ことの起こりは、今朝の事だった。 旅に出て以来、すっかり日常と化してしまった刺客の襲撃も、ここ数日絶えているせいで体力 がどうも有り余っているのか、四人乗りのジープの後部座席はいつも以上に騒々しかった。 「いやぁ、賑やかですねぇ。」 「騒がしいの間違いだろう。」 のほほんとした笑みを浮かべて八戒が後ろの二人組をそう評すれば、助手席に座っている三蔵 が、懐から愛用の拳銃を取りだしながら怒りを押し殺したような声でバッサリと言い捨てる。 「このエロ河童!」 「なんだとこのクソチビ猿!」 そんな前座席の二人の会話をよそに、他に台詞はないのか、と思わずツッコミを入れたくなる ようなののしり合いは、収まるどころか益々エスカレートしていく。 あと数十秒で三蔵がキレて発砲する事すらも、もうすっかりパターン化しているなぁと暢気に 考えながら、八戒は右手に広がる風景に視線を向ける。 「変わったところですね、ここ。」 そこには、一面見渡すかぎり大小さまざまな泉が集まっていた。 確かに少し変わった場所ではあったが、水辺に生えた草が風にゆられてそよぐ様は、のどかと いう言葉がぴったりの光景だった。 「やるかチビ猿!」 「やらいでか!」 雄叫びとともにとうとう取っ組み合いを始めた後部座席の二人組が、そんな静かな風景をもの の見事にぶち壊していたが。 「ウルセ…っ…!」 「うわっ!」 「キュー!」 キレた三蔵が銃口を向けようとした瞬間、驚いたような八戒の声とジープの悲鳴が重なり、 大きく車体がスピンする。 「うわあ!」 「どわっ!?」 タイヤのきしむ音と共に勢いよく前輪を軸に車体が半回転したとたん、車から白竜へジープは 姿を変え、搭乗者は皆その場に尻餅をついてしまう。 同時にバシャン!という大きな水音もしたが、それはタイヤの音にかき消され、皆の耳に聞こ えることはなかったが。 「いたたた…。」 「どうした、八戒。」 打ち付けた尻をしきりに擦りながら悟空が座り直し、法衣についた泥を乱暴に叩き落すと三蔵 が八戒に尋ねる。 「たぶんこれです。」 足が痛いのか、ペロペロと懸命に舐めながらホバリングするジープの怪我の具合をざっと診 ると、八戒は水たまりだった場所を指さす。 そこには、錆びた杭のようなものが尖った方を上にして埋まっていた。 どうやら泥水に隠れて見えなかったせいで、もろに踏んでしまったのだろう。 「ジープ大丈夫?」 「ええ。たぶん痛くてびっくりしただけでしょう。」 心配そうにジープを見上げながら尋ねる悟空に、怪我らしい怪我はしていないみたいです、 と八戒は微笑みながら言う。 その答えに安心したのか、笑顔を浮かべる悟空にもう一度微笑んで、ふと気付いたように辺り を見回しながら八戒は言う。 「あれ?悟浄は…?」 「たぶんあれだろう。」 マルボロを懐から取りだしながら、三蔵は右手の親指で背後の泉を指さす。 え?と言う表情で八戒が視線をそちらに向ければ、その泉の水面には見慣れた紅い色が沈んで いくのが見えた。 |