恋人がサンタクロース
鳴海昌平


 「ねぇ、イヴはどうするの?」
  心地よい眠りの世界の入り口に立っていた俺の耳に、陽子の甘ったるい声がノッ
 クもせずに入ってきた。
 「イヴ!?」
  ふたを開けられたびっくり箱のピエロみたいに弾かれるように起きあがった俺は、
 そう反射的に叫んでいた。一瞬にしてこちらの世界に戻った俺は陽子の顔をのぞき
 込むように見る。俺のその反応に彼女はちょっと気分を壊されたようだった。
 「そうよ、もうイヴまで三週間ないじゃない。どうするのかって訊いてるのよ」
  陽子の声には少し刺があった。
  クリスマス・イヴか‥‥‥。ああ、全く困った日が近づいてきてしまった。
  俺は用意しておいた言い訳を口に出そうか出すまいかちょっと悩んだ。こんな言
 い訳言うだけ無駄だと思うが、かといって他にこれに代わるようなものを俺は持っ
 ていない。
  こたえを待つ陽子の視線が俺の顔を刺激する。もうこれ以上沈黙を守るのは不可
 能だ。俺は清水の舞台から飛び降りるつもりで“告白”を切り出した。
 「‥‥‥今まで黙ってたけど実は俺の家、熱心な仏教徒でさ、クリスマスとか一切
 祝わないんだよ。俺もずっとそういう育てられ方してきたから、クリスマスとかヴ
 ァレンタインとかハロウィンとか、そういうの駄目なんだ」
 「何言ってんのよ。みんな別にキリストの誕生を祝ってクリスマスを盛大に楽しん
 でる訳じゃないでしょ」
  呆れ顔で陽子はそう言うと、すぐに分かったというような表情をしてから彼女は
 続けた。
 「予約とかしてなかったからそんな事言ってるんでしょ。別にベイ・ヒルトンでホ
 ワイト・クリスマスを味わいたいなんて言ってるんじゃないから安心してよ」
  そう言い終わると陽子は俺の顔をじっと見つめた。その大きな瞳は、冬の晴れた
 日の日溜まりのような暖かさをたたえていた。
  そんな目をされると全く言い難くなる。だが俺は言わない訳にはいかないのだ。
 「‥‥‥いや、そういうんじゃなくてさ。‥‥‥その日は日本中がクリスマス一色
 に染まる訳だろ。俺の家はホント熱心な仏教徒だから、家訓で決められてるんだよ、
 12月24日、25日は一切家の外に出てはいけないって‥‥‥」
  俺がそう言うとみるみる陽子の表情は堅くなっていった。
  一瞬の沈黙をおき、陽子は言った。
 「下手な言い訳ね。私と一緒に居たくないならハッキリそう言いなさいよ。全く人
 を馬鹿にしてるわ、そんな言い訳」
  陽子はそう言い終わると後は無言で帰り仕度済ませ出て行ってしまった。
  後にただ一人取り残された俺の心には冷たい北風が吹いていた。
  これで二度目だ。クリスマスなんてものが在るおかげでまともに女の子と付き合
 う事もできない。いや、別にクリスマスのせいじゃない。三年前までは俺もクリス
 マスにかこつけて女の子とよろしくやってたんだ。
  ああ、あの時あの爺さんをひかなければ‥‥‥。


