アンドロメダ・.瞬は怒っていた。
どのくらい怒っているかといえぱ、今すぐにでも髪が黒くなったとしてもおかしくない
くらいであった。

ここ城戸邸敷地内の.離れにある別荘では、うそ寒い空気が漂っていた。
決して気温が低い訳でない。
ちなみに今は春である。さらにつけくえわえると、雲1つない快晴だったりする。
また決して家がポロで、すきま風がふきこむ訳でもない。
『腐っても城戸邸』である。
この場合、比楡であって家本来は大変手入れがいきとどいているが。
ただ、ここ一二十分弱の闇に少々家の中の見晴らしが良くなってはいたが。
ただし、瞬が怒ったのはこのせいではない。
そう、だいたいこのくらいでいちいち怒っていては、とてもじゃないが身がもちはしな
いのである。

──事の起こりは1通の葉書からだった。──

 「星矢…なにこれ…?」
瞬がひきつったような声で星矢に詰め寄る。
 「なにって…葉書だろ?」
瞬の剣幕に押されながら、星矢が逆に問う。
それでも抱えた稟子袋から手を離さないあたり立派である。
 「僕が言ってるのは内容!どうしてここに僕の名前があるのさっ!?」
よくよく見ると…確かに。普通、ここには無いはずである名前がある。
 「ええと…なになに『今回は御応募頂き有り難うございました。厳選なる審査の繕果
関東地区予選において見事1位となられました。つきましては、全国大会に出場の旨を
ここに…』あれえ、これこの前俺が出した葉書じゃんか。すげえな瞬、1位だって。」
 「どこが!何で僕が『美少女コンテスト』で賞をもらわなきゃならないのさっ!」
いつも以上に激しい瞬の反応に、たじたじになりながらも星矢は無理矢理笑顔を作って
言葉をつなぐ。
 「だってさ、1位の賞金50万はおいしい話じゃないか。推薦者も10万貴えるから
併せて60万になるし。なんてったって60万は大きいぜ。」
 「…で?」
 「だから…その…瞬なら確実かなあと…。」
ピシッ。瞬が手を置いていたテーブルがきしむような音をたてたかとおもうと、中央か
ら真っ二つに割れゆっくりと左右に倒れていった。
その間、瞬は微動だにしていない。
星矢はしぱらくぼう然と、足元に転がづたその元・テーブルを眺め、それから瞬に視線
を戻したとたん、思いっきり顔がひきつるのを感じた。
すでに、瞬の背後には小宇宙がオーラとなって陽炎のように立ちのぼっている。
さらにいつの間にか星矢を見張るかのように、瞬の分身とも言えるネビュラの鎖が半径
1メートルを残してびっしりと取り囲まれているではないか。
それでも、一生懸命小宇宙が攻撃的になるのを抑えようとしている瞬の姿が、いっそい
じらしいといえなくもない。
と、思いつつも──知らず知らずのうちに、星矢は座っている椅子の上で小さく身をす
くめてしまうのであった。



