倒れ込むようにして眠りについた三蔵たちとは少し離れた別室で、悟浄はぼんやりと ビールを口に運んでいた。 風呂上がりのまだ湿った髪を鬱陶しそうに後ろでひとまとめにしていると、風呂場から 八戒とジープが出てきた。 「ピッ。」 「・・───・・。」 久しぶりに体を洗ってもらって気持ち良かったのか、機嫌よさそうな声で一声鳴くと、 ジープが身震いして体に残った細かい水滴を払い落とす。 くすくすと笑いながら、八戒はジープをタオルで包み込むと優しくふき取る。 「・・───。」 「ピュイ。」 八戒が何か話しかけると、ジープはそれに応えるように鳴く。 ──こいつも八戒と会話できるくちってか?── そんな一匹と一人の交流を見るともなしに見ていた悟浄が、思わずそう心の中で毒づき 同時にペットであるジープにまで嫉妬してしまう自分が情けなくなる。 「八戒。」 ゆっくりと発音するようにして名前を呼べば、八戒が振り返り小さく微笑む。 ちょいちょいと悟浄が無言で人さし指だけで手招きすれば、笑みを苦笑に変えながら 八戒は素直にベッドサイドに腰掛けたままの悟浄の側へ歩み寄る。 その腰を悟浄はふいに掴むと、くるりと反転させながら自分の腕の中へと抱き込んだ。 「ゴ、ゴジョウ?」 「ん〜。」 いきなりの事に状況が把握できず、ただ目をしばたかせながら背後の悟浄を振り返ろう とするが、逃げられると勘違いした悟浄がさらに腕に力を入れたため、身動きがとれな くなってしまう。 「ゴジョウ。」 まるで子供のようなそんな仕草がおかしくて、小さく吹きだしてしまう。 そして体の力を抜いて悟浄の胸に自分の背中をもたせかけ、柔らかい声でそっと名前を 呼ぶと安心したのか拘束している腕が少し緩む。 「八戒。」 素直に自分の腕の中に体を預けてくれるその温もりが愛しくて、悟浄が優しく抱き締め れば、うなじから微かに石鹸の香りがしてくる。 その香りに引き寄せられるようにしてうなじに唇を近づけ、ちゅ、と音を立てる。 くすぐったそうに身をよじる八戒の仕草が楽しくて、髪、耳の後ろ、襟首、肩口と いった目に見える場所全てに音高くキスを降らせる。 そんな子供のようなキスは、今日一日の買い物でささくれだった八戒の神経を優しく 解きほぐしていく。 あれほどイライラしていたのに、悟浄がこうやって抱き締めてくれるだけで落ち着く 自分が不思議だと思う。 背中から伝わる悟浄の温もりが愛しくてたまらない。 「ゴジョウ…。」 「ん?」 甘えるような声で名を呼べば、悟浄が自分の肩に顎を載せ、顔をのぞき込んでくる。 「なに?八戒。」 わざと低めの声で囁くように耳元で名を呼べば、八戒の目元がうっすらと紅を差した ように色づく。 素直すぎる反応に、くっくと喉の奥で笑いながらその頬にわざと大きな音を立ててキス をすれば、さらに赤く色づく。 そんな恥じらうような顔が見たくて、悟浄が背後からその顎にそっと手を当て上向か せると、潤んだ色の翡翠が自分を捕らえる。 「…。」 身を捩って八戒が悟浄と向き合う形になると、お返しとばかりに八戒が悟浄の瞼や額、 そして傷のある頬へとキスをしていく。 肌を合わせる時とはまた違う、くすぐったいような、奇妙にふわふわと甘い心地よさに 照れたような顔で悟浄が笑う。 妙に少年めいたそんな笑みにつられて、八戒もまたくすくすと笑う。 互いが互いに、触れるだけの甘いキスの雨を送り、やがてその唇と唇が今にも合わさろ うかとした瞬間…。 悟浄はうんざりと言った顔で天井をにらみつけ、八戒は深いため息とともにその肩口へ 額を当ててしまう。 むき出しの殺意をもった妖怪の集団の気配を感じたからだ。 宿を壊されたら、今夜の寝床に困る。 この辺りの気候は温暖とはいえ、明け方はやはり冷え込む。 寒さに震えながら眠るなんて、ごめんこうむりたい。 さっさと片づけるべく窓から二人外へと飛び出すと、なるべく宿から遠くへ引き離す ように走り出す。 「ぶっ殺す…。」 せっかくイイ感じで甘い雰囲気にひたっていたのに、無粋きわまりないこんな邪魔を されて、悟浄は怒髪天な状態だった。 苛々と乱暴に自分の髪をかき回すと、片手でポケットから煙草を取り出す。 「ゴジョウ。」 「ん?」 名を呼ばれて振り返った悟浄の唇に、かすめるように八戒がキスをする。 悪戯めいた八戒の視線に、悟浄がにやりと男臭い笑みで応える。 