風に乗って、お囃子の音がかすかに聞こえてくる。 その音を聞いているうちに、なんだか浮き浮きした気分になった瞬は、 鼻歌まじりに食器を片づける。 と、バタンッ!と勢いよくドアが開くと同時に星矢が飛び込んできた。 「あーっ!星矢、また病院を抜け出したね!」 「へっへん。あーんな所にいつまでもいたら それこそ病気になっちまうぜ。」 腰に両手を当てて睨む瞬に、星矢はわざと見せつけるようにして、 包帯の巻かれた腕をぶんぶんと振り回すとガッツポーズをする。 何を言っても聞きそうにない星矢のその様子に、瞬はふうっと大きく ため息をつく。 「しかたがないなぁ…。」 「そうそう。」 勝手に頷きながら、テーブルの上のお菓子をつまもうとした星矢の手を ぴしゃりと叩くと、瞬が呆れたように言う。 「沙織さんの読みは当たってたね。」 「読み?何が?」 そう尋ねながらも、素早くクッキーを数枚かすめとると、口の中に放り 込みながら星矢が尋ねる。 「どうせ星矢の事だから、こんな日に大人しく病院のベッドにいる なんてないでしょうからって。」 「あたり〜ドンドン!景品はないよぉ〜!」 調子に乗って騒ぐ星矢の頭を、台所に入ってきた氷河が加減なしに ごつんと殴る。 「あてっ!なにすんだよ!」 「調子に乗るな、バカ。」 頭を押さえて文句を言う星矢に、氷河が無表情に一瞥する。 「なんだよ、その態度は!」 「もうっ!まだ話の続きがあるんだよ!」 けんか腰になる星矢に瞬がそう言うと、とたんに素直に星矢は瞬の方 へと向き直る。 氷河も何事もなかったような態度で、持っていた花瓶をテーブルの 上に置いた。 「な、話って?」 星矢が期待に満ちた視線で話の続きをせかす。 瞬の口ぶりからして、それがいい話だと感づいていたからだ。 「でね。沙織さんが、星矢の怪我もほとんど治ったみたいだし、 せっかくのお祭りから、みんなで楽しんでらっしゃいってね。」 そう言いながら、瞬がポケットから財布を取り出し振ってみせる。 「お小遣いもらっちゃった。」 「らっきー!」 やんやと星矢が両手をあげて歓迎する。 そんな二人のやり取りを見ていた氷河が、ぽつりと瞬に言う。 「すまんが、星矢と二人で行ってくれ。」 「え?氷河は行かないの?」 とたんに残念そうな顔になる瞬に、氷河は軽く笑みを浮かべて違うと いうように首を横に振る。 「いや。別に約束があるんだ。」 「あ、お前絵梨衣ちゃんとデートだろ!」 星矢の目が好奇心で輝く。 先程殴られた仕返しに、からかってやろうと言うのがみえみえだ。 「…縁日に行くのがデートと言うものか?」 「…ふつーは、男と女がペアでどっかに行くのをデートって… 言うんだよな?瞬。」 至ってまじめな顔で氷河にそう尋ねられ、星矢は面くらいながらもそう 答える。が、途中で瞬に振ってしまうところを見ると、自分でも答えに 自信がないのだろう。 「さあ…。そうだと思うけど…。」 突然問われて、瞬は戸惑いながらも頷く。 「そうか。」 氷河は妙に納得したような顔をすると、台所から出ていった。 瞬と星矢は二人顔を見合わせ、なんとなく白けた気分で言った。 「俺達もいこっか…。」 「うん…。」 大きな鳥居を潜ると、一段と大きく太鼓や笛の音が周囲に鳴り響く。 それに負けじと、人の賑わう声も高まっていく。 石段を上がりきると同時に、いろいろな匂いや色が一度に飛び込んで きて、どきどきと心臓が高鳴る。 「なんか、僕の胸どきどきいってるよ。」 「俺もっ!はやくなんか食べようぜ。」 さっそく食盛りの本性を見せる星矢に、瞬がふと思い出したように言う。 「あ、星矢。先に兄さんたちの所に行かない?」 「へ?一輝の奴帰ってきてんのか?」 「うん。人手が足りないからって、御神輿担ぐのに駆りだされて いるんだ。紫龍も一緒だよ。」 「一輝が神輿を担ぐだぁ?」 瞬の台詞に、星矢は思わず立ち止まり声を上げる。 「…うん。おかしい?」 「おかしい。絶対。」 「そうかなぁ。」 そう断言する星矢に、瞬が小首を傾げる。 この祭りのメインスポンサーは、グラード財団だと聞いていた。 人を雇うことで成り立っている企業である以上、こういった地元との 交流も必要なのだろう。 しかし、いくらそういう主旨があるとはいえ、聖闘士が二人も借り 出されるとは考えにくい。 