−それぞれの幸せ−
2


「…そう言えば、もうあれから50年近く経つんだ」
いつも通り朝食をとっている時に、不意にアーチェが呟く。彼女の目は、壁に立て掛けられていたカレンダーに向けられていた。
「んっ?そんな昔に、何かあったのか?」
アーチェの言葉に、チェスターは当然の疑問を返す。
彼の問いかけに不意に、アーチェの顔に悲しみの色が浮かんだが、それもすぐに消え去った。
無理も無い。彼女にとって、それは今思い出しても辛い、別れの記憶なのだから。
「………クラースが…死んだ日」
少しだけため息交じりに、アーチェはそうとだけ言う。
「………そう…なのか」
アーチェの言葉に、チェスターはそれ以上言えなかった。彼は実際その場に立ち会っていた訳ではないのだが、アーチェは実際にクラースの死ぬ所を見ているのだ。だから、チェスターはその事について何も言えなかった。
「アタシがここに来てから、町の復興やらクレス達のことやらで急がしくって、すっかり忘れていたけど、もうすぐクラースの命日なんだよね。……はははっ、すっかり忘れていたよ」
アーチェは何とかいつもの明るさを出そうとするが、その声はすっかり沈み込んでしまっていた。
「そうなのか。もうすぐクラースさんの…」
普段明るいはずのアーチェが沈み込んでいるのを見て、チェスターも沈み込んでいた。
結局その日の朝食は、チェスター達にとってあまり美味しくないものになってしまった。


二人で使うには、少し大きすぎるテーブルの上に、今朝の朝食が美味しそうな湯気を立てて置かれていた。
いつも通り、ミントの作る美味しい朝食なのだが、クレスは何故だかそれに手をつけずに考え込んでいる。
「ねえあなた、どうかしたのですか?さっきから、ご飯に手もつけずに考え込んだりして」
クレスの行動に疑問を持ったミントが、そう聞いてみた。
「………あっ!…ごめんごめん。ちょっと、今朝見た夢の事について考えていたんだ。……っと、早く食べないと冷めちゃうよな。…いただきます」
ミントの問いかけでクレスは我に返ったみたいで、慌ててその問いかけに対して答えている。そして、目の前にある料理を見て、さも申し訳なさそうに食べ始めた。
(……あんな夢の事言っても、信じてもらえないだろうなぁ〜)
少し冷めたスープを飲みながら、クレスはそう思った。
しかし、クレスの考えとはうらはらに、ミントは何かを考え込むようなそぶりを見せる。それは、クレスの見た夢と言うものに対しての事である。
「……もしかして、クラースさんの事ですか?」
「んぐふぅっ!…げほっげほっ…………な…何で解るんだい?」
ミントのあまりに唐突な言葉に、クレスは飲んでいたスープで思い切りむせた。そして、多少落ち着いた頃に、ミントに聞き返してみる。ちなみにその時ミントは、クレスの背中をさすっていた。
「実は、私も今日クラースさんが来た夢を見たんです。やけに現実的な夢だと思ったのですが、クラースさん自体もうこの世にいないはずですから、夢だと言う事にしたのですが」
クレスの背中をさすりながら、ミントは言う。
「…やっぱり夢なのかな?」
ミントの言葉を聞いて、クレスは思った事を素直に言う。しかし、やはりまだ疑問の表情は崩れてはいなかった。
その後、二人はその夢の事を語り合いながら朝食を済ませた。


朝食を終え、クレスが食器を洗っている時。
ドンドンドンッ!
乱暴にドアをノックする音が聞こえる。
「おーい、いるかー?」
ノックの後から、チェスターの声が聞こえてくる。
クレスはその声を聞いた後、一旦洗い物をする手を休めてドアの所まで行った。
(チェスターの奴、どうしたんだろう?…いつもはこんな乱暴なノックはしないのに)
普通の人からすれば、別段どうでもよい事をクレスは考えていた。
カチャッ
「よお、おはよう」
クレスの手によってドアが開かれると、そこにはチェスターとアーチェがいた。二人が揃ってクレスの家に来るのは、久しぶりの事である。チェスターは、クレスに軽く朝の挨拶をした。
「ああおはよう。今日はどうしたんだい?」
クレスはチェスター達に挨拶すると、早速尋ねてきた理由を聞いた。二人が揃って来る時は、大抵何かがある時なのだ。…たまに、何も無い事もあるが。
クレスの問いかけに聞くと、バークライト夫妻はお互い顔を見合わせて頷きあった。何かの合図であろうと言う事は、クレスの目から見ても明らかであったが、深く詮索する気もなかった。
「…あのさぁ〜。ちょっと、あがってもいいかなぁ〜?」
「ああ、いいよ」
アーチェが少しすまなさそうにそう聞くと、クレスは別にかまわないといった感じでそれを了承した。クレスにとって、二人は親友であるので、家にあげる事に抵抗は無いのだ。
「それじゃああがらせてもらうね」
クレスの了承を得た後、二人は家に入り始めた。そしてそのまま居間へと向かって歩き出す。
クレスは二人が居間へと向かった後、残っていた洗い物を片づけるべく、台所へと向かって行った。


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