軽快なエンジン音とともに、ジープは野原を走っていく。
昨日までの荒れ果てた荒野と違い、行く手には緑があふれ、耳を澄ませば小鳥
のさえずりや川のせせらぎまでも聞こえてくる。
一見、のどかともいえるそんな光景とはうらはらに、車上の四人の表情は浮か
なかった。
いや、浮かないというより、はっきり言えば一種殺気だっていると言った方が
正解だろう。さらに細かくいえば、
    
 ひとりは腕を組んだまま眉間に深いしわを寄せ、
 ひとりは心配と困惑と動揺が入り交じった瞳を前方へ向け
 ひとりはイライラと煙草をまるで機関車のような勢いでふかしている。
    
その三人がちらちらと先程から視線を送る最後のひとりはといえば、にこにこ
と笑みを崩さずに運転を続けており、そこだけ奇妙にのほほんとした空気を漂
わせていた。
 「─────・・。」
 「ああ、解っている。」
ふと何かを思いついたように、運転者である八戒が助手席の三蔵に何かを話か
ける。それに対し、三蔵は短く返事をする。
何でもないそんな光景に、後部座席の二人は一瞬視線を合わせる。
が、悟浄はすぐに面白くなさそうにそっぽを向き、悟空は興味津々といった
表情で三蔵に尋ねる。
 「なあ、八戒今なんて言ったんだ?」
 「大した事じゃねえ。」
いかにも説明が面倒だと言わんばかりの表情で三蔵がそう言い捨てるが、
そんな台詞では納得できない悟空がなおも食い下がる。
 「なあってば、教えてくれよぉ。気になるじゃんか。」
 「…あと一時間ほどで次の町につく。そう言っただけだ。」
ひとつため息をつくと、三蔵は渋々そう答える。
どのみちこのままでは教えてやるまで食い下がるだろうことが解ったからだ。
 「ふーん、そっかぁ。」
納得した、という顔で悟空は一旦席に座り直すが、すぐに何かを思いついたの
か再び助手席へと身を乗り出すと、三蔵に言う。
 「だったらさ八戒に言ってよ。今日の夕飯俺八戒が作ったの食べたいって。」
 「自分で頼め。」
 「…頼めねぇもん。」
まるでしかられた子犬のようにしょぼんとする悟空に、さらに大きなため息を
ひとつつくと、三蔵は八戒に向かって口を開いた。
その口から出る言語は、今まで聞いたことのないものだった。
それに対し、八戒は運転に差し支えない程度にちらりと悟空に視線を向けると
了解したと言うようににこりと微笑む。
それが余程嬉しかったのか、もしも尻尾があったら振りちぎれそうな勢いで
悟空も笑い返す。
 「・・・・・。」
その視線をさらに隣の悟浄に走らせると、八戒が何か話しかける。
が、彼の口から出た言葉もまた理解できない異国のものだった。
 「…何て言ったんだ?」
少しの逡巡のあと、悟浄は渋々といった顔つきで三蔵に尋ねると、意外にも
あっさりと三蔵は答えた。
 「てめえが煙草の吸いすぎだとよ。」
 「…あっそ。」
がくりと肩を落としながら、悟浄は煙草をもみ消した。
    
    
    
