柘榴の影 2



消毒薬の匂いがする。病院独特の嫌な匂い………。
その匂いに顔を顰めながら、ラエスリールは市内にある大学病院の中を歩いていた。
大きな病院だけあって、様々な人が診察に訪れている。お年寄りから子供まで……年齢も様々だ。
こんな大病院に闇主が入院…・あの殺しても死なないような厚顔無恥な男が集中治療室に入院してるというのだ。
いったい何故?どうしてこんな事に………・。
ラエスリールの目から思わず大粒の涙が零れ落ちた。

「ラス?大丈夫?…大丈夫だから!闇主先生を信じましょ?あの闇主先生がそう簡単に死んじゃう訳ないじゃない!ね?」

横でサティンが自分を抱きしめながら慰めてくれる。
正直言って意外だった。闇主が重体、意識不明という事実がこんなに自分に衝撃を与えるなんて思っても見なかった。
だって、あの男は………・ただの幼馴染みなだけではないか。しかも、最近再会ばかりの昔馴染み。
なんだかんだ言いながら自分をからかう厄介な知人。自分はそう認識してさえいたというのに………。
そう思いながら、最近の闇主の顔が彼女の脳裏を駆け巡った。
何かあると、何故かいつも傍にいるあの男。先生という立場などもろともせず…・・何故か自分のそばにいるあの男。
本当は気付いてた。
なんだかんだ、からかいながらも、あの男が自分の事を気遣ってくれる事に。
何故こんなにも良くしてくれるのだろう。
私は彼と昔なじみなだけで、この数十年まったく会ってなどいなかったのに………。
それだけなのに…・・何故、彼はあんなにも自分を気にかけてくれたのだろう。
そう思うと、再び涙が零れ落ちる。
ふと気付くと病室の前だった。

「ラス。とりあえず顔だけは見れるらしいから…・大丈夫!闇主先生は絶対元気になる!」

そう言いながら、サティンが勇気付けてくれる。
自分もそれを願う。そう思いながら、重い扉に手をかけた。

「!」

扉を開けると、人がいた。思いもよらず先客がいたのである。
髪の綺麗な男の人。一瞬、女の人かと見紛うほどの長い髪を持った綺麗な綺麗な男の人が、静かに寝台の横に佇んで、意識のない闇主の顔をなんとも言えない切ない表情で見つめていた。

「あ、ごめんなさい!」

あまりにも美しい場面を自分達が壊してしまったようで、思わず謝罪の言葉がラエスリールの口を出る。
自分達の存在に気付いた「彼」は急に表情を変えた。氷のような冷たいそれに……………。
そのまま無言で部屋を出ていこうとする。
そして、あっと思う間もなく、「彼」は部屋を出て行ってしまった。
すれ違いざまに、冷ややかな視線を自分達に、いやラエスリール個人に残しながら……・。

「ちょっとラス!今の誰よ?!背筋も凍るような美形だったわよ?すんごい綺麗な長髪でさ。いったい闇主先生の何なのかしら?!」
「………分からない。あんな綺麗な男の人……見た事もない。」

何故か心がちくんと痛んだ。
いったい今のは誰?どうしてあんな目で私を見るの?どうしてあんな表情で闇主を見るの?
私の知らない闇主の過去………それを垣間見たような気がして………少しだけラエスリールは悲しくなった。

「それよりラス!闇主先生!!………・なんだか痛々しいわ。」

そう。肝心の闇主である。彼は寝台に横たわったまま、ぴくりとも動かない。その高頭部に光る白い包帯が痛々しい。
しかし、それ以外は闇主のままだ。綺麗な綺麗な美しい青年。ぴくりとも動かないその姿は、まるで氷の彫像の様だ。

「闇主……・」

そっと彼の頬に触れる。ちゃんと暖かい。まだ生きてるんだ。
それなのに目を開かない。あの美しい瞳を自分を向けてくれない。それが逆に悲しかった。

「闇主」

思わず頬を寄せる。小さな呼吸が浅く繰り返される。生きてる。ちゃんと生きてる。
でも……・あの魅惑的な声を聞かせてくれない。いつものように自分をからかってくれない。
再び涙が流れ出でた。

