日向梨緒さんにお願いして書いていただきました。
妖刀『椿』をめぐって大波乱が起きそうな予感です。
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   緋色の龍

      第一章  出会い(1)

       *                       *

 剣士はしばらく歩いて、座り心地良さそうな切り株を見つけると、「よっこらっしょ」と年寄り染みて腰掛けた。
「あーあ、お金無くなっちゃった」
 空っぽ。店の主に渡したのはこれを手に入れるために貯えておいた分。そして、その前にいろいろと買い物をしたので財布の中はもののみごとにすっからかん、である。
「ま、いっか。コイツが手に入れば。とりあえず」
 うん。
 お金はどうやっても稼げるけど、コイツはなかなか手に入らないからさ。
「久しぶりだな、『椿』」
 黒塗りの鞘から抜いてみる。
 細身の刀身ははスラリとしていて、一見頼りなさそう。それでも手にしっくりとなじむ。さっと払ってみれば、軽くて使いやすい。
「やっぱ俺ってラッキー」
 にっこり。
《シエラ…》
 低めの弱々しい声と共に、目の前に人間が現れた。でもどこか不自然。その身体は宙に浮き、ゆらゆらと揺れている。立体映像のような感じ。
 彼の緋色の髪は腰を越え、地につきそうなほど長い。そして、髪は、その瞬間ごとに色の濃淡を変える。絹のような髪。
「よ、久しぶり」
 それでも目もとはうつろで、焦点さえままならない。
《ここは? どこだ?》
「まぁた寝惚けてる。まだまだ目的地じゃないよ。もうちょっと寝てろよ。休息が必要なんだろ?」
 苦笑するシエラだが、うれしそうだ。
《すまない…》
「いいって、いいって。着いたら起こしてやるからさ。じゃあな」
 パチン。
「相変わらずな奴。さあて、出かけるか」
 と、その前に。
「メシ代稼ごっと」
 彼は一見クールなナイスガイなのだけれど、その思考はいたってお気楽。その日暮らしがすっかり板についた外見年齢十八歳。
 名前をシエラ・ザークといった。

       *                       *

 ワァ−。
 歓声の中央にはシエラ。
 次々とポケットから鳩を取り出しては空に放っていく。鳩は空中で輪を描いたかと思えば、パッと花に変わって通り過ぎる女性の胸元や髪に舞い降りる。
 誰もが足を止め、シエラを振り返る。輪の中にいるのが好青年だと知って、ほう、と溜め息を吐いた。
 肩を越した髪は切り先がバラバラで、後ろで無造作にくくっているだけ。時折、うるさそうにほつれ毛を耳にかける。長めの前髪が、妙に色気をそそる。
 もっとも、彼が自覚しているかどうかは不明だ。
 −なんだか色っぽいわ、ねえ、みなさん?
 −ええ、素敵なお方。
 −ぜひお近づきになりたいわ。
 こしょこしょと囁き合う声が、すぐさま歓声に変わる。シエラがマントを翻してシルクハットを取り出したからだ。
「さーてみなさん。この空っぽの帽子から、お好きなものを出してみせましょう。レディ、何かリクエストは?」
 紳士の振る舞いで、シエラが手を取る。少女は頬を赤く染めて、俯いてしまった。
「…うーん。それではレディ? あなたが気に入っていたペンダントを出しましょう。そう、数年前に川に落としてしまった、お母様からのプレゼントの」
 シエラの声は歌となり、どこからともなく音楽が聞こえ始める。少女は驚いたように旅の剣士を見つめ、彼の指先を目で追った。
 踊りながら、シエラは帽子に手を入れた。
 シャラリ 。
 金属の音。
「どうぞ、レディ」
 取り出したのは、真ん中に水晶がついた銀色の鎖。
「わぁ、すごい。これよ、これ。まったく同じ」
 手の中から滑って水に逃げ込んだ、気紛れなペンダント。無くしていたことをずっと悔やんでいた。
「ありがとう、剣士様」
「なんの、なんの。美しい人を喜ばせるのが趣味ですから」
 パチッと素早く片目をつぶって、丁寧にお辞儀。
 再び大きな拍手。
「さあ、まだまだ続きますよ。みなさま、お気に召しましたらお心ばかりをここに」
 とん、と置いた帽子の中に、次々にコインが投げ込まれる。こういった娯楽は最近少ない。このように旅をしながら芸を披露する人間が減ってしまった。それが何であったとしても、人々の目を楽しませるものであれば、歓迎されるというわけだ。
 この街は比較的平和なようだが、この世に魔族が存在する限り、人間に真の安らぎはやってこない。現在、魔族と人間はその生活空間を別離している。明を人間が、暗を魔族が手に入れた。真っ昼間から彼らがやってくることは滅多にないとはいっても、それは絶対ではない。それならば、偽りであったとしても、僅かな時間だけでも至福の時を手に入れたいと願っているのである。
「−本日はしばしのご鑑賞、ありがとうございました」
 一回のショーで、一週間は楽に暮らせる。いや、それ以上だろうか。 (ま、こんなもんだろ。さーてと、あとどれくらいかかるのかなぁ、あそこまで)
 座り込んだままぶつぶつ呟いていると、不意に目の前が陰った。
(ん?)
 視線だけを上げてみる。
 黒髪の少女(たぶん。服装は男もの)がいた。
 怒ったような目で見下ろしているその顔は、日焼けなのかもとからなのか、やや褐色だ。首と手首には同じ文様の金の輪。身体をすっぽり覆うこの旅姿はたしか南のシドー族。でも、なんで男の格好?
「ねえ、あんた? 『椿』買ったのって」
「そうだけど? 何か?」
 怪しそうに見上げると、少女はさらに強い声音で言った。
「あたしに売って。あんたの買値の倍は出すわ。だから売って」
 あまりにもさりげなく言われたので、シエラはパチパチと瞬きをした。
 買値の倍、って相当な額ですけど、お嬢さん。お金、持ってます? ってゆーか、売る気はないんですけどぉ。俺だって一生懸命探したんだよ、第一、さっき手に入れて再会を祝したばっかなんですけど…?
「わかってる。でも、誰にも渡せないのよ、それだけは。お願い」
 潤んでくる少女の黒曜石の瞳。
 泣き落としには弱いけど、これだけは譲れません。
「きみのような美人の『お願い』は大抵、叶えてあげるんだけどね。これだけは無駄だよ。どれだけお金を積まれても、譲る気はない。そう、きみがこれを欲しがっているのと同じ位に」
 見たところ剣士の青年は、にっこり笑った。相手が剣士なら、相応しい方法で手に入れるべきだろうか。
「だったら勝負して。真剣の勝負よ。あたしが勝ったら『椿』をもらう」
「………やだ」
 悪いね、お嬢さん。
「勝負から逃げるのが汚名でもかまわないよ。よけいな労力は省きたいんだ。それより」
 グルルルル。
 同時に二人のお腹がなる。
「お腹減らない? 食事にしようよ、おごるから」
 シエラの場違いな笑みに、少女は呆気にとられた。

      



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2000.04.10


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