柘榴の影 1



喧騒鳴り止まぬ繁華街。一人の男が通りを歩いていた。
すらりとした肢体、文句の付けようない美しい容貌、それでいて身に纏う雰囲気が只者じゃない。
まるで鋭利な刃物のような、触れると切れてしまいそうな…そんな近寄り難い雰囲気を漂わせた美しい青年だった。
青年が街を抜ける。しなやかな身のこなしで喧騒鳴り止まぬ路地から離れようと角を曲がったその時、彼の背後から襲いかかる者がいた。
物も言わずに何か固い鈍器で殴りかかろうするその気配、青年はそれに敏感に気づいてひらりと身をかわす。
ひとつ角を曲がってしまえば薄暗い路地……彼らを阻む者はもう誰もいなかった。

「……誰の手のものだ?」

美しい魅惑的な声が空間を振るわす。思わず聞き惚れてしまいそうなその声に男達は身体を強張らせた。
青年を襲ったのは歳若い男が3人……まだ周囲に人の気配がする。襲撃者はこいつらだけではなさそうだ。

「………あなたを恨む人がいる。」

男達の一人がぼそりと呟いた。
それを聞きながら、青年は眉宇を顰めた。

「あの方に変わって、あなたに天誅を加える。……おとなしく死んでくれ!」

そう叫ぶと、男達は再び青年に襲いかかった。
それを合図に周囲から無数の人影が飛び出してくる。あまりの人数に、いったい何人いるのか数え切れないほどだ。

「………おいおい、死ねとは……物騒だな。」

青年の口から呆れた呟きが洩れる。襲いかかってくる男達をひょいひょいと交しながら余裕たっぷりの様子だ。
無論、こんな状況、青年にとっては朝飯前だった。男達の必死の攻撃を軽く除けながら、思わず懐かしい気持ちになる。
そういえば、こんな事もあったねぇ……と昔の記憶に思考が移るほどだ。

「おまえら馬鹿だな。そう闇雲に襲ったって当たる訳ないだろう?もっと脳みそを使えよ。」

思わず、アドバイスしたくなってしまう。彼らの作戦は言うなれば、質より量作戦だ。しかも、彼らは何故かへっぴり腰である。
これでは当たるものも当たらない。中途半端な奴ばかりだ。今更、こんな雑魚をよこしてくるとは……誰だ?
青年の思考が首謀者へと移る。
それと同時に反撃へと移る事にする。鮮やかな回し蹴りが宙を舞った。強烈な肘鉄が誰かの顎にカウンターを食らわす。
あっという間もなく、その場に立つのは青年のみになっていた。

「ち……久々に楽しませてくれるかと思ったのに……」

期待はずれだったな……とその目は語っていた。ざっと人数を数えてみる。だいたい20人くらいはいるか?
………まだまだだな。と思いながら、その中の一人に歩み寄る。
まだ意識のあるその男の胸ぐらをぐっと掴みながら、無理やり引き起こし、そして問う。
「誰の指図だ?」

男は答えない。苦しそうな顔をしながら青年から目を反らす。

「ふ〜…ん。なかなか良い度胸だな。腕っぷしは弱いが、心は一人前か?はは、忠義なもんだな。」

そう鼻で笑って、青年は男の胸ぐらを掴んでいる腕に力を込めた。男の顔が苦しそうに歪む。

「ほら。言っちまえよ。もっと酷い目に合いたいのか?首謀者は誰なんだよ?」

青年は気付かなかった。気を失ってると思っていた男の中の一人が目覚めている事に。
だから、分からなかった。その一人が……彼の背後で鈍器を振り上げている事など……。分からなかったのだ。





「ラス」

校内中に響き渡る大声で廊下を駆けて来るのは、自分の一番の親友、自分が一番頼れる存在、彼女の言う事なら何だって聞いてあげたい……そう思わせる貴重な女性、サティンだった。蜜色の髪を風になびかせながら廊下を走る姿はやはり注目の的、何と言ったって彼女はこの浮城学園高等部を取り仕切る生徒会のトップ、生徒会長なのだからしょうがない。目立たないわけがないのである。その彼女がなんの飾り気もなく廊下を走り、自分の名前を叫びながら駆けよって来るのは、なんとなく気恥ずかしい気がした。

「サティン……そんな大声で叫ばなくても分かる。それと……廊下はあんまり走らないほうが良いぞ?危ないんだから。」

そう小さく呟いて、ラエスリールはサティンを迎え入れた。

「走るなですって?!ラスったらなんて事いうの!!これが走らずにいられるもんですか!!ちょっとラス?!知ってる?!」

そう興奮気味に叫びながら、サティンがラエスリールの棟ぐらを掴む。

「サティン?!」
「闇主先生が族に襲われたらしいわよ?!意識不明の重体ですって?!これが騒がずにいられるもんですか!ねぇ、ラスは知ってた?!」

そう言って、ラエスリールを揺さ振るのだが、当のラエスリールはその告げられた内容に衝撃を受けていた。

「闇主……?……闇主が……意識不明?」

嘘だ。……あの男がそんなひどい状態に陥るわけない。嘘だ。嘘に違いない。
ラエスリールの頭の中を否定の嵐が駆け巡る。

「ラス?!ちょっと大丈夫?!……今、職員室で掴んだ情報だもの。間違いはないわ。闇主先生……重体なの。」

そう確信を持って言い切られては、信じない訳にはいかない。闇主が…重体……意識不明……これは本当のようだ。

「………見舞い。……見舞い行かなきゃ。サティン…。闇主は…闇主はどこの病院に入院してるんだ?いったい今どこに?!」

今にも走り出しそうなラエスリールをサティンは無理やり押しとどめた。

「ラス!落ち付いて!今はまだ授業中よ?後で私が聞いといてあげる。だから一緒に行きましょ?ね?ラス。だから落ち付いて?」

そう確かな口調で話しかけられ、ラエスリールは我に返った。
闇主が意識不明……それを聞いたと同時に心臓をわし掴みにされたような錯覚に陥った。
息が出来ない。まるで呼吸困難におちいってしまったかのようなそんな感覚。すべてが現実じゃないような……そんな浮遊感。
でも現実なんだ。この現実をしっかり受け止めなければいけない。……そして様子を見るんだ。
大丈夫……闇主は目を覚ます。大丈夫……大丈夫。
そう自分に言い聞かすように……。
そうしてラエスリールは気分を落ちつかせていった。

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って訳で、学園バージョンで長編始めます。
学園編で破妖の登場人物を総動員させるには、オムニパスじゃ上手く行かないわ!
って訳で書き始めたんだけど、終わりません。ラストも決まってません。
初っ端から闇主さんやられててるし、いったいこの話はどうなっちゃうんでしょうか?
アップしないと終わりゃあしない、って訳でアップちゃいますが、果たしてこの話、終わるのか?!
短編書きがメインだった私の初めての長編です。なんか不安なんですが、続きどうぞ楽しみにしていて下さい。
終わるか終わらないかは皆様次第!って事で(笑)
どうぞよろしくお願いします。


15・9・4 レン