「…?歌は聞こえないけど、なんだかあったかいな。」 「あ、ほんとだ。」 「お家がね、ぼくたちの事好きだって。うふふ嬉しいな。ぼくも大好き。 でも一番好きなのは兄さんだよ。ぼく兄さんが一番だーいすき。」 心底嬉しそうに瞬がいう。一輝はぼっと赤くなった。 「瞬…?」 ずるずると一輝の肩にもたせかかった頭がずりおち、ころんと瞬が床に転がった。 「瞬、おい。」 一輝はあせって瞬を抱き上げると…。 すーっすーっと気持ちよさそうに眠っているではないか。 「…ねむっちまったか…。」 「こっちもだ。」 紫龍が笑い声で言う。そのすぐ横で大の字になって星矢が眠っていた。 さっきから首がかくんと前のめりになったかと思うと、慌ててぶんぶんと頭を 振って一生懸命眠気と戦っていた。 先に眠ってしまうのが嫌だったようだが、とうとう睡魔には勝てなかったらしい。 「おい、火の番はどうする?ほっとくと消えちまうぞ。」 一輝が言うと、紫龍は少し考え答える。 「交代で起きて、番をすればいいんじゃないか?」 ぱちっと薪が火の中で悲鳴をあげる。 一通り薪を作りおえて、汚れた両手と真白いシーツを交代で見比べながら、 拭いていいものかどうか思案していた氷河の頬を、暖かい風がそっと撫でてゆく。 はっとして氷河は振り返り、あたりを見回す。 どこから吹いてくるのかわからない。しかし依然として彼の回りをまるで包み 込むかのように柔らかくそれはあった。 いや、彼だけではなかった。一輝も、紫龍も、星矢も瞬も目を閉じてうっとりと そのぬくもりに身を浸している。氷河も、そっと目を閉じた。 ああ。 このぬくもりは このやさしさは 知っている。 知って…いる。 これは… これ…は。 遠い昔、母の腕の中で眠った時のような。 遥か昔、母の背中でかすかに聞いたような。 ああ。 ああ。 なんという…。 なんと…いう。 知らず知らずのうちに頬を暖かいものが伝い、拭った指先が濡れる。 「…涙…?」 気付いたとたん、後から後からまるで溢れるように流れ出る。 心がどんどん軽くなる。どんどん、どんどんせつなくなる。 母が死んでから決して泣くまいと決心したのに。 『聖闘士』になるまで泣くまいと決心したのに。 せめて嗚咽だけでも漏らすまいと、シーツをぐっと噛み締め、ちらりと皆をみやる。 みんな…互いが互いに背を向け丸くなっている。 同じだと、自分だけじゃないのだと解り、少し安心して再び目を閉じぬくもりに 身をゆだねる。 おやすみ…おやすみ愛しい子たち…。 そう囁きながら、家は低い、しかしかぎりなく甘い声で歌ってくれる。 …優しい子守唄を…。 やがてかすかな五つの寝息のみが規則正しく部屋を満たす。 静かに…ゆっくりと時はすぎてゆく。 外はまだ…雨がふっている。 でも…明日には止んでしまうだろう。 そうなれば、せっかく己の中にある幼な子達は、その翼で旅だってゆくのだろう。 …止められはしない。ならばせめて今宵一晩、この子達を愛そう。 今宵一晩、この子達の為に神に祈ろう。 いつまでもその優しい心が変わらぬようにと。 いつまでも人を愛する事を忘れぬようにと。 “家”は静かに歌い続ける。ひくく、やさしく。幼な子のために。 その夜、五つの幼い魂は、久し振りに深い眠りにつけたのだった。 「朝…だあ!」 目をさますなり、星矢は窓を覆っていたカーテンを勢いよくあける。 「まっぶしー!」 開けるやいなや、光りの洪水が部屋中の闇を残らず追い出してゆく。 「起きろおきろおっきろぉ〜!」 星矢が派手な声をあげて大騒ぎする。眠そうな顔で他の四人もごそごそと起き出し、 目を擦ったり、欠伸をしたりして目を覚まそうとする。 「げっ!」 ぼんやりと、窓から外を見ながら着替えていた紫龍がいきなりらしくない声をあげ たので、びっくりた皆が彼の方を振り向く。 「辰巳の奴がこっちへくるぞっ!」 うそだろ〜と口々にわめきながら、慌てて身支度を整え始める。 「やっぱ、メシ抜きかなあ…。」 「あいつならやりかねんぞ!」 口も手も慌ただしく動かしながら、ばたばたと次から次へと飛びたって行く。 メシ抜きはつらいし、辰巳の野郎に怒鳴られたり、殴られたりするのは、思いっき り腹がたつけど、今は…今日だけはそんなことはほんのささいな事のように思えた。 …もう行ってしまうのか…子供たちよ…。 私は、例えようもない寂しさにそっと呼び掛ける。 …もう…行ってしまうのか…。 駆け去って行く子供たちは、もうこちらを振り返りはしないだろう。ただ真直ぐに、 その背中に生えた真白い羽根で飛んで行くのだ。空高く、遥かに遠く。 …また私は一人になってしまうのか…。 やっと愛したい人達に巡り会えたというのに…。 私が哀しみにうちひしがれていると、突然子供達の一人が立ち止まり、こちらへ戻っ てくるではないか。 春の息吹に似た新緑の髪を揺らしながら、瞬が駆けってくる。 全速力で走ってきたのか、膝に手をあて息をぜいぜいと切らしていたが、顔を上げ ると鮮やかな笑みを浮かべ私にこう言った。 「まっててね。ぼくたちきっと戻ってくるから。だってみんな 大好きなんだから。きっとだよ。」 再びにっこりと微笑むと、彼を待つ仲間のところへ戻っていった。 おお…。私はひとりではないのだな。 おお…。もう寂しさに打ち震えることはないのだな。 ならば私は眠っていよう。その時がくるまで。 やがていつか再びあの子供達が私のもとへ帰ってくる日を 夢見ながら私は眠りにつこう。 ああ…。 ああ…。 あ…。 あ…。 ……。 家は再び深い眠りにつく。 愛しい子供たちが帰ってくる姿を夢見ながら。 それは優しく暖かな夢になるだろう。 そして次に目覚めた時、光にあふれた日々が始まるのだ。 家は、ゆっくりと眠りについた。 *END* |
すみません。実はこれ元ネタあり;です。 銀 雪子様の「リラ 夢の家」という漫画に出てくる家が、 元ネタ、というか元イメージというか…。 まあ、そういう感じなんです。 (銀様のファンの方、ごめんなさい〜;m(_ _)m) この話は「いかなる星の下に」の歌詞の中で 「We're Homeless Warriors」という部分を聞いて、 なんか哀しいなぁ。と思ったのがきっかけでした。 帰る「家」つまり何があっても、どんなに傷ついても無条件で 迎えてくれる場所、人がないのって、とても辛くて哀しい事だと 思うんです。聖闘士なら特にそういった物は必要じゃないかと。 という訳で、この話は気持ち的に三部作になっていまして。 「long long ago」「return」「after…」 の順に読んでもらえたらなぁ、と思ってます。 しかし、お子様書くの楽しいんだよね。 今改めて読み直すと、みんな性格がちょっと違う気もするけど。 子供だからスレてないってことで、ひとつ。(笑) |