映画 ホワイトアウト



真っ白な大平原。
凍った空気。
吹雪く風が唸り声をあげる山々。
暗く湿った斜坑跡や放水管の中。
そして、雪に閉ざされた奥遠和ダム。
映像的には地味にならざるを得ない作品をどう映画化するのか、非常に興味シンシンで映画館へ足を踏み入れたのですが。
しかし―――やはり、言いたい。
みっしりと詰まった原作世界を二時間強の"映画"という枠に押し込めるのは無理があるのよっ!!!!!

邦画に限りませんが、原作があるものを映画化する場合、どこまで忠実に作っていくか―――非常に難しい問題だと思います。原作の持つニュアンスを生かし、上手くまとめて作品を仕上げるということもあるだろうし、モチーフだけを使って全く別の話に作り替えてしまう手もあるでしょう。
さて、原作者である真保先生が脚本を手掛けたのは吉と出たか凶と出たか。
冒頭から原作通りの状況説明が細切れなシーンとなって続いていることに対し、まず、引っ掛かりを感じました。
富樫と吉岡が遭難救助に行くシーンや千晶が奥遠和に行く決心を固めるあたりは良いとしても、真夜中の漁船の描写がチラッと映った時には首を傾げましたね。原作を読んでいる人間には「ああ、一月の羅臼沖ね」と納得がいくけれど、知らない人は何なのか判らなかったんじゃないでしょうか。
穿った見方かもしれませんが、原作者が企画に関わっていなかったなら、もっと大胆な導入部も考えられたのではないかなあ…と感じたのです。原作小説を書かれた御本人だから、どのシーンも削れなくて一通り流したのかな、というのは深読みし過ぎなのかもしれないですが。

そして。
アクションシーンの映えやウツギと富樫を対決させることによって引き出せる臨場感などを考えて、ストーリーの後半部分が変更になっていたのはいたしかたがないと思ってはいるのですけれど―――

奥遠和へ引き返してきた富樫が人質となっていた仲間といったん顔を合わせ、爆発物のリモコンを持って消えたウツギを追いかけ出します。その途中、倒れている千晶を見つけ、今まで自分が着ていた吉岡の防寒服で彼女をくるみ、「必ず戻ってくる」と呟いてその場を離れるというのはミエミエ。
非常に判り易い展開になった分、富樫一人の肩に全てがかかっているという風に見えてしまい「あ、あれ??」と思いました。
原作での富樫は人質になっていた仲間達と顔を合わせることはないし、ウツギとの直接対決もありません。顔を合わせてしまったテロリスト達と格闘し辛うじて生き延びてきていますが、あくまでも自分が今出来ることの中で何をするのが最善の策なのかを一所懸命考え、ギリギリの行動を採っているのですから。しかし映画としては、精神面での葛藤を原作小説のように幾度も繰り返し描いていると時間が無くなってしまうので仕方ないのでしょうね。その結果、ヒーロー性が強くなったように思い、違和感を覚えました。
千晶の心理もかなり端折られていましたね。吉岡を助けられなかった富樫を恨んでいるという部分が強調されているばかりで残念に感じました。自身が人質になってからテロリスト達のやりとりを聞き、富樫が一人で闘いを挑んでいるということを知って、彼女が抱いていた思いは微妙に変化を遂げていくのですが、多分これも時間的に描写できないということだったのでしょう。更に、千晶が銃を手にして発砲したのにも引っ掛かりました。あの展開では納得がいくものの、やはり判り易いアクションを選んだのだなという気がします。
そして、ウツギの取った行動についても疑問が…ヘリに乗って無事脱出できかけているにも拘わらず、なぜ富樫を追いかけるのかが謎でした。なんでさっさと逃げないのよーと思った私って間違ってますか??? 仲間を捨石のように扱った男が殺された者達の仇を取ろうとしたとは到底思えないんですよね。
そもそも、50億円を手中に収めているのにダムを爆破しようとした根性が気に食わない。そんなことして何のメリットがあるというんでしょう。計画が成功していれば自分は大金と一緒に脱出、ダムで行動を共にした仲間達はお縄ということになる訳だから、不必要な破壊行為ですよね。まあ、これも後のアクションシーンに繋げる為というのはイヤというほど判っているのですが。
相変わらず官僚的な組織として描かれている警察にも疑問を感じました。天候が回復したら狙撃隊を突入させるという判断に現場の警官達が反対するあのシーンは、なんだかお約束でイヤでしたね。そういう描き方をされたせいか警察の動向へも気が取られ、最後はヘリからバラバラと人が降りてきて大乱闘になるのではないかと余計な危惧を抱いてしまいました。
映像的には無理があったのでしょうが、私が一番残念だったのは、ウツギが水中スクーターを使って脱出したシーンが全て変更になってしまったことです。
原作小説に於いて『意外な真相と脱出方法』の醍醐味をたっぷりと感じさせてくれたあの箇所(まさかそんな方法で逃げるとは思っていませんでしたから!!!)が普通の逃走手段にとって変わられてしまい、面白味が半減しました。雪崩というモチーフは使われていましたが、それが富樫の手によって引き起こされたというのも悲しい。原作小説では侵入者側の発砲によって雪崩が起きています。不安定な雪山の大気に向かい銃の引金を引いたら何が起こるか、山に詳しい富樫は良く知っていて止めようとしたけれど間に合わなかった。その辺りを原作小説通りに描いても、映像的にはつまらないからなんでしょう。
しかし公開前、あちこちの同人系ページで話題になっていた『人工呼吸シーン』と『全裸になるシーン』は見事に無くなっていましたね。限られた時間の中であれだけの内容を処理しなければならないのですから、当然と言えば当然の結果だと思いますが(大爆笑)

演じた俳優さん達について、外れはありませんでした。
不安だった千晶役も原作と若干違うキャラになっていたせいか、あまり違和感なかったですね。
個人的な意見ですが、原作とイメージがピタリと重なったのは吉岡役と笠原役です。
体格的に"大男"というには無理がある石黒賢さんは、不精髭が山男っぽくてとても良かったです。言葉使いや物腰も誠実な感じがしてまさに理想の吉岡(ってナニ・笑)でした。
吹越満さんについては、もう、言うこと無し!!! こちらも"長身"ではないのですけど、笠原というキャラの持つストイックさと悲壮な決意を鋭い視線や動作でよく体現していたと思います。

小説と映画は全く違う媒体ですし、別物として見る他ないのだということも肝に命じてはいたのです。
殆どスタントを使用なかったという富樫役の織田裕二さんは素晴らしい熱演でしたし、巨大なダムを上手く舞台にして、かなりのスケール感が出ていたと思います。映像や音響としては凄味があって、そういう意味での見応えはあるでしょう。
けれど、私は原作に結構激しい思い入れがあるせいか、どうしても小説と比較しての見方になってしまいました。
邦画でもここまで出来るようになったんだなぁと感心はしましたけれど、映画的にはやはり「・・・?」という印象が残った『ホワイトアウト』ということですね。

2000/10/4 鑑賞−