  二年前のイヴ。
  俺は激しい雨の中、舞との待ち合わせ場所へ急いでいた。ただでさえ渋滞する国
 道はその日は完全に道路としての役割を果たしていなかった。ラジオの交通情報は、
 この先でトラックの荷崩れによるちょっとした事故が発生したと、伝えていた。
  とてもじゃないがそのままでは約束の時間までに間に合いそうになかった。それ
 で俺は走り慣れない裏道を通っていく事にした。だがそれは、結果的には国道を通
 って行くよりも悪い事態をもたらす事になったのだった。
  その雨の為だろう。その狭い生活道には人っ子一人見えなかった。焦っていた俺
 はかなりのスピードでその道を突っ走っていた。その為いきなり飛び出してきた爺
 さんを避けることができなかった。
  パニック状態の中、なんとか俺は車を止め、激しく降る雨の中に出てその爺さん
 のもとに駆け寄った。
 「だ、大丈夫ですか?」
  俺はそう声をかけてみたが、内心では死んでいるかも知れないとびくついていた。
 交通刑務所行きの文字がパニック状態の俺の頭に飛び交った。
 「ううぅ‥‥‥、ちょっと大丈夫じゃないですな」
  俺は自分の耳と目の両方を疑った。まったく信じられない事に、その太った爺さ
 んは、ちょっと転んだ時のような口ぶりで腰をさすりながら立ち上がったのだ。
  パニックの二乗にたたき落とされた俺にその爺さんは続けた。
 「私には大事な仕事がこれからあったんですが、これではできそうにありません。
 まぁこんな事になった責任はあなたにある訳ですから、あなたに代わりにやって頂
 きましょう、今夜の仕事をね」
  勝手な事を言い終わると爺さんは持っていたボストン・バッグを俺に渡した。
 「その中の衣装に着替えてくれればトナカイはやってきますから。後は彼のひくソ
 リに乗ってプレゼントを配って下さい。あ、配送エリアの方はこちらの地図をご覧
 になって頂ければわかるでしょう。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。例えあ
 なたが配り先を間違いそうになったとしても、トナカイの方でちゃんとフォローし
 てくれますから。まぁベテランの彼に胸を借りるつもりで気楽にやって下さいよ」
  そう一気に言い終えると、状況を理解し切れていない俺をその場に残して、爺さ
 んはケムール人のような高笑いをあげながら軽快に走り去ってしまった。
  雨に打たれながら呆然と立ち尽くす俺に誰かが怒鳴った。
 「おい、こんなところに居ったンか。トロトロしてたら今夜中に仕事が終わらへん
 やないか。ボヤボヤしてへんとさっさと着替えぇ、ジジィ」
  声のした方を見ると、そこには四十五度のサングラスをかけた、がらの悪いトナ
 カイが立っていた。
  トナカイなんてものを最後に見たのは小学校の頃の遠足で動物園に行った時だっ
 たような気がする。それ以来動物園なんてものに俺は行っていないのだ。いや、大
 人になってからも誰か女の子と一緒に行った事があったかも知れない。だがその頃
 の俺の興味の対象は、トナカイなんかからは一万光年ぐらい離れた位置にあった。
 まぁ要するにトナカイをまともに見るのは非常に久しぶりだという事だ。そんな俺
 のあやふやな記憶の中では、トナカイはサングラスなどかけていなかったような気
 がする。それにこんなヤクザな口調で人に話しかけたりしなかったはずだ。
  そんな支離滅裂な事を、ぼーっとした頭の片隅でこねくり回している俺に、また
 怒鳴り声が浴びせられた。
 「おい、いつまでそんな所に突っ立っとるつもりや!!年に一度の仕事の癖に、そ
 れまでさぼろうとするなんざぁ本当にサンタクロースの風上にも置けない野郎やな。
 この仕事、終わったら本部にきっちり報告してやるさかい覚悟しいや!!」
  事態がまだ良く飲み込めていない俺だったが、トナカイのそのもの凄い剣幕に圧
 倒され、急いであの赤い衣装に着替え、白いつけ髭をつけた。
 「やっと準備OKか。じゃ乗れや」
  俺は催眠術にかかったようにトナカイの引くソリに乗った。
 「じゃ行くで!!だいぶ遅うなったんで超スピードで行くからな、しっかりつかま
 っときぃや!!」
  そう叫ぶとトナカイはフェラーリF40みたいな加速ですっとんでいった。

