その日は非常に慌ただしかった。
そもそもの始まりは下っ端の伝言にあった。
「組長!組長っ!!」
「……騒々しいぞ。何事だ」
「そっ…それが、草薙組の頭がとうとうおっちんだそうで・………!」
八神組、草薙組。
この2つの組は極道界ではもちろん、世間一般の人間達にも知れ渡った大きな組であった。
しかし、それも過去のことで、草薙組の組長が床に伏せてからは大きな衝突もなくなった。
それは人の子。死も訪れる。
随分と長い間の闘病生活だったが、とうとうその組長が死んだというのだ。
組長が死んだとなれば、新しい組長が任命されるだろう。
長い間の冷戦が終わりを告げようとしていた。
俺は特別近しい部下を数人連れて草薙元組長の葬式にやってきた。
見ると、ほとんどの者が涙を流していた。悔し涙、純粋な哀しみの涙、そしてやりきれない思いからの涙。
泣いてはいなくても、それなりの感情を表に出していた。
ただ一人を除いては。
位牌の正面に堂々と座って部下に囲まれているその男は、きっと時期組長なのだろう。
ならば誰よりも前組長の死を哀しんでもいいはず。
それなのに、その男は。
哀しみどころか、
笑みすら浮かべていた…。
何か、人間としての一部が欠けたようなその笑みを見て背筋に冷たいものが走った。
目を離せないでいると、その男は不意に立ち上がり、まっすぐ俺を見た。
顔は笑みを浮かべたままだが、さっきの笑みと比べて、邪悪さが消えていた。
それはまるで、子供が新しい遊び相手を見つけたような…。
「あんたが八神庵?」
「…おいっ!敬語を使っ…」
「…いい。下がれ」
「しかしっ!組長!!」
「下がれと言っている」
俺の部下が男に食いかかるのを止める。まだなったばかりの新米組長が俺に敬語を使わなかったのが屈辱だったのだろう。
部下は小さくはいと答えると、硬くこぶしを握り締め、俺の後ろに下がった。
すると男は失礼と思われても仕方がないくらいに俺を眺めた。
「ふぅん。なんだ。俺と同じくらいじゃん?歳。どんな親父かと思ってたぜ」
「名を名乗れ。相対するものの名くらいは知っておきたい」
「…草薙京」
「草薙組はお前の代で終わることを覚えておけ。草薙。…帰るぞ」
自分の言いたいことだけ言っておくと、俺はさっさと部下を連れて引き上げようとした。
草薙組の組員が集合している場など、居心地が悪いだけだったからだ。
…いや、それ以上に、ここにいたくない理由があった。
草薙の瞳に、見られていたくない。
さっき。邪悪な笑みが消えて子供のような顔に変わる一瞬。
肉食獣、の前に立つような。
威圧感に襲われた。
何故かもう、どうあがいても逃げられないような。そんな。
「おい、八神ぃ」
部下に扉を開けられ、車に乗ろうとしたとき、草薙に呼びとめられた。
「俺の命、簡単に取れると思うなよ」
遠まわしな警告…だったのかもしれない。
その葬式から、草薙京が正式に草薙組の組長となった。
草薙の働きは前組長をこえていた。
前組長の倍近くの”仕事”を部下に指令しているにもかかわらず、怪我人こそ出たが、誰1人として死人が出ていない。
”仕事”にあてる部下の使い方が上手いのだ。
まだ組長になって日が浅いのに、これだけの”仕事”をこなせるとは、かなりの実力者だった。
ちゃくちゃくとたくさんの組を従えて行く。
その名が極道の世界に知れ渡るのに、そう時間はかからなかった。
ある日、草薙から電話があった。
いつの間に調べたのかと不思議に思ったが、あの男にしてみれば、簡単なことだと思いなおす。
電話の内容はこんなものだった。
「0時に、ウチの組に来い。…ただし、一人で、だ」
こんなバカな誘いをするやつも、受けるやつもいやしない。
いまや大きく成長した草薙組に、一人で行くなんてことは、殺されに行くようなものだ。
俺とて、こんな誘いを受けるつもりはなかったが、この電話には続きがあった。
「八神…お前さ、妹いんだろ?」
草薙の言いたいことはこの一言ですべて伝わった。
確かに、俺には妹がいた。今は寮住まいで普通に暮らしている。
代々極道の道を歩んできた八神家だったが、妹だけはこの血塗られた世界に入れたくなくて、極道から離れた生活をさせていた。
…もちろん、本人の知らないところで護衛もさせている。特別腕のたつやつらだ。
そいつらが、やられたというのだろうか。それとも、草薙のはったりか…?