 「あら。いい話じゃない。」
高まりきった緊張感を一気に削ぐような声がする。
はっとして振り向くと、こざっぱりとした自いスーツの上下に身を包んだ我等が女神…
アテナ・渉織が悠然と笑みを浮かぺて立っていた。
 「あ、沙織さん。」
 「テラスからでごめんなさい。失礼するわね。」
 「いーえ。どーぞどぞ。」
助かった、といわんぱかりの声で星矢がそそくさと席を立ち、迎えにでる。
普段なら面倒くさがって絶対やらない事だ。
さっそく用意された新しいテーブルにつき、出された紅茶を優雅な手付きで口に運びな
がら沙織は言う。
 「さっきのお話面自そうじφない。お受けしてみたらどう?」
 「あ、抄織さんもそう思う!?」
強い味方を得てしめたと思ったのか、少々強気になった星矢が意気込んで言う。
 「ええ。こんなチャンスめったに無いと思うわ。」
瞬にとっては、たとえ一生に一度でも全くありがたくないチャンスではあるが、そんな
ささいなことは2人にはまったく気にならないようだった。
 「だろっだろっ!やっぱチャンスは生かさなきゃ意昧がないよな!」
 「ちょっと!星矢、お嬢さん!人事だと思って勝手な事言わないで下さい!」
どんどん彼らの間だけで盛り上がっていく話に、瞬がなんとか終止符をうとうとする。
 「あら、私他人事だなんて思ってなくてよ。」
紅茶で喉を潤しながら、沙織が静かに言う。
 「また今日は、いつポ臥上に派手に壊したようね…。」
ぎくり、と2人は肩を強張らせる。
 「毎回の事とばいえ…。家の修理代もバカに出来ないのよね…。」
一見論点が全く掛け離れた話をしているように闇こえるが、絶対これは2人を責めてい
るのである。
 「…何がおっしゃりたいのですか…?」
瞬がおそるおそる、といった風情で沙織に聞く。
 「あら判らないかしら?私の言う意味が。」
にっこり…と画家なり、写真家なりがこの場にいたら嬉し涙にくれてしまいそうな艶や
かな微笑みで沙織が問い返す。
瞬はと言えぱそこはそれ、その裏に隠れたアテナの本心をあっさり見抜き、解ってはい
ても彼女に軽い眩暈を感じてしまった。
 「つまり、僕にこの賞金を勝ち取れと…。」
 「ええ、そうね。とてもそれだけの頷じゃ足りないのは解り切った事だけれど、まあ
貴方たちの気持ちとしてその位はいただきたいわ。」
 「……はぁ……。」
言い返す言葉も見当たらず、ついに瞬が黙り込む。
星矢はと言えぱすでに会話を放棄し、どんぐり目で2人の会話の行く末を見守っている。
なんといっても星矢は壊した張本人であり、瞬はといえば、直接破壊に参加しなかった
とはいえ、その星矢達を止められなかったという負い目みたいなものを実は感じていた
りする。つまり…逆らえない!のであった。
 「でも、僕は男です!すぐにぱれます!」
 「そうかしら。」
 「…どういう意味ですか…?」
 「要は、ぱれなけれぱいいのよ。そうでしょ?」
 「そんな間題じゃないでしょーが!」
瞬が悲鳴のような声をあげる。
相手がアテナではどうも勝手が還うようだ。
 「あ、でも最近じゃミスター・レディーっていう女装した男が繕穣もてるんだぜ?」
横からちゃちゃを入れる星矢を、ものすごい目付きで、じろりと瞬が睨む。
星矢は慌てて口を両手で押さえ黙りこんだ。
 「そうね。いざとなったらその路線で売り出してもいいかもしれないわね…。」
軽く頼に人指し指をあて、考え深げに渉繊が言一つ。
 「じょ冗談でしょ?」
 「あら。私冗譲は好きじゃなくてよ。」
 「………。」
瞬は再び黙り込んだ。
だいたい居の前にいるこの少女に勝てる訳がないのである。
何といって紅、世界でも十指に数えられるほどの巨大な財閥と、あの黄金聖闘士達のい
る聖域を一手に掌握している強者である。
たとえ一見『立てぱ芍薬すわれぼ牡丹、歩く姿は百合の花』をほうふつとさせるような
容姿ではあったとしても、たかだか一介の青銅聖闘士ふぜいがかなう相手ではない。
瞬は大きく溜め息をつくと、アテナの横をすりぬけ外に出て、テラスに心地好い影を落
としている大きな木の根本に立ち、上を見上げて声を掛ける。
 「兄さん!そこにいるんでしょ?」
返事はない。依然として風にそよぐ木の葉のこすれあう音がさわさわとなるだけだ。
 「兄さんてぱっ!可愛い弟が困っているんだよっ!少しは助けようって気になって
もいいと思うんだけど。」
しぱらくの沈黙のあと、ぼそりと呟くような声が上から降ってくる。
 「…誰が可愛いんだ?」
 「あ、やっぱりいるんじゃないですか。1O数えるうちにおりてこないと、僕この木
砕いちゃうからね。」
 「……。」
木を『折る』とも『倒す』とも言わず、『砕く』と表現するあたり、瞬の本気が感じら
れる。このまま10秒を1秒でも越えたなら、間違いなくこの木はこなごなに…それも
原子レペルまで…砕け散ってしまうにちがいない。
 「数えますよお1.2.3.4…わっ!」