星矢は、溜め息まじりに頭を掻く。 どうやら、たまには聖闘士である事を忘れて休暇を取りなさいという 沙織さんの気遣いなのだろう。 ただ、それが一輝に神輿という組み合わせなのは、彼女の茶目っ気と いうところなのだろう。 「…神輿かぁ。俺も担ぎたいな。」 そう呟く星矢に、瞬がぺろりと小さく舌を出す。 「残念でした。未成年は駄目なんだって。」 「なんでェ。そんなのありかよぉ。」 頬を膨らませて抗議する星矢に、瞬も同じように拗ねたような顔をする。 「僕だって担ぎたかったんだよ。」 「ずるいよなぁ。」 「うん。」 そんな事を喋りながら歩いているうち、神社へと続く階段を上りきる。 「あ、ほらあそこっ!」 そう言いながら、瞬が指をさす。 境内の横の方に人影が固まって見え、二人は軽く走った。 「兄さーんっ!」 「瞬、来たのか。」 嬉しそうに手をふりながら、走り寄ってくる弟を目にした一輝が言う。 「俺も来たんだぞっ。」 「…脱走したな。」 威張って言う星矢に、やはりという顔で一輝が溜め息をつく。 「沙織さんの許可も得てるから。」 「なら、まあ仕方がないか。」 瞬が慌ててそう取りなすと、奥から紫龍がそう言って出てきた。 その両手にはジュースの缶とビールの缶が二つずつあり、ビールを 一輝に、ジュースを星矢と瞬にそれぞれ渡す。 「ありがとう、紫龍。」 「どういたしまして。」 「俺、紫龍の持っている方がいいなぁ。」 星矢はそう言いながら、上目使いに紫龍のビールを物欲しそうに見る。 「未成年は駄目だ。」 「ケチ。いいじゃんか、一口くらい。」 くいさがる星矢に、ふいに横から声がかかる。 「よお、ボウズ。飲みたいか。」 星矢に話しかけたのは、人のよさそうな中年の男性だった。 その格好と雰囲気から、神輿の担ぎ手のひとりなのだろう。 少々酒がまわっているのか顔が赤い。 「飲みたいっ飲みたいっ!」 「じゃ、まあほれ一杯やろう。」 「サンキューッ!」 受け取ったコップになみなみとビールがつがれる。 「すみませんが…これは未成年ですから…。」 丁寧な口調で断ろうとする紫龍に、他のおじさんが声をかける。 「まあ、固いこといわんでも。 折角の祭りだしその子もたまにはいいだろう。」 「そうだそうだっ!」 いい気になって星矢が同調する。 紫龍が困ったような顔で一輝の方を見る。 「一輝、お前も何とか言ってくれ。」 「一回酔い潰れれば懲りる。」 「…お前な…。」 そうこうする間に、星矢は一口ごくりと飲む。 「うえェ〜!にがいぃ〜!」 とたん…。舌を突きだし顔を思いっきりしかめる。 どっとあたりから笑い声が起こった。 「ボウズ。この酒のうまさが解らんようじゃまだまだガキだぞ。」 中の一人がそうからかう。 「ふ、ふん。今のはちょっと驚いただけだい。 ペガサス星矢っ一気いきますっ!」 ぐいっと持っていたコップを勢いよく煽る。 みるまに中の液体は、星矢の喉に消えていった。 ぷはあっとコップを口から放したとたん、おおっと歓声と拍手がおこる。 「いい飲みっぷりだ。もう一杯いくか?」 「お、いいねェ。」 星矢がコップを出そうとしたとたん、紫龍がそれを取りあげる。 「いい加減にしろ。星矢。」 「そうだよ。子供に酒なんて薦めるんじゃないよ。いい歳して。」 紫龍の声に同調するように、割烹着姿のみるからにきっぷのよさそうな おばさん達が怒る。 ひくっとげっぷをして、微かに顔を赤くする星矢におばさんの一人が、 水とお寿司の乗った皿を渡す。 「酒なんて二十歳すぎてからでも遅くないんだからね。 あんまり興味なんてもつんじゃないよ。」 「はい。」 素直に星矢が返事をする。 「それとそこのお兄ちゃん。もっと強く言わないとここの 酔っぱらい連中には効かないよ。しっかりおし。」 「す、すみません。」 迫力に押されてか、紫龍もたじたじのようだ。 先程からこの光景を見ながら、一輝の隣で笑い転げている瞬にも、 別のおばさんが皿を持ってくる。 「お腹すいてるんでしょ。ほら、食べなさい。」 「あ、ありがとうございます。」 丁寧に礼を述べる瞬の顔をまじまじと見て、おばさんが関心したように 口を開く。 「それにしても、まあきれいな子だねえ。それに行儀もいいし。 五年もたてば引く手あまただね。」 