結局、宿へ戻ってきたのは今や朝日が昇ろうとしている頃で、部屋に戻るなり三蔵は
 「俺は寝る。起こした奴は殺す。」
と宣言するなり閉じこもってしまった。
 「…という事は、出発は明日って事でしょうか。」
 「だろうぜ、きっと。」
宿の廊下にたたずんだまま、その後ろ姿を見送った八戒が呟くように言うと、隣にいる
悟浄が同意する。
 「俺、腹へったぁ〜!」
情けない声を上げながら、悟空がその場にへたり込む。
ぐうぐうと派手に音を鳴らして抗議するお腹が、持ち主以上に自己主張している。
そんな悟空の姿に、八戒が苦笑しながら言う。
 「僕もお腹が空きましたし、みんなで食事にでも行きますか。」
 「行こう行こう!」
 「いいねぇ。ひと仕事した後の一杯って旨いんだよなぁ。」
八戒の言葉に悟空が飛び起き、両手をあげて喜べば、悟浄もにやりと笑ってくいっと
酒をあおるような手つきをする。
 「朝から飲むつもりなんですか?」
 「いいじゃん。俺のエネルギー源なんだし。」
呆れたような声で八戒が言えば、悟浄は平然とそう応える。
 「しょうがない人ですね。」
そう言ってくすくすと笑う八戒の笑顔がとてもきれいで、つい悟浄は見とれてしまう。
朝日の中に立つその姿は、今まで見たどんな景色よりも自分を捕らえて離さない。
瞬きする事さえ惜しくなるような感覚に任せ、ついじっと見つめてしまえば、八戒が
訝しげに小首を傾げて視線を向ける。
両の翡翠が、光の中で澄んだ湖水のような深い色を放つ。
このきれいな生き物が自分のものだと思えば、それは深い感動と満足感となって全身に
波のように広がっていく。
 「悟浄?」
名を呼ばれて、悟浄がふ、と肉食獣に似た野性的な笑みを浮かべてみせると、八戒の
目許がほのかに桜色に色づく。
そして、悟浄からわざと視線を外すようにして悟空に向き直ると言う。
 「悟空、先に行って席をとっておいてくれませんか?」
 「うん。いいけど…八戒は?」
二人の視線のやりとりなど気付かない悟空が、八戒の頼みに素直に頷く。
八戒はにこりと笑うと、疑問に応える先生のような口調で言う。
 「僕は三蔵からカード借りてきますね。あれがないとご飯食べられませんから。」
 「解った!」
八戒の言葉に納得した悟空は、急いで階下の食堂へと下りていった。
 「子犬ちゃんの頭の中は、もう餌の事でいっぱいかい。」
ほんとシンプルでうらやましいねぇ、と悟浄が茶化せば、八戒が小首を傾げる。
 「子犬って、悟空の事ですか?」
 「ほかにいないだろう。」
 「うーん、どうコメントすべきなんでしょうねぇ。」
その反応だけで、八戒が悟浄の台詞を肯定しているのも同然なのだが、そんなことは
悟浄にとってはどうでもいい事だった。
 「ところで八戒。」
 「はい?」
 「こんなところで二人きりになって、何がしたいのかな?」
とん、と八戒の顔の横の壁に手をつくと、軽く覗き込むようにして悟浄が尋ねる。
口許には面白がっているような笑みを浮かべて。
もっともな理由を付けて、八戒がさりげなく悟空をこの場から去らせた事に、悟浄は
気付いていた。
 「言葉にしないと…解りませんか?」
 「ん〜?せっかくだし、八戒さんの美声を聞きたいと思うんですけど。」
自分の意図するところを正確に解っているくせに、わざとそうやって尋ねてくる悟浄に
八戒が挑戦的な口調で言い返せば、いかがなもんでしょ?と伺うように悟浄が笑う。
窓から差し込む朝日が、悟浄の持つ紅をより一層鮮やかに彩る。
燃えるような深紅の瞳にそうやって見つめられると、つまらない意地を張る時間さえ
惜しくなってくる。
にっこりと微笑むと、八戒は左手を悟浄の頬に滑らせるようにしてその髪に触れる。
一瞬、火傷しそうな錯覚に襲われるが、ひんやりとした感触だけが伝わってくる。
さらさらと絹のような手触りが心地よくて指先で梳くようにして楽しむと、そっとその
髪を一房手に取る。
そしてゆっくりとその髪に口づけすると、上目遣いに見上げて囁くように言う。
 「では僕の声と唇、どっちがお好みですか?」
 「ん〜、どっちも。」
とりあえずまずはこっちから、と悟浄はその甘やかな唇に己のそれをそっと重ねた。
  
  
*END*
    
    
   


アンカー走者は結花でした。
いやぁ「幸せそうでいいわねぇあんたら」って感じです。
ここまでいちゃいちゃラブラブな話を書いたのは、実は
私初めてだったのでした。
いやぁ、書こうと思ったら書けるもんなんだね。
ちょっとびっくり。(^^;)
しかし、書けば書くほど、だんだんこっちの気分がやさぐれる
のは何故なんでしょう?
なんとなく三蔵様のお気持ちが解ってしまったりして。
  
ところで、真言で日常会話ができるかどうか、というツッコミ
はしないよ〜に。
だってフランス語やドイツ悟っていうのも何だか妙な気がした
もんで。「ボンジュール!」とかいう三蔵って怖くないです?
   
とにもかくにも、ノってくれたLUNAさんに感謝、感謝!
いやぁ、リレー小説って楽しいわぁ。
くせになりそう。(笑)
     
ちなみに、このリレー小説はLUNAさんのとこでももちろんアップ
されております。
飾り付けでずいぶん雰囲気が変わると思うので、ぜひ見比べてみて
くださいませ。(^.^)
   
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