「治るんだよな?!なぁ、八戒っ、治るよな?!」 「静かにしろ、ばか猿。話ができねぇだろうがっ」 今にも食いつかんばかりの勢いで医者に詰め寄る悟空にハリセンを見舞いながら 三蔵が唸る。 街につくなり医者の元へ直行した彼らであるが、肝心の医者の反応は鈍かった。 わずか数時間で、なけなしの忍耐力を使いきった悟浄と悟空が、今すぐに八戒を治せと 言わんばかりに凶悪な視線で医者を見つめている。 「で、どうなんだ?」 問いかける三蔵に医者が躊躇いがちに言葉を紡ぐ。 「いえ、あの…はっきりとは言えませんが、多分、その吸い込んだ粉の効力が 切れたら元に戻ると…」 「ンなこたわぁってんだよ。いつ、元に戻るかって聞いてんの」 悟浄の形相の凄まじさにか、殺気立つ気配にか、顔を引き攣らせた医者が困ったように 視線を泳がせる。 「そ、そうですねぇ…だいたい、3、4日くらいだと思うんですけど… なにしろ前例がないもので…」 医者の言葉に、3人はとりあえず安堵し、同時にそんなにも長い間、八戒と会話が成り 立たないのかと頭を抱えたのだった。 なぜなら八戒の言葉がわかるのは、傲岸不遜の鬼畜生臭坊主である三蔵しかいないのである。 「勘弁してくれ…」 悟浄はうんざりと天を仰ぎ、三蔵はこめかみを抑えて俯いた。 「・・───・・」 にっこり笑って三蔵に話し掛ける八戒に胡乱な眼差しを投げて、悟浄は大きく溜息をついた。 「・・─────────・・」 「何?何?三蔵?八戒は何て言ったんだ?」 八戒に答える三蔵の法衣の袖をひいて悟空が尋ねる。 「診察結果を教えろというから説明しただけだ」 「そっか。八戒に直に元に戻れそうで良かったなって伝えて」 「・・─────・・」 八戒は悟空を見てにっこりと微笑んだ。 医者を出て宿を探して歩きながら八戒が、三蔵に何やら話し掛けた。 「・・───────────────・・」 「・・───・・」 「・・────────────・・」 「なぁ、さんぞ、何の話?」 「宿を決めたら、今日は休みたいそうだ」 「・・───────────────・・」 「ジープが疲れているから出発は明後日にしてくれ」 三蔵が疲れたように吐き捨てる。 わずかに遅れて歩きながら、悟浄は鋭く舌打ちし、その紅蓮の炎のごとき瞳で焼き尽く そうとでもするかのようにきつく三蔵の背中を睨んでいた。 面白くねぇ… 仲良く会話する八戒と三蔵に、悟浄の機嫌は地につく寸前まで落ちている。 だが、悟浄の苛立ちなど気付かぬように、八戒は、悟浄の目の前で、悟浄ではなく三蔵 へと話し掛けるのだ。 「・・───────────ゴジョウ、ゴクウ───────・・サンゾウ?」 「え?なぁに?三蔵?今、八戒、俺のコト呼んだ?」 悟空は八戒の側をうろうろしながら、三蔵に尋ねる。すっかり通訳にされてしまった 三蔵は不機嫌も露にこめかみを抑えた。 それでも通訳してやらねば、悟空は纏わりつくだろうことがわかっているので、仕方な しに言葉を紡ぐ。 「明日は買物に行くから悟浄と悟空は荷物持ちに、 俺には通訳について来い…だとよ」 「・・─────────・・」 「・・───・・」 「さんぞぉ…」 「宿を取ってきてくれと言ってるんだ。八戒じゃ言葉が通じねぇだろ」 ああそうかと悟空は納得し、八戒はにっこりと宿の方へと歩き出す三蔵を見つめている。 悟浄はどんよりと黒雲を背負い込んで、無言で八戒と悟空を見つめていた。 視線に気付いた八戒が振り返る。 「ゴジョウ?」 唯一、通じる固有名詞の発音───名前を呼ぶイントネーションから、八戒が悟浄の 不機嫌を訝しんでいるのがうかがえる。 チッ…わかってんだよ、俺だって… 悟浄は小さく舌打ちしてがりがりと髪をかきまわした。 