「闇主……・闇主?………闇主……・・あんしゅ………」

最後は嗚咽になっていて、はっきり発音出来ない。もう溢れ出る涙を止める事は出来なかった。

「これはこれは……。綺麗なお嬢さん方のお見舞いだ。千禍もこんな状態じゃなければ、さぞや嬉しかっただろうに。」

と、背後から突然かけられる柔らかい声。
ラエスリール達は、びくりとしながら後ろを振り返った。

「……セスラン様?」

声の主を知ってラエスリールは驚いた。
だってそれは、昔からラエスリールの家の主治医であるセスラン様だったからだ。正確には父親の主治医である。

「セスラン様?どうしてここに?」
「おや。綺麗なお嬢さんの片割れはラエスリールでしたか?こんなところで会うなんて…奇遇ですねぇ。」

生来ののんびりした口調でしゃべりながら、セスランが近付いてくる。

「ここは今、私が勤めている病院ですよ?彼の担当は、私が引き受けているので…………・。」

そう言ってセスランは闇主を指し示した。

「セスラン様が闇主の担当?」
「はい。その通りです。ラエスリールは……………彼の生徒ですか?」

制服姿のラエスリール達をしげしげ眺めて、セスランは言った。

「はい。闇主は私の…………学校の保険医で…………私の幼馴染です。」

ラエスリールは、少し戸惑いながら………でも正直に告げる。

「……………・それはそれは……驚きました。いえ、彼が浮城高校の保険医に派遣されたって話は聞いていたんですが……まさかラエスリールと幼馴染だったとは存じませんでした。…………・それじゃ、今回の事は…………さぞや悲しいことでしょうねぇ。」

そう、のんびり告げるセスランに、ラエスリールはいてもたってもいられなくなって、彼に詰め寄った。

「セスラン様………!!闇主は…………闇主は大丈夫なんですか?!」

そう言った途端、セスランの瞳に暗い影が落ちるのをラエスリールは見逃さなかった。

「セスラン様?!………・闇主………危ないんですか?!」
「危ないかどうか分かりません。外傷はそれほどではないんですが、なんせ頭を打ってるもんですから………。意識が覚めない事にはなんとも……。」
「闇主は……………いったい闇主に何が起きたんですか?!噂じゃ、族に襲われた………って。」
「詳しい事は私にも分かりませんが、繁華街の路地で倒れていたそうです。乱闘の通報があって、その跡地に残されていたとか。……………・彼も結構前まで色々ありましたからねぇ。その関係でしょうか?」

のほほんと語る彼の言葉を聞いて、ラエスリールはとある疑問を抱いた。
―――セスラン様は……………闇主を昔から知ってる?
そんな疑問に注意を奪われていると、今まで彼らの再会を黙って見守っていたサティンが、こそりとラエスリールに耳打ちした。

「ラス。私、さっきから気になってたんだけど、この先生、闇主先生のこと、「せんか」って言ったわよね?……………なんか昔から先生のこと知ってるみたいだけど、ちょっとばかし気になんない?」

そういえば、そんな事も言っていた。そんな事、サティンに言われるまで全然気が付かなかったが、どういう意味なのだろう。
ラエスリールは、ずばりセスランに聞いてみることにした。その疑問にセスランはすぐに応えてくれた。

「ああ。まあ一種の愛称みたいなもんです。私と千禍は学生時代から知り合いでしてね。大学も同じだったんですよ?だから、今回のこの事件は…………・私にとっても胸が痛いです。」

そう語るセスランの言葉にラエスリールは驚きを禁じ得なかった。
セスラン様と闇主が……………・知り合い?
そっちの方が驚きである。

「そんな話、初耳でした。……………じゃあ、セスラン様は私の知らない彼を……………御存知なのですね。」

そう言ってラエスリールは小さく呟いた。何故だか分からないけれど、胸のどこかがちくりと痛んだ。
さっきの綺麗な男の人を見た時とおんなじ気持ちだ。そんな気持ちを抱く自分が、なんだか嫌だった。
そんなラスの傍でサティンがまた耳打ちする。

「ねえねえ。聞きついでに、さっきの男の人についても聞いてみてよ。あんな綺麗な人が知り合いだなんて、ちょっと意味深。」

何が意味深なのか、よく分からなかったが、さっきの先客が闇主のなんなのか………・。気にならないといえば嘘だった。
だから、聞いてみる。それに対しても、セスランは快い返事を返してくれた。

「ああ。彼は千禍の友人です。今は…………何をしてるんでしょうねえ?数年前までは彼といつも一緒にいるのを見かけましたよ?ま〜千禍が医者を目指すことになってからは、あまり見かけませんでしたが……………。」
「そうだったんですか〜。なんだかすごく綺麗な人でしたよね?私も気になっちゃって〜。」

サティンが口を挟む。

「何を言ってるんですか?綺麗さじゃあなた方も負けてませんよ?」

そう言って優しく微笑むセスランに、ラエスリールは複雑な表情をするしかなかった。

<back next>


って訳で、続きです。新キャラ続々登場です。
セスラン様を早く披露したかったんだよう〜(><)!金パパ主治医のお医者様なんだぞう〜<<だから何?
この長編、テーマは「闇主さまの過去」です。よって、どう考えても題名は「柘榴の影」以外考えられないと・・・(汗)
パロってる割にシリアスだ。さてさて次回はどうなることやら・・・。作者の私も未だ知らない・・・。

15・9・8 レン