
星 蒼矢さんの「センチメンタルグラフィティー」SSです。
あの物語により現実味を持たせた作品だそうです。
下調べ等がしっかりなされてあっておもしろいですね〜。
センチメンタル・グラフティ 〜真奈美編〜(7)
第十一話 八島の景観
九時を少し回った辺りで真奈美はやってきてくれた。
「あ、あの、おはようございます…」
今か今かとちょっとドキドキしながら人を待つって言うのも悪くない。何よりその人が現れたときの喜びと言うのは良いもんだと思う。きっと真奈美はいつもこんな気分で待って
てくれたんだろうな。
Y・Hにいられるのが九時までだからとりあえず僕達はケーブルカーで山頂に上がることにした。
「思ったよりも急斜面だね」
「は、はい…」
朝ということもあってケーブルカーに乗っている人はほとんどいなかった。
「きゃっ」
ケーブルカーが急発進して列車が大きく揺れると真奈美はシートに持たれかかって身を強張らせた。
「こ、怖い」
確かにケーブルカーは段々にスピードを上げていくし、斜面も乗ってる方にしてみると垂直に上っているようにさえ思えてくる。ここでケーブルが切れたりしたらと思うと、確かにゾッとしないこともない。
「大丈夫。僕がついているから」
「あ、あの、もう少しそっちにいってもいいですか?」
そういうと真奈美は少し席をずらして僕の近くにやってきた。かすかに肩が震えている。 僕は少し真奈美の気を紛わそうといくつか話しをしたし、幸いなことに車内にもこの八島を説明したテープを流してくれていた。
そうこうしている間に真奈美もだいぶこの傾斜になれてきたようだった。その後は一度 だけ山の中腹で上から降りてきたケーブルカーとすれ違って車体が揺れたところを覗けば
彼女が悲鳴を上げることはなかった。
「真奈美、大丈夫だったね」
山頂の駅もほとんど人がおらずひっそりと半ば眠ったようだった。
「はい。あ、あなたが、いてくれたから…」
真奈美は少し赤くなってそう言った。
駅を出るとそこは小さな広場になっていていくつかのお土産が軒を連ねていた。とはいえ朝ということもあって、店の扉は何処も開いてはいなかった。
周囲にかすかに立ち込めている霧をかき回す様にひんやりした風が真奈美の髪を揺らしていった。見上げると空には灰色の雲がかかっていた。
「ちょっと風が冷たいけど真奈美は大丈夫?」
「はい。とっても気持ちの良い風ですよ」
真奈美は僕の質問に笑顔で答えると大きく伸びをした。
「それに、あなたがいてくれるから…。あなたのそばにいるとなんだかとても調子が良いんですよ」
そんな真奈美の周りにはいつのまにか小鳥達が集まってきていた。小鳥ってかなり警戒心が強くて普通は人には近づかないんだが…。小鳥達も真奈美の純粋な優しさを知ってるんだ。
「でも、なんだか。不思議…。私なんかのとなりにあなたがいるなんて…。これが夢じゃなきゃ良いな」
「夢なんかじゃないよ。僕はここに、今、真奈美のところにいる」
真奈美と一緒にいるととても優しい気持ちになれた。
「はい。このままもう少し、二人で…」
八島山の南峰は大きな公園の様だった。いくつかの名所がありそれを囲むように散歩道が続いている。マナティのいる日本有数の山上水族館である八島山水族館、源平の戦いで武士が刀を洗ったと言う池。そして、八島寺。どこも静かで東京に比べれば断然自然が多い。それは丁度真奈美の家の庭に感じが似ていた。
「知ってますか?この狸は変化の術が有名なんです」
八島寺の中で太三郎狸の前に腰を下ろして真奈美はいった。
「それでここの住職さんが交代する晩になると決まって化けて現れて、それは見事な源平の戦いを演じて見せるんだそうですよ」
「へぇ。一度見てみたいね」
僕は改めて二匹の狸を見つめた。二匹はずらりと並んだ鳥居の前にそれを守るように立っていた。ここは寺と社が入り混じったようになっているなんだか不思議なところだった。
「そ、それだけじゃないんですよ。彼らは一夫一妻制を守り通した夫婦狸でも有るんです」
「なるほど確かに幸せそうだもんね。きっと素敵な夫婦なんだろうね」
真奈美も微笑んでうなずいた。
「そうですね。いつか、私も…」
「え?」
はにかみながら答えた彼女の言葉が上手く聞き取れなかったけど…。
「な、何でもないです」
真奈美…。僕は真奈美の横顔を見ていた。素直で優しくて、少し泣き虫の頑張り屋の横顔を僕は可愛いと思った…。
いつの間にか雲は晴れ空は底抜けに青く、風も澄んでいて気持ち良かった。小鳥が二、 三羽空を舞っていた。そして、楽しそうにそれを見上げる真奈美…。どれをとっても東京では見られない光景だった。
「この辺は良いね。まだまだ自然がいっぱいあって…」
「そんなことないです」
呟いた僕に真奈美が悲しそうに答えた。
「この辺でもドンドン自然が減っていて、私の家の周りでも…。小鳥たちのねぐらも、小鳥達自身の数も減ってしまって。でも、私には何もできなくて…」
「そんなことないよ。あせらなくても真奈美のできることからはじめればいいんじゃないかな?」
彼女は驚いたように僕の顔を見上げた。
「私に…できること…?」
「そうだよ。いつかピッチちゃんを世話したように真奈美にもできることはあるよ」
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2000.03.17

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