  そんな訳で俺はサンタクロースになってしまった。
  後でわかった事だが、トナカイは酷い近視で俺とあの爺さんを間違えていたのだ。
 その上、爺さんのボストン・バッグに仕掛けられた発信機を頼りに駆けつけたあの
 時の彼の頭の中は、その日の配達の事で一杯になっていて、目の前の男が爺さん本
 人かどうかなんて判断しきれなかったのだ。
  俺にこの仕事を押しつけてトンズラしたあの爺さんは、以前から勤務態度が悪い
 札付きの不良サンタクロースだったそうだ。毎年何かしら問題を引き起こしていた
 のだが、なにせこの業界は後継者不足で、首にしたくてもできなかったと言うわけ
 だ。勝手に組織を抜け出したあの爺さんに、最初本部はカンカンで指名手配も出さ
 れていたそうだ。でもそんな問題児(問題爺?)の代わりに若い俺がサンタクロー
 スの一員になった事がわかると、本部は大喜びで結局指名手配も取り下げてしまっ
 たという事だ。

  サンタクロース組合に大変気にいられてしまった俺は、今年もプレゼント配りに
 精を出す。この仕事は年に一度だが、煙突なんてもののなくなった昨今ではこっそ
 り行う配達も結構大変なもので、その割に報酬が安い。安いというよりもほとんど
 ボランティアみたいなものだ。
  お蔭で年に一度の配達以外は普通のサラリーマンをやって生活を維持している。
 配達の次の日が休みじゃない時は、念のために有給休暇をとっているが、会社では
 俺がこんな事をしてるとは誰も知らない。だから、クリスマスになると毎年有休を
 取るしょうがない奴、というレッテルを貼られてしまっている。
  まったく冗談じゃない。しかし俺はサンタクロースを辞められない。この秘密組
 織からの脱退は、かつてのアルカトラズ刑務所から脱獄するよりも遥かに難しいの
 だ。


 「よし、次が最後の配達先やな。サクっと決めて帰ろうぜ」
  相変わらず四十五度のサングラスをかけている相棒のペスカトーレが少し振り向
 いてそう言った。
 「やっと最後か」
  俺は呟くように言った。
 「そうや、さっさと済ませて帰ろうぜ。結構冷え込んできたからな、俺は、はよう
 風呂に入りたいで」
  ペスカトーレは威勢よく叫んだ。
  俺はまだ、このサンタクロースというものを自分の仕事だと割り切って考えられ
 ない。そんな気持ちでやってるせいか、彼のように元気よく仕事に打ち込むなんて
 ことはとてもできない。でも次が最後と分かると同じように急いで済ませたくなっ
 た。相棒とは違った意味で。

  最後の配達先はかなり古い木造の一軒屋だった。
  俺はなんとなくほっとした。マンションの最上階なんかでなくて良かった。一軒
 屋はマンションなんかに比べればずっと忍び込みやすい。
  さっそく俺はソリから降りて家の中に忍び込む準備を始めた。
  七つ道具の一つの破壊銃を取り出し、サイレンサーを銃口にはめ込む。破壊銃の
 パワーゲージを最低に合わせ、二階の物干し台の雨戸に向かって撃つ。
  雨戸の一部が一瞬にして消え去り、人一人通り抜けられるぐらいの穴が開いた。
  あまり大きな穴を開けると後で再生作業に手間取り苦労するので、できるだけ進
 入口は小さくするのだ。
  煙突なんてモノが絶滅した、きょう日のサンタクロースは、こうやって配達先に
 忍び込むのだ。
  俺は中に人の気配がない事を確認すると、プレゼントを持って穴の中にもぐりこ
 んだ。
  家の中は表と同じく純和風で、部屋の戸は全部襖だった。これではちょっとでも
 音をたてたら、部屋で寝てる人間に聞こえてしまう。
  俺は細心の注意を払って廊下を、目的の部屋の前まで進もうと一歩踏み出した。

