殺さねばならない事は知っていた。 殺さねばどういう結末になるのかも。 弟が哀願するような瞳で自分を見つめる。 その薄い唇がかたどる言葉も見なくても解っていた。 『殺してください、兄さん。僕を殺して下さい。』 今ならば。今ならば、と言う。 ではそうすれば、彼の弟の望みをかなえればどうなると言うのだろう? ──全て失うだけだ。── 自分が信じてきたものも自分が守りたいと思ってきたものも全て。 それでも弟が望むのなら。そうしなければならないのなら。 「瞬。」 一言、弟の名を呼ぶ。 その一言に全ての思いを込めて。 大きく息を吸い、吐き出すと拳をかまえる。弟の瞳に歓喜が走る。 『兄さんっ!』 全身の小宇宙を集め、放ったはずの拳は弟の心臓をえぐる前に無理矢理 に止めてしまった。 『それほど弟の命が大事か。』 嘲笑うように冥王が問いかける。 圧倒的な力にかなうすべもなく、五体が激しくきしみ、一輝の意識が 急速に薄れていく。 ──失いはしない。── そう、何があっても決して失いはしない。 それを望まぬ限り何ひとつとして。 ──そして、急速に闇の中に落ちていった。── |