LastSurvivor(6)
第一章 脱出
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時刻はすでに夜の8時半をまわっていた。俺はなんとなくそわそわしながらミシガンからの電話を待っていた。
脱出の計画を練り始めて早くも3ヶ月以上が経過し、ミシガンの偽造船計画も着々と進行しているらしい…。あえて「らしい」と言うのは、ミシガンが「万一のことがあってはまずいから」ということで、一度も作業の途中経過を見せてくれてないからだ。ミシガンいわく今日が完成目標日だということで、作業が間に合わないことはまず無い、としている。とはいえ、ミシガンがどこで、どのように船の改造を行っているのかすら知らされてない俺とクリシアにとっては、なんとなく実感のない話なのだが…。
しかし、その話が本当なら、今日中にミシガンから連絡があるはずなのだ。俺達は必要な荷物を完璧にまとめ、いつでも出発できる状態で待っているだけに、どうしても普通ではいられない。正直不安でさえあるのだが…。
トゥルルルルル…
突如、部屋の子機の電子音が着信を伝えた。はやる気持ちを抑えて電話をとった。
「もしもし、ディルフィネスですが。」
「お、トレイスか、ミシガンだけど。」
「お、やっと来たか。で、無事完成したのか?」
ここまで待たされて「間に合わなかった」じゃシャレにならんぞ、と思いつつ聞いてみると、
「ご心配なく。これは完成の報告だよ。」
「ホントか!じゃ、もう出発できるんだな?!」
思わず声のテンションがあがってしまい、あわてて口を抑えた。こんな話がここまで来て親父とかにばれたらたまったもんじゃない。
「まぁ、そういうことだ。一通りの性能もチェック済みだ。明日にでも出発しよう。」
…。ということは、いよいよセロウェからの脱出が決行される日が来た、ということだ。 思わずうれしくなっていろんなことを考えてしまう。大陸はどんなところなのか。故郷にはどれぐらいでいけるのか。なによりこの狭い国から脱出できることが最大の喜びだ。
「…トレイス、聞いてるのか?」
…と、しまった。かってに一人でトリップしてた。
「あ、ああ。悪い悪い。ようやくこの国から出られるのかと思うと嬉しくてさ。」
「ちょっと待て。まだ国から出られると決まったわけじゃないぞ。」
ミシガンがちょっと厳しい口調で言った。…そうだ、その前に国境を超えるという、大きな試練が待ち受けている。
「あ、ああ。分かってるけど…。でも、できるだけのことはやったんだ。あとは気力だろ?」
ミシガンが受話器の向こうで、少し呆れたようなため息をついた。
「ま、気力は大切だけど、国境超えはあくまで命がけってことは忘れないで欲しい。少なくとも国境を超えるまでは、気を引き締めておいてくれ。」
「あ、ああ。分かった。」
…説教をくらってしまった。どうも俺は楽天的でいけないな…。
「で、出発なんだけど、できるだけ早い方がいい。ちょっと急だけど、明日の朝5時にしたいんだけど、大丈夫か?」
朝5時か、ちょっと早いが、まぁ人目につかないための配慮なんだろう。準備はもう万全だし…。
「ああ、別にかまわないよ。クリシアもそれでいいって言ってるのか?」
「さっき確認をとったけど、大丈夫らしいよ。むしろ早く出発したくてうずうずしているみたいだったけど…。」
成るほど、クリシアらしい…。
その後、電話で集合場所や荷物の積み込みの手順などを話し合い、ひととおりの確認は終わった。
「じゃ、今日は早いうちに寝るようにしてくれ。あと、脱出が成功すれば、今日でお前の両親や家族とは離れることになる。今日のうちにばれない程度に拝んでおけよ。」
ミシガンの微妙なアドバイスに少し心境が複雑になる。でも、もう俺達は16歳なんだし、そろそろ自立の時期だ。いづれ起きることと割り切ればフっ切ることができるだろう…。それに、俺達3人は一緒だしな…。
「ああ、わかった。じゃ、おやすみ…。」
受話器を置いて、ベッドに倒れこむと、今までのいろんな思い出が頭の中を駆けめぐってった。
近くの島まで3人でキャンプに行ったこと。そこで野犬に襲われて大変なことになったこと。
中学生のころから、だんだん島での生活が窮屈になってきて、時々学校の授業を抜け出し、島の中でお気に入りの場所だった、遠くの水平線まで見渡せる岬に行ったこと。
今までいっしょに暮らしてきた、父、母、弟のこと。島のみんなのこと。そして、ついこの間の、食料危機のこと…。
いろいろなことがあったが、ついにこの島を離れることになる。俺は今ごろになって少し寂しくなった。少しだけ今回の計画を後悔しているかもしれない…。ミシガンやクリシアはどんな心境なんだろうか。
ふと、机の上にあいてあるノートパソコンを見た。キャンプに行くという名目があるため、これは置いていくことにしたのだが…。
俺は、あることを思いついた。やはり、何も家族に対してメッセージを残さないのは心残りだ。そこで、パソコンにそれを入れておこう、と考えた。
置手紙などを残したら、下手すれば俺達が国境を超える前に両親が政府に通報し、あえて連れ戻すように言うといった危険があるが、パソコンの中なら、普通は他人のパソコンを勝手に起動して、その情報を見るなんてことはしない。俺達が戻ってこなのがおかしい、と思っても、それに気付くとしたらずいぶん経ってからになるだろう。
俺はパソコンを起動し、家族へのメッセージ…計画の全容、今までのことに対する感謝、謝罪など、思いつくままに、ひとつ、ひとつ書きこんでいった。
そのあと、一通りの身支度を済ませ、眠りについた。
俺達の夢をかなえるために…。
いよいよ明日、俺達は大海原へと旅立つ。
いよいよ次回は旅立ちです。今後のアッとおどろく(と思う)展開にご期待ください。
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