小説コーナー第2弾はHARRYセンセの「山頂の風」です!
恋のお話ですよ!お楽しみに!
今回も前中後編に編集いたしました。

  登場人物紹介

拓郎:本編の主人公。沙雪に気があるのだが…。

沙雪:良太に恋をしているが、本当の自分の気持ちは…。

夏実:良太に気がある。沙雪と拓郎の双方の気持ちを察している。実は悪戯好き。

章子:正平の彼女。

昇平:拓郎とは割りと長い付き合い。拓郎の孤独感に気づいている。

良太:夏実に気があるのだが、一歩を踏み切れていない。

山頂の風(前編)

 風が気持ちいい。オレは一人切り株に寝そべっていた。小学校のころ親と一緒にキャンプにきた山だ。自転車で四、五時間。今日はオレの誘いで六人そろってそこへ遊びにきていた。

 今回はちょっとした裏技ってやつで宿泊用の荷物は宅配で先に送って自分はブラブラ自転車でサイクリング。まだまだ自然の残った山の間に川が流れている。毎年アユ釣りで人気の川だ。ようするに川のほうも非常に綺麗と言うわけだ。

 オレ達はバンガローを三泊借りていた。四泊にしても良かったんだが、さすがに四泊だとずいぶんと疲れる。それに、オレをのぞく他の連中は山に泊まるなんてのは小学校の宿泊訓練を除けばほとんど無い。いきなり長くってのも大変だろう。それに、一言いうなら、こういうのは「もう少しいたかった」って程度に余韻を残して帰るのがコツだ。それ以上いると単に疲れだけが残ってどうしようもなくなるからな。

 そういうわけで、オレ達は二日目に登山に来たわけだ。登山と言っても特別装備がいるわけでも無く、ようするに水筒と食い物に体力さえ有れば誰でも上れるような程度の山だ。それでもやっぱり初めてのヤツにはもちろん新鮮だし、綺麗な空気と鳥の鳴き声なんかは何度来てもやっぱり良いものだ。

 ここには何度か来てはいるものの、こうして友達と連れ立って来るのは初めてだからオレにとってもそれなりに新鮮だった。

 で、オレは山頂の草原で寝そべってたわけだ。他の連中は近くの沢で遊んでる。確かあの辺には沢蟹なんかもいたかららな。随分と楽しめるはずだ。

 オレはヤツ達を行かせて一人切り株で寝そべっていた。ヤツ達は良いヤツ達だし、気もあう。けど、時々こうして一人になりたくなるときがある。それはきっとオレはアイツ等の誰でもなくて、それは当然のことなのにオレがなんだか置いてけぼりを食ったような気になるからだ。

 だったらいっそ一人でいたほうがよほど落ちつく。それに、こいう静かなところで一人でいろんなことを考えるのも悪くはない…。

 オレは目を瞑ると大きく息を吸い込んだ。オレ達の町は決して都会じゃない。けど、そんな小さな町なんかよりもここはずっとずっと空気が澄んでいた。

 なんというか、普段には無い特別な感覚なんてものをオレでさえ感じてしまったりしてる。ましてや、初めて来たあいつらには一体どういう風に感じられるんだ?

 ふっ、と目の前が暗くなってオレは目を開けた。木の葉の間から漏れる緑色の木漏れ日を背中に受けてオレの顔を覗きこんでいたのは沙雪だった。

「あ?起きた?」

「いや、起きてた」

オレは身体を起こすと切り株の半分を沙雪に譲った。

「ありがと」

彼女は遠慮無くオレの横に腰を下ろす。山頂のこの少し開けたこの場所におあつらえ向きにこの切り株がある。はっきり言うと自然の、切り株が自然のというのも変な話だが、切り株なのか、それとも誰かが始めからベンチにするつもりで造った切り株なのかははっきりはしなかった。

 とにかく、このベンチは少なくとも周りの雰囲気と景観を全く壊すことなく、丁度いい切り株になっていたわけだ…。訂正、切り株はベンチになっていたわけだ…。

「なぁにやってたの?」

沙雪が尋ねた。

「寝てた…」

真実だ。

「そうじゃなくて…」

「他に何かあるかよ?」

からかい半分にオレが尋ねると沙雪は困ったように腕組をした。さぁて、沙雪はどう続けてくるだろう。オレは半ば楽しみに次の言葉を待っていた。

沙雪がつなげてきた言葉はこんなものだった。

「例えば、人生について思索してたとか、片思いの相手を想ってたとか」

一体何を言ってほしいんだ?沙雪は…?なんて、実は半分くらい解ってたりもしたんだが。

「そうだな、人生について思索してた」

沙雪は苦笑した。

「ああ、今、そんなこと考えるようなヤツじゃないとか思っただろう?」

沙雪は首を横に振った。

「そんなことないよ」

顔が笑ってやがる…。くそぅ、なんか悔しいぜ…。

「じゃ、後の方はどうなの?」

「へ?」

後の方?というと、片思いの、ってあれか?う〜ん、それはちょっとな。

「そういうお前はどうなんだよ?他の連中と遊んでたんじゃないのか?」

「あ?私?」

沙雪は半ばすっとんちょうな声をあげた。

「わ、私は、考えてたよ…」

呟くような声。俯いて、本当に消え入りそうな声で。

「何を?」

「…………………」

沙雪がいつになく真面目な顔になる。どうしたんだ?一体。何か悩みでもあるのか?まさか、他の連中にのけものにされてきたとか?

「どうしたんだよ?らしくねぇなぁ」

「考えてたよ。片思いの人の事…」

オレは思わず黙ってしまった。沙雪の顔がマジだったからだ。中学の頃からの付き合いだが、こんなマジな顔になったのはそんなに多くは無い。

 前に沙雪がマジになったのを見たのは、確か海で波に足をすくわれてオレが死にかけたときだ。あんときは、マジな顔で心配してくれた。

「はは。青春だねぇ。オレが手伝ってやろうか」

なんだか空気が重苦しくて、オレは半ば笑いながら冗談でそう言った。本心を言うと、割り切れなかった。

 沙雪に好きなヤツがいる。正直にオレはそれが誰だか…。けど、そのことで今までみたいに気軽に遊べなくなるのは嫌だ。沙雪がその好きな奴と一緒になって幸せになればそれはそれでいいことに違いはない、頭ではそう考えたが、けど、そう思ってみても少しも嬉しくは無かった。

「拓郎君…」

 オレは沙雪に視線を合わせた。次に来る言葉を覚悟する…。その前に沙雪でないヤツと目があった。沙雪の肩越しに見える木の影にそいつは隠れていたのだ。


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1999.11.17


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