草薙は俺の返事を待たずに次の言葉を続けた。
「殺しはしねぇよ…ククッ……っつってもしんじねぇか…」
「…誰がそんなことを信じると思うんだ」
「…可愛いじゃん?お前の妹…。寮で住んでたとこ見ると、極道の人間じゃねぇんだ?」
妹のことを話にだされて、怒りがこみあげる。握った電話がぎぎ…と嫌な音をたてた。
「……妹に手出ししてみろ…。地獄の果てまでも追いかけて、殺してくれる」
「ふぅん…。そりゃ、楽しみ…」
…草薙は不気味なほどによく笑った。俺が毒づいてもなんの効果もないらしい。
「俺とおまえ、2人で話すんだよ。俺んとこのやつらにも邪魔させねぇ。いいな?こいよ?妹大事だろ?」
「……0時…か…」
「おう。じゃあな。・・・あ、そうそう。さっきみたいなこというなよな、組長ならさ」
「さっき?」
「『妹に手を出してみろ…』とか。そんなんじゃお前、大事なもんばらしてるようなもんだぜ?
すぅぐなくなっちまうよ…。全部…な」
草薙は最後にまた喉の奥で笑って、電話を切った。
俺も静かに電話をおく。
その手は、いろいろな感情がいりまじって震えていた。
…正直、怖い。
この世界にはいって、2度目のこの感情。
1度目は俺が子供のころ、目の前で前八神組組長である俺の父が敵対していた組のものに拳銃で蜂の巣にされたときだ。
それ以来、怖いと言う感情など捨てたと思ったが…。
「組長!…ホントに行くんで…?」
今まで黙って電話をしている様子を見ていた部下が口を開いた。
「…行くしかあるまい…」
「無茶です!絶対殺されちまう!」
口々に批判の声をあげる、部下たち。そんなことは自分でもよくわかっていた。
「もちろん、なんの保険もなしに行くつもりなどまったくない。
妹の保険も、俺の保険もつける」
俺は何人かの部下の名前を呼び、その部下たちに俺が草薙と話している間に、妹を探し出すように命じた。
「俺の保険は…これだ」
ポケットから小さな機械を取り出すと、その機械の説明をし、俺はそれを口に入れた。
俺は0時を待たずに草薙組の屋敷へ出向いた。
よく考えてみると、場所は知りつつも、草薙組へ実際に来たのはこれが初めてだった。
不気味に静まり帰ったそこは、ある1つの部屋にだけ明かりがつけられていた。
おそらくそこが草薙の部屋なのだろう。
しばらくどうするか考えていると、正面の門がゆっくりと開いた。
草薙のものが俺を出迎えに来たのかと思ったが、門を開けたのは他でもない草薙本人だった。
「よう。葬式以来か?」
「…随分と力をつけたものだな」
「まぁな。お前と並んだろ?」
「自惚れるな」
短く会話を交わすと、草薙は俺を屋敷の中に上がらせた。
本当に誰もいる気配のない屋敷の中。不思議に思っていると、草薙が俺の心内を悟ったのか、安心させるような口調で言った。
「言っただろ?俺とお前、2人で話してぇってさ」
部屋に辿りつくと、草薙は自分の椅子であろう、真向かいの椅子にどかっと座った。
「…座れば?」
俺がどうしたらいいのかと思っていると、近くのソファーを指差し、座るよう言われた。
居心地が悪い。
当たり前だ。敵の本拠地だ。
とりあえず、俺は1番聞きたかったことを聞くことにした。
「…妹はどこだ」
「……心配?」
「どこだ、と聞いている」
効果は無いとわかっているが、それでも睨まずにはいられない。
すると草薙はやはり笑っていた。
「言っただろ?大事なもんは上手く隠しとかなきゃ、なくなるぜ?…特にこの世界じゃな」
「・・・ぐっ!?」
ふいに草薙はたちあがって俺に近づくと、俺の髪を掴みあげた。
…あの瞳にとらわれる。
身動きが…出来ない。
「…教えてやろっかー?大事なものなくなるってコト」
「き・…さまぁっ!!」
「嫌だよなぁ?…だからここに来たんだもんなぁ?」
草薙はいかにも楽しんでいるようだった。それが俺の神経を逆なでする。
「返してやるよ。お前が抵抗しなけりゃあな」
「な…にっ?!」
何に対しての抵抗だと聞き出す前に、俺は草薙に口付けられていた。
口付け…。まるで食われてしまうような勢いの。
俺は驚きに目を見開くと、ありったけの力で草薙を引き剥がした。
「何をする、貴様ッ!!!」
「…抵抗しなきゃ返してやるって言ったんだけどなぁ…」
みると、草薙は不満に顔を歪めていた。
今まで掴まれていた髪を思いっきり引っ張られて床に叩きつけられる。
そして草薙は再び笑みを顔に浮かべ、俺に覆い被さった。
「いいぜ?すれば?抵抗。…そのかわり、お前のかわりにお前の妹がこういうことされることになるけど」
