緋色の龍
第三章 北の塔 (1)
* *
眠って、歩いて、戦って、食べて。
チェリアの服買って。
着てみて。
笑って。
怒って。
ふてくされて。
なぐさめて。
笑いあって。
歩き出して。
道はどこまでも続いていた。
そして最後の時がやってくる。
* *
いつのまにか、北の果て。
北の塔があるところ。
「−ふう、やっと着いた」
やはりここは寒い。けれど、塔の周辺だけはわりと暖かかった。北上するに連れて着込んできた二人だったが、ここではそれほど着込まなくてもいいだろう。
「ここが北の塔? 魔王の住処の?」
元締めの館。
不自然なほど氷に包まれた一帯の中央に、それはそびえている。塔というより城に近い。すべて水晶でつくられているため、太陽を反射してとてもまぶしい。
「北の主は変わり者。女が趣味なの」
「女装?」
「誘拐」
サラリと言ったわりには、なんだか実感がこもってる。
「ソイツを倒すのが目的」
「無茶よ、だって、倒したら世界は崩れちゃう」
「まあね」
世界には塔が四つある。東西南北の果てにあり、それぞれ魔王と呼ばれるほどの力を持った魔族が住んでいる。魔族は人間にとって敵ではあるが、実際には人間のほうが歴史が新しい。
魔族による世界、といっても過言ではないところが幾つかあるが、この塔がその一つである。塔の主は世界の均衡を支える役割を担っている。
人間が魔族に対抗できるだけの力を得たとしても、塔の主を倒すことは不可能なのである。それはつまり、世界の崩壊を招くことになるのだから。
「まあね、って…」
シエラの行動に納得できない。彼は何がしたいのだろう。目的も知らないままに着いてきたのはいいけれど、もしかしたら道を謝ったかもしれない。
(だめよ、こんなところで諦めちゃ)
『供養者』として塔の主にお目見えしておくのも悪くはない。何事も経験だ。
「無茶はしないよ。俺だって死ぬのはごめんだから」
「でも」
彼は何を求めたいの?
「いいから。着いてくる? それとも外にいる?」
「行くわ。こうなったら」
最後まで見届けてあげる。滅びたザークの生き残りのあなたがしたいことを。魔導剣士と呼ばれるあなたが。
「よし、決まり。さっそくお出ましだよ、チェリア。これからは俺に任せなさい。女の子は男の子に守られるのが一番」
言った途端に、駆け出している。
前方には、氷の魔族。侵入者をめがけて襲いかかってくる。それは氷の塊のはずなのに、人形のような形を成している。意志を備えた動き。
「シエラ!」
『桜』を抜いて、チェリアも後を追った。
「守られてばかりじゃ退屈なのよ、あたし」
「嫁の貰い手がいないだろ」
「よけいなお世話よっ!」
前を走る剣士は、『椿』は抜かない。
最後の最後まで。
「“我の声を聞け、炎の精霊。ザークの名に置いて汝を召喚する。我が盾となれ”」
シエラの力をたっぷりと込めた剣の先から流れ出す炎は円陣を作り、襲いかかる魔族めがけて宙を飛ぶ。中央には、ザーク家の紋章。
「“滅せよ、古の理に従え”」
呪文には淀みがない。
走りながら、まっすぐ前を見つめながら。
それでも後ろのチェリアを気にしている。
(これが…魔術)
魔術師を見たはシエラが初めてだ。自分の力とは、根本的なところで差がある。シエラのは圧倒されてしまう特殊な力だ。
「くっ…」
破片が、チェリアの頬を掠めた。赤い筋が浮かび上がる。
炎の輪に打ち砕かれる魔族の破片を避けながら走るのは、さすがにしんどい。破片になりながらも、彼らはまだ二人を狙ってくるのだから。
「お願い『桜』、手伝ってね」
更に細かく、消滅するほどに切り裂いていく。熱を帯びた剣に触れたら溶けていく。
なんだか使いやすい。
「ねえ、シエラ」
「ん?」
「来たことあるでしょ、ココ」
目指す場所が最初からわかっているみたいだ。
「ふふん、まあね」
厳重な外の警備を潜り抜けて塔に入ると、そこは物音一つしない世界。
「おかしいよ、シエラ。中、なんにもいない」
魔族もいなかったが、大きなホールになっているだけでドアも階段も見当たらなかった。周囲の壁は、鏡となって二人だけを写している。
「歓迎の仕方は人それぞれってね」
ヒュウ、と場違いな口笛。楽しそうに。
「聞こえてるだろ? さっさと開けよ、門」
上に向かって呼びかける。
吹き抜けのホールはシエラの低い声がよく響く。
途端に地響きがして、真ん中にすっぽりと穴があいた。
よくみれば、そこから階段が螺旋状に下へと伸びていた。のぞき込んでも最下層は見えない。
「いくぞ、チェリア」
(−!)
その瞬間、シエラの表情が変わった。普段はお調子ものだから忘れていたが、こうやってまじめな顔をすればハッと息を飲むほど整った顔をしていた。そう言えばじっくりと見たことがなかったことを思い出す。
彼は、五段くらい平気で抜かして駆け降りていく。チェリアもあわてて後を追った。
* *
茶色の髪がフワリと風を含む。暗闇の世界で、緋色の瞳が美しく輝く。冷たく燃える色。
羽根があったら天使みたいだね、シエラ。真っ白な羽根を、緋色に染めてプレゼントしてあげようか?
あのときみたいに。
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