「は?」 意味が解らず、きょとんとする瞬の横で、一輝が飲んでいたビールを ぐっと喉につまらせ肩を震わる。 「ほら見てごらんなさいよ。」 「おや、ほんとだ。きれいな子だね。」 わらわらと物好きなおばさん達が瞬をのぞきこむ。 「あ、あの…。」 おろおろと瞬が兄に助けを求めるが、一輝は知らんふりでビールを飲み つづけている。 「うちの息子がちょうど釣り合いそうな歳頃なんだけどね。」 がんっ!やっとこの状況が理解できた瞬はさすがにショックを隠し切れ ない様子だった。 おもむろに、一輝が飲み干したビールの空き缶を片手で潰すと口を開く。 「こいつは、俺の弟なんですが。」 「あら。そうなの?男の子なの。ごめんねェ。」 けたけたとひと通り笑ったあと、そのおばさん集団は去っていった。 「兄さん…。」 「ん?」 ふるふると瞬が肩を震わす。 「何故もっと早く言ってくれないんですかっ!」 「結果は同じだったろう?」 「でもっ…もういいっ!」 とん、と座っていた岩の上から飛び降りるなり、一輝にむかっていーっ と舌をつき出す。 「星矢!夜店見にいこうっ!」 「と、ちょっと待てよ瞬!」 ぐいぐい手を引っ張る瞬に、星矢は急いで口の中に残りのお寿司を 放り込む。 「んじゃちょっと行ってくるぜっ!」 手をふって二人は走り去って行った。 その後ろ姿を見送りながら紫龍が一輝に言う。 「ふられたな。一輝。」 「ふん。」 返事を返すのと、一輝が二本目のビールのプルトップを引き抜く音が ほぼ同時だった。 明かりの灯った提灯の下で、いろとりどりのお店がにぎわっている。 夜の闇色と、提灯の赤が不思議に調和して見えるのは何故だろうか? 「星矢、次何しよう?」 「うーん。あ、瞬あれ面白そうだぜっ。」 射的、輪投げ、金魚すくい。そしてボールすくいや風船つり…。 かたはしから挑戦していく。 「風船つりは僕の勝ちだね。」 「でも射的とボールすくいは俺の勝ちだぞ。」 そう言いながら、景品の小さなぬいぐるみをぽーんと放り投げては 受け止める。片手には、ケチャップのたっぷりかかったソーセージの 串刺しを齧りながら歩く。 瞬は瞬で、うすいピンクのわたあめを少しずつ歯でちぎりとりながら 歩いている。 「あ、あれ。ほら星矢。」 「ん?あ、氷河だ。」 「絵梨衣さんも一緒だよ。」 「冷やかしてやろうか。」 「絵梨衣さんがかわいそうだよ。」 「そっか?」 そう言いながら、星矢はそっと足を忍ばせると、二人の背後にまわって いきなり大声を出した。 「ワッ!」 「きゃっ!」 驚いた絵梨衣が氷河にしがみつく。 氷河はといえば、まあ当然気が付いていたので少しも表情を変えない。 「ばあ。大成功っ!」 「こんばんは絵梨衣さん。」 にこにこと笑いながら、二人は口々にそう言う。 「星矢さん、瞬さん!?びっくりした…。」 まだ氷河の腕にしがみついたままの絵梨衣に、意味ありげに二人が笑う。 いぶかしげな表情で彼らの視線の先を見て、慌てて絵梨衣が氷河の 腕から離れる。 「もっ、もうっ!」 耳まで赤くなって腕をふりあげる。 「ごめんごめん。あーんなに驚くとは思ってなかったからさっ。 これお詫びのしるし。」 星矢が、持っていたうさぎのぬいぐるみを渡す。 「あら可愛い。ありがとう。」 笑って絵梨衣がぬいぐるみをだきしめる。 「絵梨衣さんも可愛いですよ。浴衣とっても似合いますね。」 瞬がほめると、絵梨衣も嬉しそうに笑う。 彼女が着ている浴衣は、濃い紺地に朝顔の柄の模様がついていた。 祭りのための装いなのか、それとも氷河と会うために選んだのか…。 どのみち、今日の彼女は、いちだんときれいに見えることには変わり がないだろう。 「ね、氷河はこれから何処にいくのさ?」 「いや…別に決めてないが…。」 瞬の問い掛けに、氷河が口籠もる。 「あ、瞬さん。あと十分もしたら大通りの方で神輿が出るそうよ。 よかったら一緒に行かない?」 「うん。ありがと。…でもいいよ。」 「そう…。」 残念そうに言う絵梨衣に、瞬がさらに言う。 「だって、人の恋路を邪魔する奴は…」 星矢が瞬の台詞の後を引き継ぐ。 「馬に蹴られて死んじまえって言うぜっ!」 「せっ星矢さんっ!瞬さんっ!」 再び赤くなる絵梨衣に、笑いながら星矢と瞬が走りだした。 |