センチメンタル・グラフティ 〜真奈美編〜(3)
第五話 高松にて
優と別れてから俺は上手い具合に快速に引っかかって十一時前には姫路を超えて、十二時半には岡山についていた。僕は近くのハンバーガーショップで簡単に昼食を済ませるとマリンライナーに飛び乗った。こいつは意外とこんでいた。スーツを着たサラリーマン、
主婦、制服姿の学生。もちろん誰も知ってるのはいないんだけど、どうも旅先に来ると全然関係ない人が知り合いに見えて困るんだよな。
そうこうしている内に列車は瀬戸大橋に入った。眼下には緑色に輝く海とそこに浮かぶ島々の模様が繰り広げられている。この橋を支えている足のたもとではミニカーのような自動車が駐車場につめていた。
その向こうに四国が見えてきた。僕はふと不安にかられてきた。本当にあの手紙を書いたのは真奈美なんだろうか?第一に真奈美は俺のことを覚えてるだろうか?彼女はもう三年近くも会っていないどころか、話もしていない僕を覚えてるだろうか…?
僕の頭に浮かんだそんな考えを振り払った。もし仮に彼女が僕のことを忘れていたとしても、そんときは高松を楽しんでくればいいんだ。
第六話 杉原山
高松の駅は俺の知ってる駅じゃなかった。なんでも改装工事をしているらしい。そういうわけで琴平電鉄、通称琴電を使いたかった僕は仮設高松駅から琴電の高松築港までの数百メートルを歩く羽目になった。
確か真奈美の家は一つの山を丸々持ってるんだ。それも街外れではなく、結構学校から も近かったような気がする。栗林に近かったような気がする…。
そんな感じで久しぶりの高松と記憶とをなんとか結び付けて僕は杉原山を探し始めた。 まずは栗林へ行ってみよう。僕のわずかな記憶が主張している数少ない手がかりだ。
と、あれこれ心配したわりに杉原山はすぐに見つかった。琴電を栗林東で降りて、そのまま掲示板にそって栗林公園東口に向かうその途中に見覚えのある路地をみつけんだ。山の感じもかわって少し緑が減ったようにも思えるけど、これは間違いなく杉原山だった。
僕は、その路地から杉原山へと足を踏み入れた。
思えば、この道を結構通ったもんだ。僕が転入したとき、クラスに病気がちでほとんど学校にこない生徒がいた。それが真奈美だった。で、僕の家が一番真奈美の家に近いことと、僕が転入生だっていう理由で彼女を励ますように先生から頼まれてたんだ。それで、
僕は学校のプリントなんかをもってよくこの道を通ったんだよな。あのころ、真奈美は僕にはだいぶ心を開いてくれてたように思えて、ちょっと嬉しかったっけ。
そんなことを思い出しながらあるいていると、視界に見覚えのある白い家が見えてきた。 間違いなく真奈美の家だ。そして、その家の前には少女が一人立っていた。彼女の周りには小鳥が集まって、彼女は楽しそうに鳥に話し掛けている。
「あの、」
僕の声を合図に小鳥が一斉に舞い上がった。それにつれて彼女が視線をずらした。そして、僕と目があった。
「ど、どなたですか?」
彼女は少し驚いたように尋ねた。
「いや、別に怪しいものじゃないんだ」
「あ、も、もしかして、中学の時同じクラスだった…」
僕は頷いた。
「会いに来て下さったんですね」
「うん。なんだか杉原が懐かしくなっちゃってさ」
彼女は嬉しそうに僕に駆け寄ってくると満面の笑みで迎えてくれた。
「私なんかを覚えててくれたんですね。嬉しい…」
こっちの方の心配も杞憂に終わったらしい。僕はだいぶホッとした。
「けど、この辺も変わったね。なんだか緑が少なくなったような…」
「わかりますか?小鳥たちのねぐらもどんどん少なくなって、私も何もできないで…」
彼女は少しうつむくと瞳に一杯涙をためて悲しそうにつぶやいた。本当に小鳥達が好きなんだろうな。
「あ、ごめんなさい。再会したばかりなのに…」
「いいんだよ。真奈美はそれだけ優しいんだから。けど、女の子にはやっぱり笑顔でいてもらいたいな」
僕は目にたまった涙を拭いて笑顔を作っている真奈美を見て心からそう思った。
「は、はい。あ、あの、また来てくれますか?」
「うん。二、三日こっちにいようと思うんだけど、よかったら高松を案内してくれないか な?って」
真奈美は初めは驚いたように僕の顔を見つめて、それから実に嬉しそうな笑顔を見せた。 けど、そのあとうつむいてしまった。
「あ、いや、迷惑かな?」
僕は慌てて付け加えた。もし、彼女が迷惑だったら無理強いすることはない。
「そんな、迷惑だなんて…。」
彼女は顔を上げるとはっきりとそういってくれた。
「私なんかとでいいんですか?」
彼女の質問は僕にはあまりにも意外だった。
「もちろんだよ。僕は真奈美に会いにここまで来たんだもん。真奈美といられればどこだっていいよ」
そういうわけで翌日また、ここを尋ねるという約束をして僕はひとまず宿に戻ることにし たのだった。
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