−それぞれの幸せ−
1


「おい、クレス。もうそろそろ起きろ」
時間的には早朝ともいえる頃、心地よい眠りの中にあったクレスの耳に、そんな言葉が聞こえてくる。
「まぁ、時間的にはまだ起きなくてもいい時間だが、せっかく私が遊びに来てやったんだぞ。ぱっと起きて話し相手になってくれてもいいんじゃないかな?」
眠っているクレスを傍目に、その人物はいかにもマイペースを崩さずに話しつづける。
(………誰だろう?……声からして、男性。……でも、チェスターじゃない)
半覚醒の頭を回転させ、その声の主が誰なのか考える。
「おっ?…起きたか?」
クレスがうっすらと目を開けたのを見て、その人物は何となく嬉しそうに言う。
(…この声……聞いた事がある。………それも、懐かしい声)
クレスは眠いのを我慢して、目をちゃんと見開き、その人物を見やる。
「……あっ!!」
クレスはそこにいた意外な人物の存在に、ひどく驚いた。何故なら、その人物は今はもう生きてはいない人物であったから。
「やっ、久しぶりだなクレス」
その人物は、お馴染みの…そして、クレスにとっては懐かしささえ感じる、独特の人懐っこい笑顔でクレスに再開の挨拶をした。
「……クラースさん」
ちょっとした動揺。しかし、久しぶりの仲間との再開がクレスにとって嬉しくない訳がなかった。
「ははは。元気そうでなによりだよ」
クラースは、わざととも見えなくも無いくらい大袈裟に笑ってみせた。
「いつここに来たんですか?言ってくれれば、迎えに行ったのに…」
クレスは何となく、もっともらしい質問を投げかける。チェスターやアーチェなら、こんな事は気にしないだろうが、クレスは真面目すぎるためについついこう言う事を聞いてしまうのだ。
「ここに来たのは、まぁ今さっきと言った所かな。偶然近くを通ったから、何となく立ち寄ってみただけさ」
「そうなんですか」
クラースの、何とも適当な説明に、クレスも適当に相槌を打つ。

「…………んっ……どうしたんですか、あなた。…こんな朝早くに」
クレスのすぐ隣で、ミントが目覚めた。どうやら、二人の話し声で起きてしまったらしい。
「おうおう、『あ・な・た』ですか。初々しいねぇ〜。…いやぁ〜、ほんと、若いっていいねぇ〜」
クラースは早くもおっさん口調で、この夫婦をからかい始める。ちなみにクラースは、ミントの存在に気付いていたのだが、あえてそれには触れないでいた。何のためでもない、彼女が起きた時二人をからかうために。
「……えっ!?………………ク…クラースさん?」
不意にクレスの後ろあたりから声がしたので、ミントはそっちの方を見る。そしてそこにクラースの姿を確認すると、信じられないといった感じの声をあげて、慌ててクレスの背後に隠れる。
「……おいおいミント。そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。別に私は怪しい者ではないのだし」
クレスの背後に隠れたミントを見て、クラースは苦笑した。まあ、生きてもいない人物が今ここに存在しているのだから、無理も無い気がするが。
「そっ、そうですよね。…久しぶりに会えたのに、失礼ですね私」
クラースの声、態度、姿を感じ安心したのか、ミントは多少慌てながらも非礼を詫びた。実際クラースはそんな事は気にしていなかったのだが、それでも謝らなければミントの気がすまなかった。
「しかしまあ、二人とも仲良くやっているようで安心したよ。わざわざ見に来たかいがあったと言うものだな。ははははは」
ミントの言葉を聞いていなかったのか、無視したのかは定かではないが、クラースは彼女の言葉に何も答えずにいきなりそんな事を言う。そして、いかにも嬉しそうに二人の前で笑ってみせた。
「はい。おかげさまで、夫婦円満です。なっ、ミント」
「……はい」
クラースの言葉に、クレスも笑顔でそう答える。しかし、嬉しそうなクレスとは裏腹に、ミントは口篭もっている。別に機嫌が悪い訳ではなく、何となく気恥ずかしかったのだ。その証拠に、その顔は夕日の如く赤かった。
「あっ、そうだ。実は今、ミントのお腹の中に赤ちゃんがいるんですよ。もうあと半年したら、僕も父親になるんです」
ミントの様子に気付かないクレスは、さらにそう付け足した。すると、ますますミントの顔は赤くなっていった。
「あっ、あなたっ!!…恥ずかしい事言わないでくださいっ!」
あまりの恥ずかしさに、たまらず叫び出す。その顔は相変わらず真っ赤で、水がお湯になるのではないかと言うくらいの熱気を帯びていた。ミントは、そう言う事に鈍感すぎるクレスに、ちょっとだけご立腹であったのだが、そんな姿が妙にかわいく映ってしまうのは、彼女のなせる業なのだろう。
「あっ…ごめんよミント。僕が悪かったよ」
口を尖らせ頬を膨らませながら怒っているミントに、クレスはそう言って謝った。
「…クッククククク……ハァ〜ハッハッハッハッハッ!!!………ククッ……ふぅ………いや、本当に仲が良いんだなお前た……クッ……」
二人のやりとりを見て、クラースはたまらず笑い出す。何とか堪えて、フォローをいれようとはしたみたいだが、結局堪えきれずに再び吹き出す。
結局、クラースはその後三分程笑い続けていた。


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