「ゴジョウ、・・───・・」 八戒に話し掛けられても、悟浄には自分の名前しか聞きとれない。 悟浄は自嘲めいた笑みを浮かべると肩を竦めてみせた。 「ンでもねぇよ。気にすんな…」 「ゴジョウ…」 八戒の眉尻が僅かに下がり、困惑気味の笑い顔になる。 言語中枢が妖怪の粉にやられて真言しか話せなくなってしまっている今の八戒にも、 悟浄の言葉は理解できないのだと気付いて、悟浄は苦く笑った。 「2部屋だけ取れたぞ」 そこへ三蔵が戻ってきた。 「部屋割りは俺と八戒、悟浄と悟空だ」 溜息混じりに告げる三蔵に、悟浄が思い切り剣呑な目つきで反論する。 「ちょっと待てよ。どうしてそうなるんだ?」 「貴様じゃ言葉が通じねぇだろ」 げんなりと吐き出した三蔵に、悟浄は器用に片眉だけを跳ね上げて見せた。 「ざけんなよ、三蔵。俺たちは言葉なんざ通じてなくても、気持ちが通じ合ってる からイイんだよ。部屋割りはいつもどおり、俺と八戒だ」 「ふざけてんのはどっちだ。真言がわからねぇで意志の疎通ができるか」 「んじゃ、八戒と意志が通じてればイイのか?」 「フン。この短時間で真言がわかるようになったとでも言うつもりか?」 視線だけで相手を射殺さんばかりの凶悪な紫暗の瞳に睨まれて、悟浄はニヤッと口端を 吊り上げた。 「うんにゃ。ケド、意志の疎通くらいはできるぜ?」 怪訝な顔をする三蔵に、悟浄は悪巧みを思いついた子供の顔で笑った。 そして悟浄は八戒の頭をくしゃりと撫でて、ご機嫌な調子で呼びかけたのだ。 「は〜っかいっ♪」 楽しげに悟浄に名を呼ばれた八戒が、きょとんと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で 目を瞠る。 「やっぱ八戒は、悟浄さんと同じ部屋がいいよな?」 言いながら悟浄は片目を瞑ってみせると八戒の腰に腕を回し、もう片方の手で、くいっ と宿を示した。 ふっと八戒が柔らかく微笑んで、宿の方へと足を向ける。 悟浄は抱き寄せた八戒の頬に可愛らしく音を立ててキスし、それを八戒は怒るどころか クスクスと声をたてて笑っている。 そのまま二人で歩き出しながら、悟浄が思い出したように振り返った。 「あ、そうそう、三蔵、俺たちの部屋の鍵は?」 「この…エロ河童…」 呆れたと言わんばかりの顔で三蔵は悟浄に部屋の鍵を力いっぱい投げつけた。 事も無げにそれを受け止めて、悟浄は人の悪い笑みで後ろ手に手を振る。 「んじゃ〜な」 公衆の面前で堂々と抱き合い歩く二人を、三蔵は他人のフリで、悟空はただ呆然と見送った。 「…なんで?なぁ三蔵…なんで八戒、悟浄の言うことわかったんだ? 元に戻ったのか?」 驚きのあまり言葉も忘れて二人の様子を見ていた悟空だが、はっと気付いて、期待を込 めて三蔵を見上げてくる。 「いくら何でも、まだ、戻っちゃいねぇだろ…」 「え?じゃあなんで八戒、悟浄の言っていることがわかったんだ? なぁ三蔵、なんで?」 「煩ぇっ!んなこと、俺が知るか」 さすがの三蔵も悟空に彼らの関係を説明するのは憚られ、言葉にできない苛立ちから 振り下ろされたハリセンが、悟空の頭をものの見事に張り飛ばし、乾いた音を響かせた。 「なんなんだよぉ…もう、悟浄も三蔵もずりいぃ… 俺だけ、言葉が通じないなんて嫌だよぉ」 ずかずかと宿に入っていく三蔵の後姿に、悟空は泣きそうな顔で愚痴った。 「八戒…早く元に戻ってよぉ…」 |
リレー2回目はLUNAさんでした。 いやぁ、可哀想な三蔵。(笑) 被害者決定。 私とLUNAさんが何かすると、必ず犠牲者が彼になってしまうんですよね。 だって少々苛めても、跳ね返してくれそうだから、安心して… ってそれはきっと後からくっつけた理由ね。(^^;) さて、三回目は私の番です。 |