赤光甲冑
紅 草希


 先々王の時代より、わたしはカスミール城の内部を見守ってきた。いざ王国の危機ともなれば、この身をていしてお護り申すつもりである。
 だが、悲しいかな。わたしの体は動くことができぬ。生まれてよりこれまで、動いたことがない。頭の先から爪先まで、体は外面全てを備えておるのに……戦うためのグレイブも常備しておるというのに……中身がない。鉄鋼の体だけでは動けぬのだ。人は、わたしのような者を「甲冑」と呼ぶ。
 ああ。せめて誰かがわたしを纏ってくれれば、わたしは持ちうる限りの力を王国のために発揮できよう。
 しかし、それも叶わぬ願い。わたしは飾られるために作られた甲冑なのだ。何十年もただ、動く人々を見つめてきた。今のわたしには、それしかできぬ。
 ――おおっ。姫がお通りあそばすぞ。齢、十七。黄金のごとき長髪、宝石と見まごうばかりの美しき瞳、我らがシュリエラ王女は日々ますますお美しくなってゆく。叶うものならば、姫に言葉をおかけしたい。もっと間近でお声を聞きたい。城兵がするように、「おはようございます」だけでよいのだ。この一言だけでいい。言葉を発せぬものか。
 ああ、そういえば、明日は姫の結婚式が開かれるではないか。隣国の王子がお相手とな。その剣、大陸全土に轟くほどと聞くが、顔立ちよく、他国の王女方にも好かれているという。他の女性に惑わされることなく、姫を幸せにしてくださればよいが……。
 日が沈む。夜は危険にあふれている。たとえ城の中としてもだ。わたしのそばには姫の部屋があるのだから、しっかりと番をせねばならぬ。式の前夜は誰もが浮かれて、最も危険なのだ。
 おい、そこの騎士たちよ。明日の話で花開かすとは、なんたることだ。姫のご結婚を祝うのは結構なことだが、自分の役目を忘れてはならぬ。
 むぅ……。今日は、明かりの揺らぎがおかしい。風がここまで来ておるのか。この数十年、このような夜はよいことの起こったためしがない。何も起こらねばよいが……。
 夜も更けた。話し疲れたのか、騎士よ。眠たげではないか。修行が足らぬぞ。
 ……ぬっ。怪しい気配を感じる。何者かが城内に進入したのか。この気配は――姫のご寝室側からか? おい、騎士! 睡魔と格闘している場合ではないぞ。姫に危険が迫っておる。しっかりとせぬか!
 ガラスの割れる音がしたぞっ。ようやく気づきおったか、騎士め。早うお助けせぬか!
 おお。見えるぞ。開け放たれた扉から、曲者の姿が見えるぞ。ええい! 二対一で何をやっておるか!? それでもカスミールの騎士か!
 な、なにっ。二人ともやられたのか。いかん! 姫が……姫のお命が危ない! なぜ他の兵は来ぬのだっ。誰も気づかぬのか!
 お助けせねばならん。わたしがお助けせねばならん。神よ! この身が砕け散ってもいい。十秒だけ、わたしに動く力をお与えくだされ!
 ――赤い光がわたしを包んでいく。視界が変わった。姫がどんどん近くなってくる。走っている……走っておるのか、わたしは。
 完全に、曲者の不意を突いた。勝利だ。腕を振る。おおっ、腕が動くのだ。わたしのグレイブが曲者の首を薙いだ。
 盛大に血を吹き出しながら、曲者の体が倒れる。幸い、姫は床で気を失っておられた。このような光景は、姫の見るべきものではござらぬからな。
 「姫、ご無事で何より」
 わたしは仰天した。声が出たのだ。
 喜びの中、わたしはその場にくずおれた。

 神は偉大な方である。願いを叶えてくださった上、まだわたしに命を残してくだされた。それに今、わたしはとても幸せなのだ。
 「わたくしを護ってくださって、ありがとう」
 姫がわたしに言葉をくだされた。本物の涙は流れぬが、わたしは心の中で感激の涙を流していた。
 穏やかな午後、姫の結婚式は無事に終了。隣国へと旅立たれた。
 そして……わたしは今も、カスミール城にいる。今度は国王の寝室で、常に王をお護りいたしている……。


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