Twilight Dimension(3)
〜衝突と心〜
彼女のは手榴弾みたいなやつだったのかもしれない。有効で、強力で…。けど、それを一番知ってたのは彼女なんじゃねぇかと思う。そういう意味で彼女はすげぇやつだったんだろう。
「ウラ!」
オレは穂月野太一に一撃を加えようと最後の刻み突きを放った。ボクシングで言うジャブってところか?
「くぬ」
それに対して太一も反撃してきた。オレの攻撃か太一のカウンターか…。あとは審判に任せるだけだ。
「おっと…」
だが、太一は審判の判定を前に拳を止めた。彼が止めたからにはオレの方も止めてやらねばならん。
「どうした?」
「いや、俺の負けのようだ…」
またはじまりやがった…。
太一のヤツは実力もある。頭の方もオレよりはいい。空手だって弱かねぇ…。けど、いつもこういう際どい場面で先に諦めちまう…。
「おめぇよ、そこまでしてオレに負けたいのか?」
彼の考えがいまいちオレには理解できん…。
「どうだっていいだろう?」
「………」
ど、どうだっていいだとぉ…。オレは一瞬唖然としたが、すぐに怒りが込み上げてきた。思わず殴りかかりそうになっちまったが、この前はそれで部員に注意されたからな。さすがに、部長がそれじゃカッコ悪るい。
他人に文句は言うが自分はじゃやらねぇってのがオレの一番嫌いな人間なんだ。
がぁ、しかし、この男、めっちゃムカツク。
「そりゃあ…どういう意味だ?」
俺は怒り出すのをなんとかこらえると奴に尋ねた。我ながら顔が引きつってんのがわかる。けど、ここで、熱くなっちゃ何の進展もなくなっちまうからな…。我慢我慢…。
「言葉通りだよ。勝ちが全ての世界で人が楽しくやれると思ってんのか?」
人が楽しく…って、そんな甘っちょろい考えで生きてけんのか!所詮、世界は弱肉強食じゃねぇか?
「生き抜くってことは勝ちつづけることだろうが!」
「ナンセンスだね。もはや、人類が地面にはいつくばってる時代は終わったんだ。もう、これ以上、何をねだるってんだ?」
何をって?何を?
「だいたい、自分に勝てない人間が他人に勝てるか?もう少し冷静でいろよ」
冷静でいろ?って、オレのことか?オレが冷静じゃないって?オレはこれでも十分に冷静だよ。これ以上どうしろってんだ?
「別にカッとなってるわけじゃねぇ。お前が冷静過ぎるんだよ」
オレは言い返した。太一がいいヤツなのは認める。ただ、ヤツの熱くなれねぇあたりがオレは気にいらねぇ。なんにせよ、夢中でやれるってのはいいことだと思うんだ。どうもそういう感覚ってのが太一に無いらしい。
「って、話をはぐらかすな。どうしてお前はそこまでして負けようとする?」
オレは何考えてんだか忘れそうになって、慌てて話をもとに戻した。何の話ししてたんだかわかんなくなっちまうぜ、こいつは…。
「別に負けようとしているわけじゃない。ただ、そこまで勝ちにこだわる理由がないだけだ…」
何言ってやがるんだ?こいつ、普段は話していると楽しいやつなんだが、この点だけはオレには理解できんものがある。
「だいたい、格闘技のルーツはサバイバルだろう?勝たなきゃ意味ないだろ?」
と、オレは思うんだが…。
「俺はただ自分を鍛えたいだけだ…」
何を隠そうオレらのこの争いは何もいまはじまったことじゃない。昔っからお互いに譲らねぇ一面なんだ。部員も諦めているらしい。遠巻きに見ているだけだ。
ホントにどいつもこいつもいま一歩がたりねぇんだよ…。
「今日はもう終わりだ」
オレは半ばしまりが悪かったが、もうすぐ完全施錠の八時だ。あんまりやってると見まわりの先生に怒られっからな。
前にやたら厳しい先生が日直で運悪くつかまってこっぴどくしかられた。あんなのはもうごめんだ。ヤツとの勝負をほっとくのは嫌だが、部員巻き込んじゃまずい。
そんなわけでグッとこらえたオレだったが、それでも部員全員を帰らせると独り武道場の真ん中に寝転がっていた。
こう気に入らねぇことがあったときはよくこうしてたりする。これが結構気持ちいい。
なんて、柄にもなくオレは考え事をしていた。もちろん、太一のことだ。自分を鍛えるとか言ってたが世の中そんなに甘かねぇ。
確かにヤツの言うことにも一理ある。自分に勝てねぇ人間が他人に勝てるわけはねぇ…。けど、自分が他人に勝てるから他の誰かに優しくできるってのも一理あんじゃねぇか?
あの電灯だって、ヤツらが落ちてこないからオレを照らしていられる…。それってのは、つまり、生きるか死ぬかっていうもっと、基本的なところの問題ってやつで…、なんつーか、そのぉ…。
ああ、止めだ止め。オレには向かん!頭が痛くなってくる。しかし、どうしてああも簡単に負けられるんだ?結局オレにゃ理解できねぇな。
けどなぁ、あの電灯ってどれも頼りなさげったらりゃしねぇな。しかも、辺りは静まり返って、電灯がパチパチいう音が聞こえてくるくらいだ。
手もとに銃でもあればあんなのは簡単に打ち落とせそうだな。と、オレは思う。こういう動かねぇやつならやっぱ、ターゲット・ガンだ。オートマチックも悪かねぇけど、やっぱリボルバーが粋でいいか…。
「おい」
「うぎゃっ」
オレは突然声をかけられて思わず変な声を上げた…。なっさけねぇ。
「佐野島か?そろそろ八時なるぞ。鍵かけるからとっとと出てくれ」
オレに声をかけたのは数学教師の藤畑だ。いや、彼で良かった。でなけりゃまた前みたいに小言を言われるだけだからな…。
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