緋色の龍
第一章 出会い(2)
* *
半ば強制的に連れてこられた近くの食堂で遅い昼食。
五人前を注文して、お店のおねえさんをびっくりさせた。
「遠慮しないで食べていいよ。育ち盛りなんだからちゃんと食べておかなきゃ」
「ありがと」
少女は自分自身に少し、苛ついている様子。
じゃあ、ちょっと余興でも。
「−名前あててみよっか」
サンドイッチを頬張りながらシエラが言った。
「え?」
「そう。えーと、…………チェリア。違う?」
「あたり」
和んでくれた? ちょっとは。
「こーゆーのは得意なんだ、実は。手相もやるよ。俺、シエラ。よろしく」
差し出された手には悪意はなさそうだったので、とりあえず握手。
(そうね、これからライバルだもの)
「なんでチェリアも『椿』を欲しいわけ?」
シエラは早速呼び捨てにする。チェリアは特に修正はしない。
「理由を話したら譲ってくれるの?」
「そーじゃないけど」
「だったら言わない。ムダでしょ?」
「ま、ね」
「じゃあ、別の質問。どうして男の格好してるわけ? 悪いけど、メチャクチャ目立つよ、それ」
さきほどから視線が痛い。その半分が女性のもので、シエラに向けられていることは、彼も十分に承知していた。残り半分はたぶん彼女に向けられている。好奇心を剥き出しにした男性の。二人は一種の見世物状態にある。でも彼女は気づかないのか、気にしないのか、冷たく言い除けた。
「関係ないでしょ」
突っ込みに、シエラの表情も固まってしまう。
あー、おいしい、サンドイッチ。
うん、お茶も最高。
「……つれないなあ、チェリア」
「一つだけ教えてあげる。このご時世、女だからって見くびられるほうが多いのよ、いろいろと」
「なるほど」
元々、旅はあまり好まれない。その理由に魔族の存在があるのだが、それよりもなぜか同族意識が強く、ほかの土地の人間を受け入れることに抵抗のある人間が多いらしい。ましてや女の一人旅など歓迎されない、土地柄や人間性、治安がどうのというよりも前に、「女だから」という理由だけで見下されるのである。
だったら、男に成り済まそうという魂胆らしい。
それが成功しているかどうかはともかくとして、である。
「まあ、男に見えないことはないね。怪しいけど」
「あっそう」
「それより『椿』のことだけど」
「なに?」
「はっきり言って俺はどんなことをしても譲る気はないよ。そうだねえ、きみが一夜を共にしてくれたら考えてもいいけど」
「バカ言わないで」
「そんなの無理だから、絶対にきみの手には入らないよ。残念だったね。でもさ、こんな妖刀欲しがる人って滅多にいないんじゃない? そりゃあマニアが欲しがることもあるけどさ、ここまでいわく付きだと誰もよってこないでしょ」
シエラの言うように、かなりの噂が憑いてる。呪われているという以外には言葉が見つからないほどだ。
「そんなに死にたいわけ?」
「違う。ただ、返したいだけよ」
「?」
「もとに」
「ああ、『供養者』」
「そういうこと」
破魔の剣は、その名の通り魔族を切ることのできる剣だ。普通の剣とは違い、人間が生涯に一振りしか創り出すことはできないとされている。だからその数は限定されているので、その分、活躍の場が多くなる。長年使っていたり、多くの魔族を切ったりした場合に、剣には彼らの邪気がまとわりついてしまう。そういった剣は、妖刀や狂刀の類になることが多い。魔族の出現率が大きい田舎の方によくある話である。狂った剣は『供養者』と呼ばれる者によって、その力を浄化され、もとの破魔の剣に返されるのだ。
しかし、供養の仕方が悪いと、ただのボンクラになってしまうが。
シエラの見たところ、少女はお世辞にも信用がおけるとは言い難かった。年齢的な経験も大切だからだ。
「供養して何年?」
「十年くらい」
それでもまだ、新人段階である。
とはいえ、少女にとって十年は短い時間ではない。
「ちっちゃいときからやってたんだ?」