4まで数えたとたん、上から瞬めがけてぷあつい本が降ってくる。
慌ててその本を受け止めた瞬の前に、飛び降りた一輝が音もなく着地した。.
 「居留守便うなんてずるいよ。」
 「昼寝をしていた。」
暗に邪魔をするなと言っているのだが、瞬は一向に気にしていない。
 「僕たちの会話を聞きながら?器用ですね。」
 「……。」
普段はあまり表に出ることはないのだが、機嫌の悪い時の瞬はえらく毒舌になる。
一輝は軽い溜め息をついて瞬の頭を軽くこづくと、アテナの向かい側の椅子にどっかり
と腰掛ける。
 「あら、一輝お久し振りね。」
にこやかに謡し掛ける抄織に、一輝は不愛想に片手を上げただけの返事を返す。
その横から、濃いめのブラックコーヒーをなみなみと入れたマグカッブを、いそいそと
瞬が差し出す。
どんなに機嫌が悪かろうが、こと一輝に関してはまめに動くから不思議である。
「…一輝も反対すんのかよ…。」
むすっとした声で星矢が言う。
どうも話の展開からすると、自分のもとには一銭も入ってばこないようであるが、そこ
はそれ目分が提案した事に反対されるのはばっきり言って嬉しくない。
一輝は面倒臭そうにコーヒーをすすりながら答える。
 「いや。別に反対はせん。」
 「へえー。」
驚いた顔をして、星矢が目を丸くする。
瞬はと言えぱ、何か物言いた気な顔をしたが、一輝の顔を見ただけで黙ってしまった。
 「じゃ賛成なんだ。」
 「壌した物を弁償する、という点ではな。」
 「まどろっこしいなぁ!何か言いたいのだったら、はっきり言えぱいいだろ。」
唇を尖らせて星矢が抗議する。
 「星矢の言う通りね。一輝、何か思うところがあるのなら、はっきりしておいたほう
がいいと思うわ。」
沙織がテーブルの上で組んだ手に顎を乗せ、あいかわらず笑みを絶やさずに言う。
 「邸内の物を壊したのは瞬ではないだろう?」
 「そうね、どちらかというと…」
ちらりと星矢に視線を向ける。
向けられた当人は、なんのことかなあと言わんぱかりに、わざとらしく視線をあらぬ方
へ向ける。
 「ならぱ瞬が責任をおう必要はあるまい。」
 「正諭ね。でも講かさんは今回の件には責任があるんじゃないかしら?」
どうするのかな、と軽く小首を傾げて『誰かさん』を見遣るしぐさが、少女めいてひど
く可愛いらしい。
そう、彼女を知らなけれぱ。
きわめて渋そうな顔で、『誰かさん』一輝はコーヒーをぐいっと飲みほす。
大人気ないことをした、とは思っているようである。
 「兄さんの責任は、僕の責任です。だから…」
そこまできっぱり言ったのは立派だが、だんだん語尾がしぼんでいくのがどことなく物
悲しい。
 「だから?」
優しく、そう、とてつもなく優しく女神が先を促す。
 「だから…出ます。…これ…。」
テーブルの上の葉書を少し持ち上げて言う瞬の顔は、悲壮なまでの決意に満ちていた。
パチパチバチ…。
手袋をしているせいか少しくぐもった音ではあるが、拍手がおこる。
もちろん、アテナだ。
 「立派だわ、瞬。よかったわね、一輝。こんなにいい弟がいて。」
一輝は何も言わない。ただ黙って人差し指で、ずきずき痛む層閻を押さえる。
できることなら早々にこの場から立ち去りたかったが、そうもいかないだろう。
この少女相手ではどうも勝手が違うのは一輝も同じようだ。
 「で、星矢は何をしてくれるのかしら?」
 「へ?俺?」
いきなりふられた矛先に、慌てて星矢が聞き返す。
 「そう。星矢あなたのこと。まさか何もしないって訳ではないわよね?」
 「へっ?」
 「そう…ですよね。何も僕だけこんな思いしなくってもいい筈なんですよね。」
 「うっ!」
アテナの言葉を受けて、瞬が人の悪い笑みを浮かぺて言う。
心臓を止めんぱかりの2人の迫力に、星矢は無意識のうちに後ずさり、とうとう壁に
張り付いたままなついてしまう。
 「なっ!何だよっ!俺に何がさせたいんだよっ!」
声が上ずっているのは解っているが、どうにもならない。
 「解らない?星矢。まさか瞬にだけ責任をおわせるつもりはないんでしょ?」
 「うっ…そっそれは…そうだけど…。」
そう問われて星矢は口ごもる。
なにせ下手に同意しようものなら、何やらされるか解らないのである。
助けを求めようにも、目の前の二人以外は一輝しかいない。
その一輝もこちらの状況には全く無関心のようであった。
…つまり星矢ば俗に言う孤立無縁・四面楚歌の状態におかれていたのだ。
 「僕も星矢といっしょなら、心強いな。」
にっこりと微笑む瞬は何故か心底嬉しそうである。
 「ちょ、ちょっとまってくれよ!何の話か俺にも解るように説明しろよ!」
叫ぶ星矢の背中には、先程から悪寒が走り止まらない。
沙織はわざとらしく大きく瞳をひらいて言った。
 「まあ。まだ解らないかしら?ほんとおニブさんね。」
『おニブさん』の言葉に、ぐらぐらと体のカが根こそぎ抜かれていくような気がするが
ここでへたりこむ訳にはいかない。

