
日向梨緒さんにお願いして書いていただきました。
妖刀『椿』をめぐって大波乱が起きそうな予感です。
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緋色の龍
第三章 北の塔 (2)
* *
「−ここは?」
階段の終着点。
氷の壁に、床に、天井に。それでも寒さはない。
あるのはもっと別の……恐怖。
特別な力を持っているだけ、こういった魔力には敏感だ。今まで相手にしたものがまるで石ころのような、威圧感。
「う…ん」
シエラの顔も強ばっている。ピリピリした緊張感が伝わってくるから、チェリアも普段みたいに口を開けない。
「ようこそ、シエラ。僕の城へ」
場違いに明るい響く声。男にしては幾分高めの。
「おや、かわいいお客さんだね」
「−!」
そして、扉が開かれた。
魔王がそこに立っていた。
銀色の髪をなびかせて、真っ白な肌は透けるよう。少年のような無垢な笑顔をたたえていても、外見はシエラより上とはっきりわかる。大人の仕種で、階段をおりてくる。
「よぉ」
このとき、チェリアはシエラの後ろにいたのでわからなかっけれど、シエラはにやりと笑っていたのだ。
「相変わらず軽率な挨拶だね、シエラ。僕はそういうのは嫌いなんだ」
「わかっててやってるに決まってるだろ?」
得意そうに言ってのける。
(な、和んでるの?)
この二人の関係がわからない。倒す、って言ってなかったっけ? さっき。
「チェリア、コイツが北の塔の主・シャン」
「ふぅん、チェリアって名前なの。コレクションに加えるには、まだまだ成長が足りないな。上にばかり伸びて女性的な丸みが感じられない。髪や肌の手入れも十分じゃない」
チェリアを頭の天辺からつま先まで細かく批判したので、
「うるさいわね、あんた!」
相手が魔王と呼ばれていることを忘れ、切りかかりそうになる。それを止めたのはシエラだ。
「チェリア、落ち着け。悪気があるわけじゃねえんだ」
「でも失礼よ。魔王だかなんだから知らないけど、そこまでけなさなくてもいいじゃないの!」
怒るチェリアをそっと見直した。買い与えた服は着ていない。こっちの方が楽だから、と男物の旅姿だ。
(当たってるよなあ、やっぱ)
「何? シエラ」
ジロリ。
「いいえ、別に」
「なかなか勇ましいおもちゃだ」
うんざりしてきたのか、シエラの声が冷たい。
「おもちゃじゃねーよ、シャン」
「きみの気紛れは分からないよ、僕には」
見下した笑いをチェリアに向けた。
「今はこーゆーのが好みなのかい? 変わったよね」
「いいだろ別に。シャンには関係ないからね。それよりさっさと済まそーぜ。退屈していたんだろ?」
声は冷たくても楽しそうに笑って(なんだかコワイ)、くるりとチェリアに向き直る。
「チェリア…」
「な…に?」
そのまじめな顔、苦手なんだけど。
「ちょっと失礼」
ぐい、と腰をひかれ、あっという間に唇を塞がれる。
それを見たシャンの表情が、わずかに曇る。
「お休み、チェリア」
シエラの腕の中で、身体が崩れ落ちるのを感じた。そして、次にはフワリと宙に浮く感覚。ゆっくりとまどろみの中に、落ちていく。
「……よし」
もうチェリアの姿はなかった。手の平には、水晶の玉。中央には桜色の炎。
「かわいがってるんだ、その娘」
「一応、な。いるとややこしくなるし」
懐にそっとしまって、途端に険しい表情になる。
「それだけ?」
「ほかに何がある? 俺たちのことをわざわざ知らせるほどでもないだろ?」
「そうだね。見せられないものね」
ニヤリと笑ってシエラに近づく。白い腕を伸ばし、彼の首にかけた。うっとりと瞳を細める。
「こんな場面は」
ゆっくりと唇を塞いでしまう。情熱的なキス。あまりにも場違いな。
「会いたかったよ、僕は」
けれども、シエラは反対にクールだった。
「離せよ。案内してもらおうか? シャン」
冷たい声音に渋々身体を離し、ふてくされて背中を向けた。
「わかったよ、シエラ。どうぞ」
扉の奥へと消えていく主に、シエラは続いた。扉の向こうは、水晶の塊。その塊一つ一つの中に、眠っている少女が閉じ込められている。
「何人?」
「忘れた」
「悪趣味」
「しょうがないよ、こうしないと生きていけない」
「死んでもいいんじゃねえの? そろそろ。魔王って引き継ぎできるんだろ? 後継者見つけて代わってもらえよ」
「ふふん、意地悪だね。僕はまだまだ生きるよ」
「まあ、俺には関係ないけどな。約束は果たしてもらう、ロージアは返してもらうぜ」
今まで抜かなかった『椿』に手をかける。黒塗りの鞘から、わずかに光が漏れる。
「手に入れたの? サリクを」
それは鍛冶の名前だ。
世間には知られていない、名剣『椿』の創り主。
「その名前はもうない。あのとき消えてる」
そして、シエラの。
「じゃあ、ロージアが悲しむんじゃない?」
「そうかもな」
サリクは『椿』を創ったときに、一度は全てを捨てた。
そして、新しい体を手に入れた。
全ては北の主を殺すために。
恋人を−妻を取り戻すために。
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2000.05.22

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