ことの起こりは昨夜のことだった。
まるで日課のようになってしまった妖怪たちの襲撃をうけ、既に段取りが
決まってしまった感のある四人は、それぞれ適当な人数を見繕ってお相手を
する事になった。
いつものように難なくお片づけが終わりかけた頃、八戒と対峙していた妖怪の
最後のひとりが突然風船のように勢いよくふくらんだかと思うと、そのまま
バチン!と弾けた。
とたん、辺り一面が黄色い粉で充満する。
あまりにも突然で予測不可能な行動に、さすがの八戒も対処することができず
にそのままその粉を吸ってしまい、せき込んでしまう。
 「八戒!」
慌てた悟浄と悟空が駆け寄ろうとするが、八戒は視線でそれを制すると、
手のひらに気を集め、前方の地面に向かって投げつけた。
とたん轟音とともに爆風が巻き起こり、一瞬にして彼を取り巻くその黄色い粉
を吹き飛ばした。
 「大丈夫か?」
悟浄は、膝を突いたまま気持ち悪そうに喉をしきりに擦る八戒に手を貸し、
起きあがらせながら心配そうに尋ねる。
同じような顔つきで自分を見つめる二対の瞳に、八戒は大丈夫だというように
にこりと笑顔を向け、口を開いた。
 「・・・・・。」
 「は?」
何が起こったのか一瞬理解できなかった悟浄は、思わず反射的に聞き返してし
まう。当の本人も、そんな彼の表情に軽く首を傾けると、もう一度口を開く。
 「…・・・・?」
 「へ?」
自分でも間抜けだと思える表情と声で、悟浄は再び同じ反応を返してしまう。
自分の頭がどうにかなってしまったのだろうか?
確かに八戒の口からは、何か言葉のようなものが発せられているというのに、
全く理解できない。
 「あのぅ、八戒さん?」
 「・……・?」
一瞬、八戒がふざけているのかと思ったが、そういう方法をとるような相手で
はない。現に彼自身も、どこか困惑したような表情で悟浄を見返す。
 「えーっと…つまり…。」
 「…なぁ、八戒。俺何言ってるのか解らないんだけど…。」
いつの間にか隣にきていた悟空が、戸惑いをあらわにそう尋ねる。
ということは、つまり自分の耳がおかしくなった訳ではなく…。
 「・・・・。」
 「何をやっている。」
いつまで経っても、ジープのところへ戻ってこない三人に焦れてか、三蔵が
現れ不機嫌そうに言う。
 「あ、三蔵!八戒がなんか変なんだ。」
慌てて悟空がそう言うと、八戒も困ったような顔で三蔵に向かって何か言う。
三蔵は一瞬、眉をぴくりとしかめたが、少し何かを考えるかのように視線を
さまよわせた後、口を開いた。
 「え?さ、三蔵?」
 「なんだよ、いったい何なんだ?」
三蔵の口から零れる言葉は、またもや二人が今まで耳にした事のないものだ。
すわ三蔵もか!?と一瞬二人はパニックを起こしかけるが、対照的に八戒はと
いえば、ほっとしたような顔つきで三蔵と言葉を交わしている。
安堵と当惑の入り乱れる中、三蔵は軽く額に手を当て頭痛をこらえるような
仕草をする。
 「さ、三蔵?」
 「おまえ、八戒が何言ってるのか解るのか?」
悟空と悟浄の問い掛けに、ふう、とため息をつきつつ懐から取り出した煙草を
くわえると、三蔵が短く答える。
 「ああ。」
 「何がどうしてどうなったんだ?」
悟浄は焦りをこらえつつ、三蔵に問いただす。
三蔵は火を付けた煙草を大きく吸い込むと、吐き出すようにして答える。
 「おまえらに解らなくて当然だ。こいつが今喋ってるのは真言だからな。」
 「た、タントラだぁ?」
予想外どころの騒ぎではない三蔵の台詞に、残るふたりはただただ絶句した。
    
    
    
簡単に今の状況をまとめると、今の八戒には通常自分たちが使っている言語が
喋れないし理解も出来ない、という事だ。
原因は例の妖怪が出した黄色い粉を吸ったため。それははっきりしている。
しかし、肝心のどうすれば治るか、いつ治るのかがさっぱり解らない。
どのみち、ここでとやかく言っても仕方がない、とにかくどこか最寄りの町で
医者にかかるしか対処方法はないという、ごく一般的な結論に達しのだ。
そういう状況で、近くの街へと急遽向かうことになった彼らの間の空気は、
天候と反比例するかのように急降下していった。
 「…で、どうなんだ?」
 「何が。」
 「ボケんな。いつ治るかって聞いてるんだ。」
 「俺が知るか。」
 「なんだとぉ…。」
イライラが極限にきた悟浄がくってかかろうとするが、その雰囲気をいち早く
察した八戒がブレーキをかけジープを止める。
 「・・ゴジョウ、サンゾウ。」
言葉は理解できないが、雰囲気で何を言っているのか察しているのだろう。
困ったような顔で二人の名を呼ぶと、三蔵はふんと短く鼻を鳴らし、悟浄は体
の力を抜くようにして座り直す。
とりあえず落ち着いたのを確認して、八戒は再びジープを発進させる。
名前は決まった音の組み合わせで出来ているせいか、多少発音は違ったが
互いに理解する事ができた。
いや、逆に言えばそれしか言葉での疎通が出来ないという事でもある。
おかげで例の出来事から丸半日、八戒は三蔵とばかり話をしている。
唯一言葉が通じるのが三蔵しかいないのだから、仕方がないといえばそうなの
だが、それでもやはり悟浄にとっては苛立ちの材料にしかならない。
悟浄は八つ当たりするかのように煙草を吸おうとしたが、最後の一本だという
事に気付いて慎重に口にくわえる。
    
  ──…くそ面白くもねぇ。──
    
風にながれる紫煙を目で追いながら、悟浄は心の中でつぶやいた。
    
    
   


という訳でリレー1回目は結花でした。
LUNAさんのサイトでキリリクゲットした私が「リレー小説やりたい!」
とリクエストしたところ、快くノってくださいました。
LUNAさん、ありがと〜!ヽ(^。^)ノ
ざっとおおまかな設定だけして、あとはモロにぶっつけ本番!な状態での
リレーだったので、次にどう書いてくれるかすごく楽しみでした。
というわけで二番手はLUNAさんです!れっつご〜!
   
【NEXT】