「…さっさと片づけるか。」 鎮静のための煙草はもういらない。 取り出しかけた煙草を悟浄は再びポケットへ押し込む。 とっととお邪魔ムシは片づけて、今度こそ…とばかりに二人は走り出した。 「…ちっ。」 悟浄と八戒が外へと飛び出す僅か前、同じく殺意に目を覚ました三蔵は、忌々しげに 短く舌を鳴らす。 「殺す…ぜってえ皆殺しにしてやる…。」 月の光をバックに、ぼそりとそう呟きながらゆらりと起き上がる姿は、最高僧という よりむしろ殺人鬼のようだ。 だいたい低血圧でただでさえ寝起きが悪いというのに、連日の例の騒動で精神面で 多大なる消費を強いられている。 今や三蔵の機嫌は、どん底をつきやぶって新記録を達成し続けていた。 ゆらゆらと怒りのオーラを漂わせながら部屋を出ていく三蔵を、反対側の壁にある ベッドの上で息を潜めて見つめる悟空がいた。 「こええ…。」 ぽつりそう呟くと、慌てて悟空もその後を追った。 ぞろぞろとこれでもかというように湧き出てくる妖怪たちを、射殺さんばかりに睨み 付けながら、三蔵は懐から愛用の銃を取り出した。 そもそもこんな腹立たしい状況においやってくれたのは、玉面公主が送りつけたこの 雑魚どものせいだ。 毎日毎日、夜中だろうが明け方だろうがところかまわず沸いて出てくる。 三蔵の中でふつふつと怒りがマグマのようにたぎっていく。 だいたい殺されるしか能がないというのに、生意気にもこんな場所で自分たちを足止め し、その上ストレスの素を作ってくれるとは身の程を知らないにも限度がある。 「殺す。何が何でも殺す。」 これ以上ないくらい低い声でそう呟くなり、三蔵は手の中でチャキという軽い音ととも に銃の安全装置を外す。 そしてまるで射的のゲームでもしているかのように、妖怪の頭を次々と片端から打ち 抜いていく。 「お〜こわ。」 鬱憤晴らしというか、八つ当たりそのままといった三蔵の鬼気迫る空気に、悟浄は大げ さに肩をすくめて怯えてみせる。 「八戒…大丈夫?」 「──・・──。」 いつもなら、喜んで雑魚どもの掃除にとりかかる悟空が、珍しく八戒の隣で心配そうに 見上げている。 不自由なのは言葉だけで、特に身体的にはダメージはないのだが、それでも気遣って くれる悟空に八戒はにっこりと微笑む。 そして向かってきた妖怪のひとりに視線すらも向けずに気孔弾をぶつけて倒すと、 八戒は敵の集団に指を向ける。 「解った!」 彼が言わんとしている事が解ったのが嬉しいのか、悟空が満面の笑みとともにその群に 向かって突進しながら如意棒を具現化する。 そんな光景を半ば呆れたように見ていた悟浄が、ぽつりと呟く。 「フリスビー犬決定だな、ありゃ。」 そうこうする間にも、三蔵と悟空は次々と敵を排除していく。 みるみるうちに立っている獲物が少なくなっていくの気付いた悟浄が慌てる。 「おい、俺の取り分残しとけよ!」 「ふん。」 錫杖を具現化しながら悟浄がそう声を上げると、相変わらず不機嫌そうな三蔵が鼻を 鳴らすだけで銃を撃つ手をゆるめようとはしない。 悟浄とて、先ほどのイイ雰囲気をぶちこわしにしてくれた礼は返したい。 まして、八戒の件でいいかげんストレスもたまっていた。 ここはひとつ、軽く運動して発散させたかった。 キン、という金属音と共に、放った錫杖の刃が敵を裂いていく。 いつになくやる気満々な三人にまかせて、のんびりと自分に向かってくる敵だけを排除 していた八戒が、ふと妖怪の集団の中に視線を走らせると、三蔵に声をかける。 「サンゾウ!・・──!」 その内容を聞いた三蔵は悟浄と悟空に言う。 「おい、右から三番目の茶色い服の男、殺さずに捕まえろ。」 「なに?なんで?」 如意棒を一閃して複数の妖怪をなぎ倒した悟空が尋ね返すと、二度の発砲で二人の頭 に風穴を開けた三蔵がさらに言う。 「元凶の手がかりだ。」 あまりにも端的すぎる説明に、悟空は頭の上にでかい疑問符を浮かべたが、一方の悟浄 はそれだけで全てを理解した。 「俺が捕まえる。」 悟浄はそう言うと、錫杖を握り直した。 それから五分も経たないうちに、捕まえたひとりを除いてそこは死体の山となった。 そしてその最後の生き残りはといえば、悟浄の錫杖の鎖でぐるぐる巻きにされたまま 身動きがとれずにミノムシのように地面に転がっていた。 「・──・。」 「どうだ?」 