「それで暮らしてたようなもんだから。ねえ、あんた、さっきからえらそーに話してるけど、『椿』についてどれだけ知ってるの? なんか、あんまり知ってる様子には見えないんだけど」
そもそも、この『椿』に関しての情報が少ない。ひょいと出てきた剣であるだけに、秘密めいているのだ。例えば、誰が創った、とか、いつ創られた、とかはっきりしていないのである。
「東−武芸者の間では『東の果て』って呼ばれる村から出てきた剣だろ? あそこは腕 のいい職人が多いんだよ。フツウの剣だって切れ味抜群だもん。その中でも『椿』は最高級品で、いろんな人の手に渡ったけど、いつのまにか持ち主を殺してしまう剣になったそうな」
剣そのものは、最高。
剣に憑いているものは、最低。
いや、見方を変えたらどっちにしろスゴイ代物だ。
「ふぅん、まあまあね」
「でしょ。これでもつきあいは長いんだ」
「長いの?」
形のいい眉をわずかに上げる。
「まあ、かなり。いろんなことがあったけどさ、『椿』とはパートナーなんだよ、一応。信じられねーかもしんないけどさ」
「あたしは騙されないわよ。第一、『椿』が世に広まったのって五、六十年前だよ? ずっと持ち主を代え続けてるのにパートナーなんてきいたことない。そんないい加減な言葉は信じないからね。ごちそうさま」
ガタリと椅子をならして立ち上がると、振り返ることもなく店を出ていってしまった。
「…真実なんだけど、やっぱ無理か」
信用してもらうには、スケールが大きすぎるかも知れない。でも、本当のことだから。
『椿』は誰にも渡せない。
やっと動けるようになったのだから、もう離れたくはない。
もう二度と、あんな思いをしなくていいように。
* *
その日の夜。
居酒屋で飲んでいたシエラは、真夜中になってそこを抜け出した。そこでも人気者だったので、大勢の酔っ払いからご祝儀を貰い、懐はかなり暖かくなった。引き留められると面倒なので、厠に行くふりをしてきたのがよかったかも。
裏通りはシーンとしていた、闇に紛れて行動できそうだ。
「夜中にどこにいくの?」
村外れの川。
そこに架かる橋で、シエラは立ち止まった。
「−ああ。よくわかったね」
欄干に器用に腰掛けて、チェリアがにらんでいた。
「ずっと見張ってたのよ、あれから。その胸に着いてる紋章も気になったから、考えていたのよ」
少女の顔に、大人めいた笑みが浮かんだ。
「その龍、ザーク家でしょ?」
「うん」
胸と、あと壊剣にも。
「ザーク家なんてとっくの昔に滅びてるのよ? 都の名門も五十年前の戦で一家皆殺し。それなのに、あんたの胸の紋章も、腰の短刀の紋章もザーク家のもの。どういうこと?」
「どーもこーも、俺は正真正銘ザークの人間」
「うそ」
「嘘じゃない。それに、俺、何歳に見える?」
「十八、九くらい? あたしと二つくらいしか変わらないでしょ」
「実は、これだけ」
右手で一本。左手で五本。
「バカ言わないで。十五? あたしより年下ぁ?」
「違う。一桁ずれてる」
「一桁? じゃあ六歳? そんなバカな」
チッチッチ。
「反対」
「え?」
ひゃ、ひゃくごじゅう?
「マジだって、ホント」
「いったい、どこの世界でそんなに生きていられる人間がいるってゆーの? 例外がないわけじゃな………え?」
もしかして。
昼間のショー、ちょっとしか見てないけど。
それにザークの。
紋章。
腰の剣と。
「魔導剣士?」
ザーク家にだけ許された言葉。
剣士としても魔術師としても一級の腕を持つ人間をそう呼ぶ。名門でも数人しか排出していない特殊な人間である。彼らは古の時間魔法を習得しているため、はるかに長生きができる(らしい。未確認情報)。
「そんなカッコイイ名前でもないんだけどさぁ、ま、そんなトコだよ。特別だけどね、俺は」
「嘘でしょう?」
言うと思った。
「信じなくてもいいよ、別に。首に看板ぶらさげて宣伝するほどのことでもないし」
第一、もう誰も信じないことだから。
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