──黄金聖闘士の拳より強烈だよな…。──

つくづくそう思うが、とても口にする勇気はない。
 「仕方がないわね。星矢にも解るように説明しましょうか?つまり星矢、あなた瞬と
一緒にこれに出なさいな。」
一瞬の沈黙。
 「ひょっと…して、俺も女装すんの?」
 「当たり前じゃない。だって美少女コンテストなんでしょう?男の格好のままでいく
訳にはいかないわよね。」
 「だっ!なっ!なんで蔵なんで俺が?」
焦りまくる星矢を尻目に、アテナは艶然と笑みを浮かぺて止めを差す。
 「あら。瞬一人に責任をおわせるつもりはないんでしょう?」
 「……。」
 「あ、それと折角だから当日は美穂さんと、絵梨衣さんも招待しましょうね。」
楽しくなるわあと無邪気に沙織がはしゃぐ。
 「自案自漫だ。せいぜいがんばれ。」
その横で、一.輝が足を大きく組んでテーブルに肘をつくと、にやりと口許を僅かに歪
めるようにして言い放つ。
 「いっしょにがんばろうね!」
口をぱくぱくと金魚のようにただ開閉する星矢の肩を、ぽんっと叩いて瞬が笑う。
星矢は絶句するしかなかった。





 「これだけ矛盾だらけの話なのに、少しも気が付かないなんて星矢ってよっぽど動揺
していたのかしら…?」
ひらひらと葉書を振りながら、アテナ・沙織はつぷやく。
すっかり口を開閉するだけの金魚になってしまった星矢を、瞬が夕食の当番の買い出し
に半ぱ無理矢理連れ出したあと、沙繊は一輝にさらりと言う。
 「この件は処理しておくわね。」
 「ああ。」
短く一輝が答える。沙織は、そんな一輝をちらりと隣を見やり言う。
 「なにか言いたそうね。」
どこか意地悪げな視線に、一輝はため息をひとつつく。
 「いいかげん、あのバカをからかうのはやめたほうがいいぞ。」
 「言ってくれるわね。なんでしたら本気で実行しても私は構わないのよ。」
組んだ指の上に軽く類を乗せ、可愛らしく小首を傾げながら沙織はこたえる。
 「星矢はさておき、瞬はメイクのしがいがあるわ。先程の話じゃないけど『美少女』
がダメなら『美少年』の路線でも充分通用するのよ。」
がたっと碕子を大きく軋ませて、一輝が立ち上がる。
テーブルの上の読みかけの本を手にとると、不愉快そうに沙織に言う。
 「あいつは見世物じゃない。」
 「解ってるわ。瞬も星矢も大切な私の聖闘士よ。もちろん一輝、あなたもね。」
そんな沙織の言葉に、ふん、と鼻で笑って一輝が部屋から立ち去ろうとする。
その背中を見送りながら、沙織は初めて溜め息をつく。
 「ほんと、素直じゃないんだから…。」
.瞬が『見世物』になることが嫌なのではなく、そうする事によって多くの人の目が瞬
に集まる事のほうが一輝には不満なのだと言うことを彼女は見抜いていた。
「まあ私は、いいストレス解消になったけど。」





 「ねえ、兄さん?」
瞬はソファに座っている一輝の後ろからぴょこっと顔を出す。
 「なんだ?」
 「うん…。」
言い出しにくそうにもじもじしながら瞬がたたずむ。
 「あのさ…僕ってそんなに女の子に見えるのかな?」
一輝は、口に含んだコーヒーをぐっと吹き出しかけたが必死に抑える。
ここで笑ってしまったら一生瞬は落ち込み続けるにちがいない。
はたから見れぱとるに足らない間題でも、本人にとっては一大事な話もけっこうあるも
のである。
 「気になるか?」
こくり、と瞬が頷く。
 「お前に勝てる奴が何処にいる。」
もちろん一輝の言う「勝てる」というのは容姿ではなく、聖闘士としての実力の話なの
だが、ずいぷんとまた論旨がずれている解答には違いない。
それでも正確に兄の言葉を理解した瞬が、嬉しそうににこにこと笑う。
 「じゃ兄さんも?」
 「俺はお前に勝ったと思った事など一度もない。」
瞬のにこにこが顔中に広がり、えへへと笑い声をこぼすと後ろからじゃれつくように
一輝の首にしがみついた。
その髪を片腕でくしゃくしゃに掻き回しながら、一輝はなんとか機嫌は直ったようだな
とひとりごちた。
なんだかんだ言っても、結局瞬に弱いのは他でもない兄である彼だったのだ。

──ああ、すぺて世はこともなし──

今日も世の中は平和でした……よね?


*END*


      
      
      
      
個人誌「すべて世はこともなし1」より再録。
ずいぶん前に書いた話なので、今読みかえせば色々とまだ文体が
未熟なところがあるなぁと思いつつ、じゃあ今はどうなんだよ!
とひとりツッコミしながらアップ。
笑みで相手を脅かす沙織お嬢と瞬が、結構気に入ってたり。


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