じっとその妖怪を観察していた八戒が顔を上げ三蔵に何か告げると、悟浄がすぐにその 結果を尋ねる。 「…間違いないらしい。」 「へえ。」 そんなやりとりを見ていた妖怪が、すぐに一行の事情を察知しあざ笑う。 「なんでえ、俺の一族の毒にやられたって訳か。へへっざまあねえなぁ。」 その物言いにむかっときた悟空が、妖怪の腹を蹴り上げる。 今殺す訳にはいかないので悟空なりに充分力は加減していたのだが、それでもぐへえと 無様なうめき声とともに妖怪が身をよじる。 「その口ぶりだと、解毒薬はあるようだな。」 「だったらどうした。」 三蔵が確認するようにそう言えば、切り札を持ったつもりなのかにやにやと笑いながら 横柄な態度で妖怪が応える。 ぴくん、と三蔵の額に三叉路がひとつ浮かび上がってくる。 「薬が欲しけりゃ、土下座でもして頼んでみろよ。」 げへげへと妖怪が笑えば、さらに三叉路が連続でふたつ現れる。 「……。」 ガウン、ガウン! 無言で男の耳のすぐ真横と、喉元を掠めるようにして銃弾を打ち込めば、たちまち男の 顔色が青くなりわめき散らしはじめる。 「俺を殺すか?殺してみろよ。解毒薬もなくなっちまうぞぉ!」 「んじゃぁ、ちょっとゲームでもしましょ〜か。」 場違いにのんびりした声で悟浄が言いながら、妖怪の前にしゃがみ込む。 「ゲームだと?」 「そ、ゲーム。まぁ耐久ゲームってトコかな?」 ふいに悟浄がナイフを男の目の前につきだすと、そのナイフをぽんぽんと右手から左手 へとキャッチボールのように投げる。 「今からまず右耳を落とす。それから左耳。その次は…鼻あたりでどう?」 「そんな脅し…。」 まるで世間話でもするような口調に、反射的にそう言おうとした男は、悟浄の目を見て そのまま凍りついたように黙り込む。 悟浄が完全に本気だと理解してしまったからだ。 ゆっくりと手にしたナイフを悟浄が男の鼻の下に当てると、ひやりと金属特有の冷たさ が男の心臓まで伝わってくる。 「それがイヤなら、出すもん出せ。でないと5ミリ間隔で刻んでやる。」 悟浄は凄惨な笑みを口元に浮かべてにやりと笑う。 今にも己の鼻をそぎ落としそうな様子に、男はガタガタと小刻みに震え出す。 「・・──・。」 そんなやりとりを見ていた八戒が、静かに悟浄の隣へと移動する。 会話は解らないが、状況で彼らが何をしようとしているのか判断できたからだ。 にっこりと笑って八戒は、右手を男の前に広げてみせる。 早く出せ、という事らしい。 そんな笑みに、妖怪はさらに震えがひどくなる。 きれいな微笑みの裏に潜む、凄まじい怒りの妖気に圧倒されたのだ。 その妖気は、三蔵の銃よりも悟浄のナイフよりも、男の心臓をわし掴みにする。 一生のうちで一度味わうか味わえないかという真の恐怖に、男の全身は冷や汗で びっしょり濡れていた。 「ほらこいつの怒りが爆発しないうちに出した出した。俺より怖いぜ?八戒は。」 「うん、マジ怖ェえもんな。」 茶化すように悟浄がそういえば、しみじみと背後の悟空が頷いた。 数分ももたずに男が差し出した小瓶を、八戒が手の上で転がしながら見つめる。 そしておもむろに小瓶の蓋を明けて中を見ると、そこにはどろりとした黄色い液体が 入っている。 「うわあ、それ飲むの?」 悟空が八戒の手の中を見て、露骨に嫌そうな顔をする。 食べ物関係に関しては、好き嫌いというものが存在しない悟空も、さすがにその異臭を 放つ液体を飲む気にはなれないようだ。 「・・──?」 「とっとと飲め。」 苦笑を浮かべて八戒が三蔵に対して何か言えば、ばっさりと三蔵がそう言い捨てる。 恐らくどうしても飲まなければいけないのか、とでも尋ねたのだろう。 八戒は小さくため息をつくと、少しの逡巡のあとその中身を一気に飲み干す。 三人が息を飲んで見守る中、八戒は顔をしかめて口を開く。 「これ以上ないくらいにまずいですね、これ。」 「おまえなぁ…。」 久しぶりに聞く第一声がこれかい。 甘い展開を期待していた訳ではないが、あまりといえばあまりなお言葉に、悟浄は がっくり肩を落としてしまった。 |
リレー5回目は結花でした。 自然治癒を待ったほうがいいかな?とは思ったのですが 話的に面白くないよ〜な気がしたのでこうなりました。 LUNAさんが書いた、ふたりのラブラブぶりに煽られて、 私もついつい、いちゃいちゃモードに突入!(笑) さて、次のシメもついでに私です。残念? |