
星 蒼矢さんの「センチメンタルグラフィティー」SSです。
あの物語により現実味を持たせた作品だそうです。
下調べ等がしっかりなされてあっておもしろいですね〜。
センチメンタル・グラフティ 〜真奈美編〜(4)
第七話 ようこそ鬼ヶ島へ
翌日九時に僕が真奈美の家を尋ねると真奈美はすでに支度を終えて僕を待っていた。とても楽しそうな彼女の顔を見ると本当に来て良かったと思ってしまう…。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
彼女は僕に挨拶を返すと家族と小鳥たちに挨拶をして僕たちは杉原山を後にした。
「今日は少し遠出しませんか?」
そういって着いたのは高松港のフェリー通りだ。琴電の築港駅の裏にある通りで玉藻公園がすぐそばにある。そこは確かにその名前の通りでいくつかのフェリー会社の乗り場が桟橋を並べていた。
「こっちです」
彼女の案内で僕たちが飛び乗った十時発のその船は女木島−男木島行きの小型客船だった。
「女木島はこの船で十五分くらいのところにあるんですよ。それで、ここは鬼ヶ島なんですよ」
「へえ、鬼ヶ島?」
一度は高松に住んだ僕だけどあのころのことというと真奈美にプリントを届けたことぐらいしか覚えてないんだ。少々驚いた。言われてみれば、聞いたことないこともないんだけどなぁ。
「ふふ、そうですよ。桃太郎に出てくる鬼ヶ島です」
真奈美は甲板に立って離れていく四国本土を目を細めて見やりながら僕に説明してくれた。
「それじゃ、鬼がでてくるかもしれないな」
「え?」
「それで食べられちゃうんだ」
真奈美は少し泣きそうになってうつむくと口をつぐんでしまった。何だか本当に怖がらせてしまったぞ。
「だ、大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」
僕が笑ってそう言うと真奈美はやっと顔をあげてホッとしたように笑ってくれた。
「ああ、よかった」
それからしばらくしていよいよ島が見えてきた。港に着いてまず目に付くのは鬼の資料館 と、その隣にあるモアイ像だ。なんでここにモアイ像がるのかは僕にもわからないがどう
もイースター島と交流関係を結んでいるらしい。そうするとイースター島には鬼の像がたっているのかと一瞬考えてしまった 。
「ようこそ鬼ヶ島へ、か」
資料館のほかに目に付くものと言えばちいさなプレハブ小屋に掲げられたこの看板だった。
「本当に、鬼ヶ島でしょう?」
「うん。それにしても静かだね」
島自体それほど大きくはないのだが、全体にのんびりとして和やかな雰囲気がある。
「そうでしょう。私、調子がいいときは時々ここに来るんです。とっても、風が気持ちいいから」
なるほど確かに高松の隠れたスポットだ。
それから僕達は鬼に資料館で面やら絵本やらを見て、早めの昼食を取った。そして、少々迷いはしたが時間も許したから僕は真奈美に提案をした。
「あ、ほらバスで鬼の洞窟に行けるみたいだよ。行ってみようよ」
鬼の洞窟へ入るのは真奈美もはじめてだったらしい。入る前に結構怖がってはいたが結局そう長くない洞窟の中を一通り歩いてから再び外に出た。 真奈美は出口のすぐ近くにあった瀬戸内海が臨める展望台に腰を下ろすとフッと肩の力
を抜いた。
「ごめん、ちょっと怖かったかな?」
「あ、いえ、いいんです。だって、あなたがそばにいてくれたから…」
彼女はそういうとニッコリ笑ってくれた。そしてゆっくりと目を閉じて深呼吸する。僕もつられて目を閉じた。さわやかな風の音が聞こえた。そして、鳥の鳴き声…。
真奈美は昔から小鳥が好きだったんだ…。
僕がプリントを届けるようになってからしばらくしたある日、学校の課外授業である公園に出かけたんだ。真奈美は僕の誘いに答えてそれに出席してくれた。それでも、クラスに溶け込めなかった真奈美は一人で詩集を読んでいたんだ。
ところがそんな時一つの事件が起こった。ある生徒が飛び立つ前に巣から落ちてしまっ た雛を見つけたんだ。
「大変、体温が下がってる。早く暖めてあげないと…」
真奈美はどうすることもできずに雛を囲んで呆然と見ている生徒の人垣を分け入って中に入ると雛を抱きかかえてそう言った。
誰もが真奈美の迅速な判断と初めての積極的な姿に驚かされた。そして、担任の先生の提案というか、目論見でその小鳥をクラスでしばらく飼うことにしたんだ。
真奈美はそれからその小鳥ピッチの為に休日も関係なく学校へくるようになった。そし て、ある日真奈美は僕に約束してくれたんだ。
「ピッチちゃんが無事に飛びたてたら私はがんばって学校に行きます」
僕は再び目を開けた。
「ね、真奈美。昔、小鳥を保護したことがあったよね」
「ふふ、覚えててくれたんですね。うれしい」
西に傾き始めた日差しの中に真奈美の笑顔が映えた。西に…?
「あっ」
僕は慌てて時計を見た。いつの間にやら時間がだいぶ過ぎている。
「もうこんな時間か。帰りの船なくなっちゃうよ」
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2000.03.12

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