第13話 アヒルよさらば


そして待ちに待った翌日。
昼過ぎには例の泉に管理人が戻ってくるという連絡をうけ、さっそく悟浄と八戒が赴
こうとする。
すると、期待──この場合は悟浄がどうのというよりも、何が起こるのかという好奇
心がほとんどの──わくわく顔の悟空が一緒についていくと言い出す。
これは予想できたことだったが、なぜか三蔵までもが共に同行すると言い出したので
悟浄と八戒は思わず互いの視線を一瞬交わしあう。
相変わらず暇を持て余していた悟空はともかく、八戒と極寒の冷戦を強いられていた
三蔵が、まさかそう言い出すとは思ってもみなかったのだが、断る理由はどこにもな
かったので、不思議に思いながらも結局全員で行く事となった。
なにはともあれ、まずは悟浄が元の姿に戻るのが最優先課題なのである。



 「おぉ〜!よぉ来たのぉ。」
ぽかぽか陽気の中、当事者である一名を除いてほとんど散歩気分で、件の泉の入り口
にある管理小屋の前までたどり着く。
すると、そこにはにこにこと笑顔を浮かべながら、一行に向かって手招きするひとり
の老人の姿があった。
おそらくこの老人が、ここの泉の管理人の揚という人物なのだろう。
思った以上に高齢の人物だったが、小柄でやせ形な揚老人からは、そんな老いを感じ
させるものはなかった。
薬草を栽培し、近隣の村に売りに行く…という生活を繰り返しているせいか、日に焼
けて真っ黒な顔をにこにこと綻ばせている姿は、どこか人を安心させる雰囲気をかも
しだしている。
 「こんにちわぁ!」
 「お世話になります。」
 「ち〜っす。」
 「………。」
それぞれが思い思いの挨拶を返しながら近づくと、にこやかな笑みを崩すことなく、
老人は四人をひと通り視線で確認すると言う。
 「あんたたちかいの。ここの泉に落ちたっちゅうお人がおるんは。」
 「ああ…はいそうです。」
少し訛りのきつい老人の言葉を聞き間違えないように、八戒は少し慎重になりながら
返事をする。
 「そりゃあ災難でしたのぉ。で、どなたが呪いに?」
 「こいつこいつ。」
 「るせぇ!」
老人の問い掛けに対し、悟空がニヤニヤしながら隣に立つ悟浄を指させば、悟浄が遠
慮のないゲンコツをその頭に振り下ろす。
 「いって〜!」
 「猿は黙ってろ。」
 「俺は猿じゃねえ!」
当然のように喧嘩になる二人に、三蔵は我関せずで煙草をふかし、八戒は困ったよう
な笑みを浮かべて同じく遠巻きに見つめる。
 「ほっほっほ!元気な兄さん方じゃのう。」
そろそろ止めたほうがいいかなぁ、放っておくとキリがないんですよねぇ…とぼんや
りと八戒が思いだした頃、背後で揚老人が豪快に笑いだす。
 「さてどうするね?儂ゃこのまま見とってもええんじゃけど、あんたらはそうも
  いかんのじゃろ?」
なにやら急ぎの旅だと聞いとるがの、といかにも好々爺と言った風情でにこにこと笑
う揚老人に、当初の目的を思いだした悟浄が苦笑いを浮かべながら頭をかく。
 「あ〜すまねぇなじいさん。こいつが猿なもんでつい…。」
 「誰が猿だよ!このエロアヒル!」
身長差を強調するかのように、悟浄が悟空の頭頂部をゲンコツでぐりぐりしながら老
人に軽く謝罪すれば、悟空がその拳を叩き落としながらそう叫ぶ。
 「ああってめぇ!言っちゃならねぇ事を!」
 「だって本当のコトじゃん!」
これぞまさしく売り言葉に買い言葉。
またもや取っ組み合いになりかけたところで、八戒が静かに言う。
 「日…暮れちゃいますよ?」
何の変哲もない問い掛けにもかかわらず、悟浄と悟空はその声を聞いた途端、一瞬顔
をひきつらせるとバッと互いを掴んでいた手を離す。
 「……ふん。」
そんな二人に対し、馬鹿にしたように鼻をひとつ鳴らすと三蔵が揚老人に言う。
 「さっさと案内しろ。」
 「…こっちにどうぞ。」
横柄そのものといった三蔵の口調に気分を害する風も見せずに、老人が先に立って歩
き皆を案内する。
呪泉郷という言葉からイメージできるものは、どこかおどろおどろしいものであった
が、実際のところこの場所は泉の集まりというより、むしろ牧歌的な風情のある水田
のあぜ道のようだ。
そんな小さなあぜ道を、揚老人はひょいひょいと小さな体を揺らしながら危なげない
足取りで歩き、その後ろを四人がついていく形となる。
当然、下手に足を踏み外して落ちでもしたら、いったい何になるのか見当がつかない
泉なのだが、不思議に歩く四人に緊張の色はみられない。