「?!!」
「俺が言えば、組のやつらがヤりまくるぜ。女の構造がブッ壊れるくれぇに…」
「……っ!!」
悔しさのあまり、唇を噛むと、血が唇を伝った。
しかし、そんなことなど気にならないくらいに怒りにかられる。
「だから…さ。大人しく抱かれてろよ。女みたく足おっぴろげてさ」
…今までに、こんなに人間を恨んだことがあっただろうか。憎らしく思ったことがあっただろうか。
そういう感情の全てが今この男に向かっている。
殺しても飽き足らない。
この感情をどうすることの出来ない今の自分が歯がゆくて仕方がない。
草薙は俺の反応がなくなったのを見ると、俺の服を無遠慮に引き千切った。
ボタンが部屋のあらゆる所に飛び散り、転がって行く。
思わず抗議の言葉が出そうになったが、唇をかみ締めて耐える。
また唇から血が流れた。
その血を草薙が舐めとると、その舌は下の方へと降りていく。
「…悔しいだろ、こんなコトされて。有名な八神組の組長さんがよ」
何度も侮辱の言葉をかけていくが俺はなんの返事もしなかった。
それが気に入らなかったのか、草薙は小さく舌打ちをすると片手を俺の下腹部へ伸ばして行った。
「…っあ…っ!!」
自身の上に、ズボンごしとはいえ、急に触られて、思わず声が出てしまった。
俺が悔しげに口を抑えると、満足そうに顔を緩めた。
「気持ち良いんだろ…。男のくせに色っぽい声出してさ。もっとしてやるよ」
草薙は言うが早いか片手で俺の両手を頭の上に抑えこみ、片手で器用に俺のズボンを下ろした。
抵抗は、出来ない。してはいけない。
したら、この行為の対象は妹に変わってしまう。
それだけは。それだけはさせられない。
草薙が露になった自身を強く掴む。あまりの痛み、苦しさから俺は思わず腰を引いた。
だが、草薙はそれを許さず、自分の方に引き寄せる。
自然と顔が近づいて、俺は顔をそむけた。
「・・・可愛いじゃん。顔、もっと見せろよ」
あごをつかんでぐいっと自分の方に向ける。
そしてそのまま口付けた。
深く、深く、俺の感情など、当たり前のように無視して。
ただ、さっきのものとは違い、穏やかなキスだった。
きっとこいつは俺が今どんな気持ちでいるのか知っている。
知っている上でまるで恋人同志のように甘いくちずけをする。
流されそうになったときに、はっと我に返る。
口の中には自分の身を保護するためのある機械を隠しておいたのだった。
気づかれたら厄介だ。俺は急に抵抗をはじめた。しかし草薙は唇を離すことはしない。
舌を絡めて蹂躙する。
草薙の舌にその機械があたってしまった。
草薙はなんだ?と言う顔をしていったん唇を離した。
「口、開いてみろ」
両頬を跡が残るほどに強く掴まれて自然と口が開いた。中を覗かれる。
「これって……。そうだよな。なんにも無しで来るわけねぇもんな」
最後の砦も見つかり、機械を取り上げられるかと思ったが、草薙はそれをせず、俺の両足を高く上げた。
「や…!」
「使えるもんなら、使ってみろよ、おらっ!!」
草薙は慣らすこともせずに俺に自身を入れこんだ。信じられないほどの激痛が走る。
「あ…っぐう!!!は・・・ぁっ!!!」
女とは違う。快楽などはまったく存在しない。襲ってくるのはただひたすら痛みと屈辱だけ。
それでも自身を押し入れられ、本来の使い方をされいないそこからは血が滲んできた。
「キッツイな…。ここ、使われたことねぇの?」
すべて入れ終わると、今度は動き出した。壊れてしまいそうだと、本気で思った。
「は・・・ぐぅあっ!!」
「お前、組長になって随分経つのに、女いねぇらしいじゃん?だからこっち系のやつかと思ってた」
「そ…れは…っきさ・・まの…っ!!」
「俺?ばーか、んなわけねえじゃん。これはただ、たのしそ〜だったからだよ」
いつもの、草薙の笑み。
痛みに目がくらむ…。草薙への屈辱と鼻につく精液の匂いに取り囲まれ、俺は意識を手放した…。
夢を、見た。
幼い俺は黒い車の中、隠れるようにその様子を見ていた。
ああ、これは。
何度も何度も繰り返し見た父親の死ぬ映像。
だが、大事な部分だけがいつも見れず、途中で起きてしまうのだった。
そのせいかはわからないが、俺はそのときの詳しい記憶がない。
ただ、踊るように拳銃で撃たれている父親を覚えているだけだ。
しかし、今日は違った。いつも終わる所まで来ても、夢は覚めない。
父親は、たくさんの敵相手に拳銃を向けていた。
そして、とうとう最後の一人にまで追いつめた。
待て。
待て待て待て。
父親は敵方のものに撃たれたのではなかったのか?
