緋色の龍
第二章 二人旅(2)
* *
二人の野宿にもすっかり慣れた。
襲ってくる魔物は二人で倒した。チェリアの腕はなかなかのもので、時にはシエラが何もしなくても片づけてしまったほどだった。
彼女が一人で旅をしてこれた理由は、この腕があったからだろう。そして、強気。
「チェリア、右っ」
「わかってる、じゃまだからどいてて」
獣の形をした魔物には目が三つ。両側が赤で、真ん中が青。鈎状の爪を、そこに向かって投げつける。
魔物の叫び。咆哮。
鋭い爪がチェリアを襲う。余裕でかわして叫んだ。
「うざったい、もう。『桜』!」
抜けば光がチェリアを包み込む。
「わぁお、かっこいい」
木の上で見守るシエラをジロリと睨んで、
「はっ!」
胴のところで真っ二つ。
緑の液体がかからないように注意して、さっと後ろに飛ぶ。『桜』についた液体も拭って鞘に納める。
「ふう」
「いやいや、おみごと。さすがシドー」
「ありがと」
得意気。誰だって誉められたらうれしい。
ぼさぼさになった髪を直すために、一度全部をおろした。
(ふむ、まあまあの美人)
ちゃんとした格好をすればいいのに。そうすればもっと似合うのに。
「なあ、チェリア」
「ん?」
「こんどの町にいったらさ、服買ってあげる」
「服?」
「ちゃんとした女もの。一着も持ってないんじゃない?」
「そんな余裕ないもん」
「だからプレゼント。おっと、いらないなんて言うなよ?」
「う、うん」
人から物をもらうことなど滅多にないから、戸惑ってしまう。あれから身の上話はしていない。するつもりもない。へたに同情されたくない。その同情から、
「じゃあ、俺が倒してやるよ」なんて言われたくない。あくまでも、アイツは自分が倒す。それでなきゃ意味が無い。
だから目的はまだ『椿』。
諦められないものだから、これだけは。
「さ、行こっか。日が沈む前に宿に着きたい」
「はあい」
いつのまにか、こうやって二人旅になってしまった。違和感なんて感じられないから、彼女の目的が『椿』であったとしても、一緒にいるのだけれど。
「シエラ、そういえば『椿』使わないけど…どうして?」
「ああ、うん、特に深い意味は無いんだけどね。ただ使わなくても倒せる雑魚しか出てこないってだけで」
「雑魚?」
「うん」
そういえば。
なんか、片手でひょいひょい倒していたような。それも、魔術に頼ってばかりで、剣で直接切りつけることも珍しかった。
「魔術に関してはこっちの剣の方が使いやすいんだ。こっちの方が俺の力を十分に引き出してくれる。言っただろ? 相性の問題」
「魔術の方が楽なの?」
「あー、ってゆーか、これだけ生きているとね、やっぱりどうしても頼っちゃうわけ。剣術が苦手とかじゃなくて」
「そうよねえ、ザークの人間だもん。魔導剣士さま」
「まあね。それに本当に雑魚だよ。本当に手強い魔物だったら、破魔の剣じゃないと倒せない。俺の魔術で倒せる魔物は、雑魚ってわけ。『桜』も立派だけど、まだまだだよ。チェリア、きみは十分に引き出していない」
「引き出す?」
「破魔の剣はフツウの剣とは違うからね。ほんのちょっとのつきあいじゃ見極めが難しいんだ。特に、創り手の思念が強ければ強いほど、剣とのつきあいが難しい。『供養者』のきみならわかるだろ?」
足もとの石ころを蹴飛ばしながら。
「俺もそんなに威張れないけどさ」
「あたしだって…新米ってわかってる。あたしが『供養』してあげられるのは、まだまだ弱い妖刀だけだもん。『椿』なんて所詮は手の届かない剣よ。夢見てるうちが幸せだってわかってる…から。ねえ、あたしのどこがダメなの?」
「人に言われて改善できるものじゃないよ、チェリア」
けっこうむかっ。
長生きしているだけあって、一筋縄ではいかない。相手は一枚も二枚も上だ。
「きみの腕はすばらしい、力もすばらしい。その剣もすばらしい。それでも二つが一つになったときの力の大きさはまだまだ小さい。やりかた次第ではどうにでもなる」
百倍になるか、それとも半減するかは相性と使い方の問題。
「やっぱり俺は『桜』の方が似合ってると思うけどなあ」
「だったらシエラはどうなの? 『椿』との相性は」
「抜群。見ればわかる。言っただろ? パートナー」
不敵の笑み。なんだか恐い。
「そう」
なんだか悔しい 。
自分がとても小さな人間みたい。これでも村では名の知れた剣士だった。女ということを忘れて修業にあけくれた。性別を言い訳にはしたくなかった。
免許皆伝も、世間ではなんの役にも立たない。
この人に認めてもうには、どうしたらいい?
「手助けくらいはしてあげる。それからきみたち次第だよ」
「何をするの?」
「心を開いてごらん。ガチガチに閉じてちゃコミュニケーションなんて絶対に無理。目を閉じて。風の音、大地の囁きに耳を澄まして。想像するんだ、『桜』を」
* *
流れる時間。
肉体が砂となる。
あたしは今、どこにいる?
はなびら。
桜の。
村の中央にあった、古い桜。春には見事な花を咲かせ、夏は涼しい木陰を与えてくれる。子供たちの遊び場。
彼女が−?
《チェリア》
優しい声音。
そして、強い瞳。
全身が淡い桜色。
優雅な動作で、近づいてくる。
《会いたかった、あなたに》
《さくら…》
あたしもよ。と続けるつもりだった。でも、声が出ない。うれしくて、頬に伝わるものの正体が、最初はわからなかった。
《泣かないで、チェリア》
《う、うん》
細い指が、そっと拭ってくれる。暖かな手。生命の息吹を司る、妖精みたい。
《信じて。わたしたちは、一つ。これからも、あなたを手助けするわ。あなたは、わたしだから》
信じて。
信じるから。
一緒に戦いましょう。
一緒にいましょう。
《約束するわ、さくら。あなたを信じる》
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