呪いを恐れていないのか、はたまた気づいていないのか。はたまたその両方か。
微妙に判断に困るところではあったが。
 「あの…元に戻る為には男溺泉に入る必要があるって聞いたんですが。」
 「はいな。」
黙ったままでいるのも何だと思ったのか、八戒がふいにそんな質問を投げ掛ける。
質問というよりも、確認と言ったほうが正しいのかもしれないが。
少し前かがみになり、後ろ手にまとめた手首を腰で揺らしながら歩く揚老人が、そん
な八戒の問い掛けにのんびりと答える。
 「なあじいちゃん。これってやっぱり全部呪いがかかってるのか?」
 「ああそうじゃよ。」
八戒の質問を皮切りに、悟空が好奇心に満ちた瞳で揚老人に問いかける。
そんな悟空に対し、にこにこと楽しそうに笑いながら孫を見るような柔らかな視線を
向けると、老人がひょいと二つ先の泉を指さす。
 「試しに飛び込んでみなされ。これあたりが面白いかものぅ。」
 「面白いって…なにこれ?」
揚老人が指し示した泉を、興味をひかれた悟空がおっかなびっくりといった風情での
ぞき込めば、さらりととんでもない事を言う。
 「子猿が溺れたっちゅう伝説があるんじゃよ。」
 「……!」
悟空はげっという表情を浮かべると慌てて泉の側から後ずさるようにして離れる。
そんな悟空に老人はほっほっと楽しそうに笑いだし、悟浄がすかさず茶々を入れる。
 「それなら今更落ちたって変わりゃしねえし?」
 「どこがだよ!」
 「おっやるかぁ?」
またもや互いにつかみ合いになりそうになり、八戒がため息混じりに言う。
 「暴れると落ちますよ?」
 「げっ!」
その台詞に、悟浄と悟空は慌てて離れる。
 「いっそ落ちてしまえ。静かになる。」
 「静かになるかどうか、賭けみたいな感じですね。」
三蔵が銜え煙草のまま視線だけを八戒に向けて言うと、八戒も少し首を傾げて考えな
がらそう応える。
三蔵の提案を止めようとは考えていないのが、雰囲気で伝わってくる。
とたん嫌そうな顔をする二人に、揚老人はまたもほっほっほと声を立てて笑いだす。
 「さてさっきの話じゃがの。」
 「さっきって?」
再び歩き出しながら揚老人がふいにそう言えば、悟空がまたも興味津々といった顔つ
きで尋ね返す。
 「もとの姿に戻る為には…ちゅう話なんですがの。」
 「はい。」
いよいよ本題に入ったかと、悟浄と八戒が老人の言葉に耳を傾ける。
揚老人はそんな彼らを振り向くことなく、世間話でもするかのようにさらに言う。
 「正確に言うとその泉で『溺れる』事で元に戻るんですわ。」
 「溺れる?」
 「ほいな。」
悟浄が半ば反射的にそう尋ねかえすと、揚老人はこくりと頷く。
八戒はなるほど…というようにポンと手を胸の前で打ちあわせると言う。
 「呪いの発動条件は『その泉で溺れる事』なんですね。」
 「…つまり、男溺泉で解呪するっていうんじゃなくて、呪いの上掛けって
  コトな訳ね、やっぱり…。」
 「そういうことですなぁ。」
数日前にここで独自の調査──実験ともいう──をした結果で、だいだいの見当をつ
けてた悟浄がひきつった笑みを浮かべる。
揚老人の説明をざっと端折ると、呪の泉といってもそれぞれ高低差というか、強弱の
度合いが全て違うという事らしい。
つまり、ひとつの呪いにかかっていたとしても、さらに強力な呪いをかければ、それ
はすなわち上書きされるという事らしい。
もちろん呪いとやらの仕組みはそう単純な事ではなく、呪い同士やかかってしまった
者との相性なども、複雑にからんでくるもののようだ。
 「なるほど…。だからああいった生物が出来ちゃったんですねぇ。」
ある程度の予測はしていましたけど不思議ですねぇ…とつぶやく八戒の横顔に、先日
のショッキングピンクの手乗り象を思いだし、悟浄と三蔵が露骨に嫌な顔をする。
 「でもさぁ、悟浄の場合アヒルだろ?どうやって溺れるんだ?」
悟浄がアヒル化した最初に抱いた疑問を思いだし、改めて悟空が尋ねる。
泉に件の呪いが発生したいきさつについて…はある程度予想がつくので、今はどちら
かというとこれからどうやって戻るかの方に興味がある。
というか、それ以外は別にどうでもいいというのが当事者である悟浄の本音だった。
 「ああ…水棲生物…まあ魚だとかいう場合、ある程度の手順で呪いの上掛けを
  していく事もありますが。」
 「上掛け…ですか。」
八戒は老人の言葉を考えるようにして小首を傾げる。
確かに魚は普通溺れないだろう。