ではこの映像はなんだ?むしろ優勢な立場にあるじゃないか。
それとも、これはやはり、ただの夢なのか…?
疑問に包まれつつも、見つづけていることしか、俺には出来なかった。
そして、大怪我を負ってはいるが、とうとう最後の一人まで父親は撃ってしまった。
…一体どう言うことなんだ?
俺が不思議に思ってよく見ると、まだ一人、いた。
漆黒の髪の少年。
泣き喚くことも、怖がることも、逃げ出すこともせずに、ただ返り血にまみれて立っていた。
父は相手にせず、少しだけ同情めいた顔をすると、少年を後にし、こっちに戻ってきた。
少年が、動いた。
スローモーションのようだった。
落ちていた拳銃を拾って両手で持ち、まっすぐ父に向けた。
声をだそうとしたが、でなかった。
父が、小さくうめいて血を吐いた。
地を這うような低い銃声が何度もした。
少年は拳銃の弾がきれたことに気づくと、その拳銃を捨て、ほかの拳銃を探した。
そのとき、もう既に父は生きたえていた。大量の血を流し、倒れている。
少年は新たな拳銃を拾うと、父の近くに歩いて行き、また頭に何度も撃った。
大人でさえ、慣れていなければ拳銃の衝撃に耐えられず、使えない拳銃を、この少年は何故か使いこなせていた。
その顔はなんとも楽しそうで、無邪気な笑い声が聞こえてくる。
悪夢以外のなにものでもなかった。
しばらくして飽きたのか、拳銃を捨てると、ふと、父の向かおうとしていた方…つまり、俺の乗っている車に目をやった。
俺と目が合う。
…あの少年は…。
何かが欠けてしまった、人間らしからぬ笑みを俺に向けた。
すべて…思い出してしまった…。
「・・・みちょう!組長!!!」
俺は聞きなれた部下の声に目を覚ました。
場所は変わらず、草薙の屋敷。
自分の格好を見ると、来たときと何ら変わらぬいつもの格好だった。
いや…。よく見ると、これは自分の服ではない。草薙のものであろう。その本人は既にいなかった。
「草薙組の組長から電話があったんで、来てみたら…!ご無事でしたか!!」
「…妹はどうした?」
起きて一番に聞きたかったことを聞いた。
「いや、それが…」
部下の一人が、言いにくそうに、部屋の出入り口のほうを見た。
すると、ロングスカートの若い女。妹が元気そうに入ってきた。
「お兄ちゃん…!」
「…無事だったのか?草薙に何もされなかったのか……?」
「なにもされないどころか…。私、真っ黒な髪をした人に助けてもらったの!」
浮かんできたのはたった一人の男。…あいつが妹を助けただと…?
「それが、ある組のやつに妹さんが襲われた所を草薙の組長が助けたっていうんっすよ…」
「その襲ったやつが草薙組のものだと言うことはないか?」
「ありやせんね。殺してますから。一人残らず」
草薙は自分の組のものには手を出さない。組の戦力ダウンになるからだ。
…一体、どう言うつもりなんだ。
「それにしても、組長。なんでよばなかったんですか!?危険があったら呼ぶって話だったじゃねえっすか!」
部下の言葉にはっとする。
口の中に隠した機械。
ひと噛みするだけで、部下の方に信号が行き、危険を伝えると言うものだった。
本当に危機に陥ったときにはこれを使うといっていたのだが、草薙に機械の存在を見つけられてしまったのだ。
それどころか、『使ってみろ』と。挑発するような瞳で。
今ごろになってとてつもない怒りが込み上げてきた。
やつに生かされたようなものだ…!!
「組長!このまま舐められてるわけにはいきません!攻撃、しかけましょうや!」
「そうだ!このまま黙っているわけにはいきやせん!」
「組長!」
口々に言う部下たち。俺はうすく笑みを浮かべた。
「いいだろう…。そうだな。挨拶を返さねばな…。ただし、あいつには誰一人として手を下すことは許さん」
「お兄ちゃん…?」
「ど、どう言うことっすか…?」
「やつは俺が殺す。たとえ一生かけても。絶対だ…」
壊れかけた機械を握り締めたら、バキっと音がして手の中で砕け散った…。
END
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しらす:はがねさんにリクエストいただいた「極道」の小説です…。私、いろいろなヘボ小説書いてきましが、これは上位にくいこみますね…。
もういや・・・。なんでこんなにヘぼいのを平気で書けるの、私…。
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