「グワァ…。」 ひどく哀しげな声で、一羽のアヒルが鳴いた。 真っ白な羽に黄色い嘴はアヒルの定番カラーだったが、少し変わっていたのは本来黒目である 筈の瞳が紅い事と、胸の羽毛がそれに合わせたかのように同じ色をしていた事だった。 しかし、それもちょっと変わっている程度のもので特に目を引くものではない。 人通りの多い町中で、通りすがる全てから奇異な視線を集めるのは、そのアヒルのせいではな くアヒルを小脇に抱えて歩くひとりの長身の男性だった。 ただ歩いているだけなら、それほど目は引かなかっただろう。 彼がしきりにそのアヒルに話しかけさえしなければ。 「しょうがないじゃないですか。」 どこかひどく楽しげに、その男性は抱えたアヒルに話しかける。 アヒルはじたばたと暴れて、しきりに自分を拘束する腕から逃れようとしているが、細身にも 関わらず彼の腕はびくともしない。 「そんなに食べられたいんですか?」 「グワ!」 少し呆れたような彼の一言で、アヒルはぴたりと動くのを止めてしまう。 そして冗談じゃない、と言いたそうにアヒルは男の顔を見上げる。 大量の文句があるぞと訴えかけるその視線に、彼はにっこりと極上の笑みで応える。 「だって宿で留守番なんてしてたら、お腹が空いた悟空に食べられちゃいそうでしょう?」 ぐっとアヒルは言葉を詰まらせると、ふいっと視線をそらせる。 「それに、ここからひとりで宿に帰ろうなんて、無理ですよ?宿にたどり着く前に、 どこかのお宅で羽毛布団と夕食の材料にきっちり有効利用されるだけですし。」 放し飼いのアヒル…それも色つやのたいそういい…を黙って放っておいてくれる気のいい住民 はそうはいないだろう。 もちろん、犬や猫、同族の鳥からも、そういった意味でモテそうだ。 彼の言う通り、ここでこの腕の中から脱走したとしても末路は知れている。 がっくりと力なくうなだれる首が哀れをさそったのか、少し同情の入った視線で彼は優しく その首を撫でながら言う。 「まあ…たまにはこういうのも面白いじゃいですか。いい経験でしょう?ねえ悟浄。」 ──どこが面白いんだ!八戒!── そう叫んだ悟浄の声は、やはりアヒルの遠ぼえにしか聞こえなかった。 |