減ることはないが、私が運転した車はフォードのモンデオという車であった、まことに燃費効率が悪い車である。 ヤットと正確な道路に戻ることができた。地下 しながら、しばらく順調に走っていたが、やはりイズミルの市街を走っているせいか、しばしば車は停まって渋滞が始まった。 最初、レストランに入って昼食をとろうということを行っていたが、とてもそんな時間がとれるような状況ではなくなってきていた。 もうお昼もかなり待っていたので、お腹も減ってきていた。 ホテルで調達したパン、サンドイッチを取り出して、運転しながら昼食をとることにした。 このイズミールの市街地を出るのにかなりの時間を費やされることになった。 郊外に出てヤットと車が順調に走るようになった。 イズミルの町はうち環状と外環状の2つの高速道路が町を大きくう回するように道路整備が行われていた。このためこの高速道路を最初から利用していればこのような渋滞にあたることはなかったと思われる。 |
イズミールの町の中心街に入って道に迷ってしまった。しかしながら道路標識がトルコ語で分かりにくく、Navigatorが道路標識を見極めることに慣れていないこともあって、この外環状の町を迂回する道路に乗ることができなかった。 このためイズミールの郊外にヤット出たときにはすでに午後の2時ごろになっていた。 しばらくすると道路の左側筋にイズミールの空港が見えてきた。 この空港に遅くとも6時までには帰ってきなくてはならない。 そうすると、あと1時間以内で次のエフェスの観光地に到着をして、帰りの時間を考慮すると観光する時間が1時間ほどしかなくなるような計算になっていた。まことに心細い限りであった。 当初、計画している時には時間がありあまれすぎるほどのゆとりを持った観光スケジュールであったはずなのであるが、それが現在では2番目の観光地までたどり着けるかどうかわからないような切迫したスケジュールに追い込まれていた。 幸い、エフェスの観光地までは渋滞に遭うこともなく順調に車が進んでいった。イズミールの町から距離にして76キロメートル、約車で1時間の距離であった。このエフェスの観光地はセルチュクの都市の郊外に位置している。 |
![]() イズミールの町の中心街に入って道に迷ってしまった。 |