そんな呪いの泉があるかどうかはさておいて、要はより上位の呪いを上掛けしていく
ことで、溺れることの出来る生物へ…つまりは最終段階へともっていくのだろう。
 「今回もその方法でいくんですか?」
 「ちょっと待て!」
八戒が納得したような表情で頷きながらそう尋ねれば、側で会話を聞いていた悟浄が
焦った口調で言う。
 「その方法って…俺にまた妙な生き物になれっていうのか!?」
つまりはアヒルで溺れないのなら、別の生き物になって溺れようってことで。
さらに次の呪いで駄目ならまた次という可能性もあるわけで。
何度も溺死寸前の経験をするのもイヤなら、何になるか解らない状態というのも当然
かなりイヤなもので。
露骨にひきつったような顔をする悟浄に、悟空が思わず同情の声をあげる。
 「うっわ、悟浄かわいそ〜。」
ただしげらげら笑いながらのものでは、まったく誠意が伝わるはずもなく。
そんな悟空を蹴飛ばす気力も失った悟浄は、かんべんしてくれ〜と情けない声をあげ
ながら、へたりとその場にしゃがみこんでしまう。
 「悟浄…まあそんなに気を落とさないでください。」
すぐに元に戻れるんですし…と苦笑混じりになぐさめる八戒の言葉も、へこんだ悟浄
の耳には面白がっているように聞こえてしまう。
実際のところ、半分くらいは八戒もこの状況を楽しんでいるようだ。
とはいえ、それが解ったところでなんの慰めにもならない。
孤立無援に四面楚歌。
そんな言葉がひしひしと我が身にしみる…と悟浄はため息をひとつつく。
 「ああみなさん。ここが男溺泉ですけぇ。」
 「えっ…ここ?」
のんびりとした声で揚老人が足を止めた先には、確かに泉があった。
大きさはちょっとした溜め池なみ。
とはいえ、それ以外は周囲の泉と比べてもなんら変わらない雰囲気のそれに、悟空が
どこか拍子抜けしたような声を上げる。
 「もうちょっと何か雰囲気があっても良かった気もするけど…。」
悟浄も悟空と同じく、ちょっと意外そうな表情を浮かべて頭を掻く。
あまりにも反応が平坦すぎると、かえって何かを期待してしまうのは何故だろうか。
 「まあ、こういうもんでしょうね。」
 「だな。」
八戒は興味部深そうにあたりを見渡した後、苦笑しながら八戒が言う。
確かに他の泉と比べて男溺泉とやらが顕著な違いがあれば、この村でわざわざ管理人
の帰りを待って一週間も滞在しなくてもすんだだろう。
それにこれ以上のどんでん返しなど、当然悟浄は欲しくなどない。
とっとともとの姿に戻りたいのは、かなり切実な願いだ。
 「さて…先ほどの話のことですがの。」
 「あっはい。」
またも反れた話を修正しようとする揚老人の台詞に、八戒が慌てて向き直る。
 「まあ…今回はそこまでしなくてもよさそうなんですがの。」
 「え?」
あいからわず話す内容にかかわらず、口調も態度も変わらないマイペースな揚老人の
口ぶりに、却って意表をつかれたような顔で悟浄と悟空が揃って声を上げる。
老人の言葉に何か気づいた八戒が、何か言おうとする。
が、それよりも早くそれまで黙ってついてきていた三蔵がふいに口を開いた。
 「…つまりはこうすればいいんだろう?」
そう言うなり、三蔵は老人が持っていた桶を奪うと、中に入っていた水を悟浄めがけ
て叩き付けるようにして浴びせかける。
 「なっ…グワ!?」
抗議の声を上げる間もなく、アヒルと化してしまった悟浄の首根っこを三蔵は無造作
にひっつかむと、側にあった荒縄でその体をぐるぐる巻きにする。
そしてご丁寧にも石の重りまでつけると、そのまま泉に放り投げた。
その間、わずか一分足らずの早業で。
さすがの八戒も、あまりにも素早い展開に一瞬呆けてしまう。
 「ごっ悟浄!」
ゆるやかな放物線を描きながら飛んでいく白い物体が、澄んだ青空に栄えて妙にきれ
いに見える。
しかし、バッシャン!と派手な水音と共に沈んでいく悟浄の姿にはっと我にかえった
八戒は、目じりをきりりと上げると三蔵をにらみ付ける。
が、当の三蔵はといえば、そんな八戒の鋭い視線などに全く構わうことなく、妙にす
っきりとした顔つきで煙草をふかしはじめた。
それはここ数日溜まりに溜まっていたストレスが、消失したかのような表情だった。
 「…まあ溺れないなら、溺れさせちまえばいいんですよ。はい。」
 「ふん。」
のんびりと、マイペースのままほかりと笑う揚老人のマイペースぶりに悟空もつられ
たのか、ふーんと呟くとその場に腰を下ろした。



