−ある少女の話−


  私の名前はA。本当の名前で誰も呼んでくれない。だから私の名前はA。


「Aが来たぜ」
「この世に存在する事が恥ずかしくないのかしらね、あのひと」
ヒソヒソ、ひそひそ。
交される言葉は私の死を望む。
私は何もしていない。私がなにをしただろう。気に障ることでもしたのだろうか。
つきささる言葉、凍った視線。とどめの言葉は

          アイツナンテ イナクナレバ イイノニ。


先生の声がする。 『……さん。もっと積極的になりなさい。あなたが積極性を持たないから、いけないのよ』
《積極性も何も。何を言おうと、話し掛けても誰も相手にしてくれない》
『みんなの中に溶け込む努力をしなさい』
《どりょくっ、て何ですか?必死に話し掛ける事は、どりょく、とは言わないんですか?》


         コオリ ノ ハッタ ミズ ハ ツメタイ。


《私はなにをしたのだろう。みんなに嫌われた理由はなんだろう?》
魚たちが私の体をつつく。ゆらゆら揺れるのは水草。
《私は殺されるようなことを、いつしたんだろう?》
水草のからまった、みにくい体を見て考える。
《何のために生きていたんだろう》
魚の餌にはなれた。生きているときって、何の役に たったろう?


         フユノ ミズ ハ ツメタイ。


私を水に沈めた子たちは、やがて『大人』になり、家庭を持つ。子供と作る、『平和な家庭』。
『おまえなんて死んじゃえよ』
『死ねないなら、オレたちがころしてやる』
いたいくるしいくるしいどうしてどうして
『…おい、動かないぜ』
『本当に殺しちゃったのか…?おれたち…』


そうだよ。私はこの時に死んだ。
みなもにひろがった長い髪。恨めしげに揺れる。
『…重りをつけて沈めろよ。だれもわかんねーよ……』
『………そうだな…』『そうしよう』
なわでくくられ、沈んでいく私のからだ。
2倍も3倍も膨れ上がる。見事な土左ヱ門。引き上げた人は、さぞかしびっくりするだろうね。
皆が歳を重ねていくなか、私はどんどん腐っていく。
「きゃーっ!!ころされるーっ!」
庭でふざけ合う子供の声。
「庭先でなにをしてるんだ!そんなくだらないことをするな!」
声を荒げる父親。私を殺した子の10年後の姿。
青ざめた顔をしてる。新聞をもつ手が震るえてる。
《人殺しの子は、人殺しになる……?》

                                 おもしろいね。


                                           ずうっと
 私の名前はA。本当の名前で誰も呼んでくれない。だから私の名前は永遠にA。






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