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ゴールドコースト通信 
闘うGC日記 過去コラム集

ゴールドコーストにいる間に、色々なことが起こりました。2001年から2003年までの3年間の過去記事の抜粋です。

 アメリカから来た日本人から見たオーストラリア

12歳年下の妹が、結婚前に訪ねてきてくれました。
3国間に生まれるカルチャーギャップ。彼女の目にオーストラリアはどう見えた?

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80がITに?

2002 02/28

アメリカ在住歴5年以上の妹でもおーじー英語にはかなり戸惑っている。

空港に到着していきなり電車の駅のスタッフの言っている事が理解不能。アクセントが聞き取れないのだ。OKはオーカーイ、Todayはテュダーイと発音するおーじー達。Trainもトライン、となる。Stationはスタイション。

いや、こっちではみんな普通にきれいに(?)発音しているつもりなのだろうが、彼女にはすべて上のように聞こえるらしい。おそるべしおーじーアクセント。

80はアイティーと聞こえるため「誰かが80歳で亡くなった」と言うニュースは彼女には「IT業界の誰かが亡くなった」と聞こえる始末。

ちなみにElevatorをLiftと言い、飲み物の名前にもLiftと言うのがあるため、これも彼女の着を狂わせている。

Take outは こちらではTake awayだし。

アメリカ英語とおーじー英語の違いは想像ついていたがこれほどはっきり違いが認識されようとは思わなんだ。

ずれてる?

2002 03/02

今日は日本語PCの「たける君」のためにモニターケーブルスイッチボードを買いに行った。本気で一台のモニターを「たける」とおーじーPCの「ボブ」とでシェアしてもらうためである。(たける君は液晶が壊れている)

ところが、ここGCには一軒もそれを売っている店はないことが判明した。妹は愕然、本人も失望。「いやープリンターのシェアのスイッチボードならあるんですけどねー」誰もそんなこと聞いとらんわい!

妹がいちばん驚いたのはおそろしい「タライ回し攻撃」である。ある店に行くと「ウチにはないがXXには置いてあるはずだ」そこでその店に行くと「いやーあっちのXXXにあるでしょう、それは」この無責任状態は決してLAでは起こってはならない事態だそうだ。

つーか、私たちが辛抱強い客で良かったともいえるが。(妹によると、これに関するクレームは裁判にもっていく奴まで居るそうだ)

それともう一つビックリしたのが Won't be long! の決まり文句。直訳すれば「長くはかかりませんよ=すぐに戻ります」ってことかいな。これを言う店員、かならず5-10分は戻ってこない。「おねーちゃん、のんびり屋になったというか、なんというか...絶句」この妹のコメントに返す言葉がなかったのには言うまでもない。

話は飛ぶが今日のお昼は日本食。アボガド入りの酢飯ではないのり巻きに妹は唖然。私のうどんに入っている豆腐にも唖然。

「ここってなんかおかしいよ、ずれてる!」

正直な感想は滞在者にとっては辛いコメントである。おかしかろうが何だろうが、ここで生活するのだから。

んー、「豪(Aus)にいっては豪(Aus)に従え」ですね。

発音の違い

2002 03/06

妹はAusでの生活に慣れ、ご機嫌である。おーじー英語にも慣れてきた。

ただし、わからん表現はいろいろとあるらしい。

例えば発音。
Sure(ほんと、確かだよ、もちろんだよ)の発音はおーじー英語では「ショア」、アメリカ英語では「シュア」である。

Vase(花瓶)はおーじー英語は「バース」だがアメリカでは「ベース」である。

お店の雰囲気はカナダに似ているらしい。
教育事情は日本と似ているが入り口が広くて出口が狭いのはアメリカと一緒。

Universityを縮めてUniとこちらでは言うがアメリカではCollegeと言うそうだ。

彼女を驚かせたのがこれらの縮める言葉。
Sunnies(サングラス)は Sunglasses、
Swimmers(水着)はSwimming wear、
Thongs(ビーチサンダル)はSandals など。

どーも、これらはゴールドコースト英語であるらしいが彼女からすると「子ギャル英語」に聞こえるらしい。

決戦は金曜日(古い)。

2002 03/09

サーファーズパラダイスで夜遊びするには金曜日がお勧め。縁日というかフリーマーケットがでているので面白い。普段は散り散りにある店の工芸作家達が一同に会してあれやこれやと面白いものを売っている。

今日ゲットしたのはここらでは定番のバスソルト。入浴材のことである。ミネラル塩にハーブを混合して、少し香料を入れたかわいらしいものである。もちろん100% Made in Gold Coast だもんね。

妹は、はしゃぐはしゃぐ、なんたってこんな素朴なフリーマーケットはLAにはないそうで。一つ一つの小物が全部ほほえましく感じられると妹は言う。

バスソルト8種類を一つずつ、ビールのツイストボトルを開ける木でできたボトルオープナー(これは便利でカッコイイ)を購入。

私は妹に、というかご主人になる人に飾り額を購入。綺麗なファインアートにこう書いてあった。

The secret to a successful marrige... the husband must have the last two words...YES DEAR!
(成功する結婚の秘訣...亭主はかならずこの語句を使う事...うん、そうだね!)

はたして効果ありますかどうか。妹よ、結婚おめでとう。

最終回:おーじーってのんき

2002 03/16

「アニィウワイ」...(絶句)Anywayは妹にはこう聞こえるらしい。
普段おーじー英語に慣れ親しんでいる私としては非常にショック。自分ではアメリカ英語に近く発音するように気を付けていたつもりなのに。本当に発音の違いには指摘されるたび驚いていました。

この妹は健気に手紙を一通残して日本に行きました。「オーストラリアはおもしろい。子育てには最高の環境だと思う。教育事情も悪くない。でも、おーじー英語がねぇ...まあ、頑張ってください。今度は結婚後に二人で来ます。」だとさ。

20日に結婚するそうで。せっかく日本でやるのだから、しかも簡略式で写真とって終わりだそうだから、着物きればいいのになあ、とできの悪い姉はひそかに思うのであった。

この妹、ここにいる間は生カキ、でかいエビ、フィッシュ&チップス、カニ、などなどシーフード食いまくって後は家でごろごろしていた、なんてことは口が裂けても未来のダンナには言うまい。ねーちゃんエンゲル係数倍に跳ね上がったぞ、これからしばらくトーストにベジマイトの生活だ。くぅぅーっ。

番外編:アメリカから来た妹は日本で結婚。

2002 03/20

今日写真が届いた。
泣けたね、毎日おんぶしていたのにもうそんな年頃だったんだね。

一人でアメリカに行ってもう5年以上になるのかな。国際電話でぐちぐち泣いてたのも懐かしい、いまではかなりたくましくなっちゃて。

私もこの秋で滞在歴3年になるけど、外国で暮すのって色々あって大変だよね。だめなら、とかいやなら日本に帰ればいいじゃない、って他人は言うだろうけど、そこにいなきゃいけない理由はわかってるつもりだよ。

とにかく、がんばれ。ねーちゃん式に行けなくてごめんよ。日本に帰れなかった。

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