突然の簀巻きならぬ、荒縄巻きで水落ちという状況に、悟浄は必死でもがいていた。
そうこうする間にもどんどん体は沈んでいき、息も苦しくなってくる。
しかし、思ったより縄は丈夫なようで、いくらあがいてもなかなかほどけない。
このままだと呪いが完了する前に、確実に溺死してしまいそうだ。
げぼごぼがぼ…と盛大に口から泡を噴きながら心の中で叫ぶのはただ一言。

──俺は新巻鮭じゃねえぞぉ!

と、妙なツッコミを入れながらも、ひたすら拘束する縄をほどこうと体を揺さぶった
瞬間、ミシリ…という音とともに縄が締めつけてくる。
いや…縄が締めつけてくるのではなく、自分の体の方が大きくなっているせいだと気
づくのはその次で。
やっと元の姿に戻りつつある事に気づいたが、それを素直に喜ぶには今の状況がそれ
を許さない。
ただでさえ頑丈に自分を戒めている縄だというのに、今もとの人の姿に戻るというこ
とは、すなわちより一層拘束がきつくなるという事で。
このままだと下手をすれば、水で窒息死する前に縄で圧迫死しかねない。
どうやら、なにがなんでも手品かアクション映画のように「奇跡の大脱出」をしろと
いう事らしい。
もちろん正真正銘タネも仕掛けもない状況で。
徐々にきつくなっていく締めつけに、たまらず悟浄が叫ぶ。

──さ…っんぞう!おぼえてろぉ〜!

鬼畜生臭外道坊主!と呪詛のように唱えながら、悟浄は渾身の力を振り絞った。
ようやく縄が切れたのか、ぶつり…という感触と共にふいに拘束が解かれ、自由にな
った悟浄は酸素と空気を求めて必死に浮上した。
 「ぷはぁ!」
無事に水面へと顔を出した悟浄は、すーはーすーはーと大きく呼吸を数度繰り返す。
空気がこれほどうまいと思ったのは初めてかも…と、痺れた脳髄のどこかでそんな事
を思いながら息を整えていると、聞き覚えのある声がかけられる。
 「あ、悟浄戻ったみたいじゃん。」
 「………!」
つい先程までの悟浄のせっぱ詰まった状況など、全く気づかない悟空の能天気な声に
悟浄の中のどこかでぶつっと何かが派手に切れた音がする。
何の音かは言わずもがなで。
悟浄は無事元に戻った手足を使って、何食わぬ顔のまま、泉の縁でしゃがみこんでこ
ちらを見ている悟空の前まで泳いでいく。
 「せっかくだ、手前ェも泳いでみろ!」
 「うわぁ!」
そう言うなり、すかさず悟空の足を掴むと、勢いよく泉の壁を蹴って反動をつけて強
引に引っ張る。
バランスを崩した悟空は、たまらずそのまま泉の中へと落ちてしまう。
 「なにすんだよ!この馬鹿ガッパ!」
 「うるせぇ、お前も同じ辛酸を味わえ!」
ぶはあ!と水面に顔を出した悟空の頭を掴むと、悟浄は再び水の中へと押し込む。
がぼごぼと盛大に泡を吹きながらも悟空が水中で蹴りを入れれば、悟浄が全体重をか
けてその体を沈める。
同じ辛酸を…と言いつつも、ここが男溺泉である限りはどんなに溺れても変化しない
のは幸か不幸か。
 「どわっ!?」
 「うぉっ!」
あいかわらずの調子で、水中で格闘を繰り広げる二人の間をかすめるようにしてキュ
ン!という鋭い銃声と共に小さな水しぶきが上がる。
とたん、悟空と悟浄が争うのを止めて思わず寄り添ってしまう。
 「手前ェらやかましい。」
もちろん発砲した犯人である三蔵がぼそりと言えば、悟浄が指を差しながら吠えるよ
うにして叫ぶ。
 「そこの鬼畜生臭外道坊主!俺を殺す気か!」
 「いっそ死ね。静かになる。」
先程もう少し脱出に時間がかかったら確実溺死していただろう事と、今の発砲に対し
て当然悟浄が抗議すれば、これもまた当然のように三蔵があっさりと言い放つ。
もちろん、素直に謝罪の意を表すような相手ではないことなど百も承知の悟浄だが、
それでもぴきぴきと顔をひきつらせてしまう。
 「あ〜そういう奴だよな!くそ!」
 「ふん。」
見下すような視線で鼻で嗤うと、三蔵は悠々と煙草をくゆらせる。
なおも文句を言おうとした悟浄の背中に、悟空ががばりとへばりつき水中に沈める。
 「おわ!」
 「俺まで巻き添えくらわせんなよ!」
 「こんの馬鹿猿!」
 「アホガッパ!エロアヒル!」
バシャンボシャンと再び派手な水中戦が始まるのを、揚老人がにこやかな笑顔で見つ
めながら言う。
 「若いもんは元気がええのぅ。」
 「馬鹿は風邪引かねぇって言うからな。」
話が今一歩かみあっていない会話をする三蔵と老人を、妙に静かな視線で見つめてい
るのは最後の一人で。
再び八戒は未だ泉の中で暴れる二人を見つめ、そしてゆっくりとまた三蔵の背中へと
その視線を戻していく。
その顔からは、表情らしき表情は何も読み取れない。
読み取れはしないが、その全身から吹き出る妖気の量は強大で凄まじく激しい。
 「………。」
 「キュウ!」
声にならない声でなにやら八戒の唇が呟いた瞬間、それまで大人しく主人の肩で大人
しくしていたジープが、鋭い声でひとつ鳴くと空中へと舞い上がる。
それはまるで、何かにおびえたかのような慌てようだった。


ようやく悟浄がもとの人間…半妖?に戻りました。
あちらこちらから「戻っちゃうんですか?」という声を
聞きましたが戻らない方がよかったんでしょうか。(^^;)

悟浄はなんとか無事元に戻れて万万歳。
悟空は食欲減退から開放されて万万歳。
三蔵はとりあえず憂さばらしが出来て万万歳。
でもって八戒は……?

ということで次回、最終回となります。
さあがんばって書かねば。

あ、ちなみに文中で出てきた「新巻鮭」ってうのは、荒縄で
ぐるぐる巻きにして作るっていう説があるからです。
そんだけ〜。



【第12話】  【第14話】

悟浄1/2