  ギィィィイ。

  げっ、なんてこった。いきなり古い廊下は俺の努力を無にしてしまった。
  俺は急いで周りを見回した。‥‥‥よし、誰も起きてこない。
  くそう、このボロ家め。俺は小声で悪態をついた。
  すぐそこの部屋の前まで行くまでに何度この動作を繰り返した事か。だが、なん
 とか部屋の前にプレゼントを置く事ができた。あとは戻って穴を塞いで立ち去るだ
 けだ。
  穴まであと一歩というところで、
 「誰?」
  と背後から声がした。なんたる事だろうか。俺は見つかってしまのだ。
 「いやぁ、決して怪しいものじゃないんですよ。ご存じサンタクロースです。美樹
 ちゃんへのプレゼントを届けに来ただけです。それにもう終わりましたので、今帰
 るところですよ」
  俺はすぐに振り返ると、サンタクロース・マニュアルにある、万が一見つかった
 際の言い訳を、マックの店員にも負けない笑顔と共に、一気まくしたてた。思わず
 「ポテトもいかがですか」と付け加えそうになりそうだった。
  しかし返事はなかった。代りに廊下の電気がつけられた。思ったとおり蛍光燈で
 はなく白熱球だった。
  その暖かいオレンジ色の光の中にいたのは、なんと陽子だった。そしてガウンを
 羽織った陽子の片手にはテニスのラケットが握られていた。
  げっ、まずい。見つかっただけでも相当やばいのに、その上、それが陽子にだな
 んて。いったいどうすりゃいいんだ。
 「確かにサンタクロースの衣装だけど。そんな事簡単に信じられないわ」
  彼女の大きな瞳の中で「不信」という文字が、伝言板スクリーンセイバーのよう
 にスクロールしていた。どうにかここを切り抜けなければ。
 「外にトナカイとソリもありますし、‥‥‥そうだ、これを見て下さい。サンタク
 ロース組合の組合員証です」
  俺はポケットからテレホンカード大の組合員証を出した。
  組合員証のカードを見た陽子は、ひどく驚いた顔をしてから、俺の顔とカードを
 何度も見比べる。
  しまった、組合員証はまずかった。組合員証は免許証みたいに顔写真がはってあ
 るのだ。今は一応髭をつけて変装してるが、そんなもの見せた日には、一発で俺だっ
 て事がばれてしまう。
  慌ててカードをしまうのと同時に俺の付け髭が引っぺがされた。急いで顔を陽子
 から背けたが遅かったようだ。
 「康弘、一体どういう事よ!!」
  陽子は驚きと怒りが混じったせいか、深夜である事も忘れて怒鳴った。
 「いやぁ、これには色々事情があってさぁ‥‥‥」
 「事情って何よ!!人の家に深夜忍び込んだりして、いったい何やってんのよ!!
 それに今日は、家訓かなにかで、外に一歩も出ないはずだったんじゃないの‥‥‥」
  陽子は外国人の演説のように左手の拳を振り上げながらそう言った。こいつが出
 ると陽子の怒りのゲージは目一杯振り切れてる状態だ。もう陽子は止まらない。
  陽子は俺の事を責めて責めて責めた。俺は何も言い返せずに黙っていた。
 「陽子おばちゃんどうしたの?」
  プレゼントを前に置いた部屋の襖が開いて、小さい女の子が目をこすりながら出
 て来た。
  それを見てやっと陽子も深夜だった事を思い出したようだ。
 「美樹ちゃん、ごめんなさい。起こしちゃって」
  その言葉に陽子の方を向いた美樹ちゃんは俺を見つけ叫んだ。
 「あ、サンタさんだぁ。プレゼントは、プレゼントぉ」
  俺はこれ幸いとばかりに美樹ちゃんの相手をする。
 「君の横に置いてあるよ、ほらそこ」
  美樹ちゃんはプレゼントを見つけると、その包みをすぐに開けた。
 「わぁピカチュウだぁ」
  嬉しそうにぬいぐるみを両手で持ち上げ軽く飛び跳ねる。
 「良かったわね、美樹ちゃん」
  陽子も思わずそう言ったようだった。
  俺も良かったと思った。陽子の怒りが美樹ちゃんのおかげで収まったようで。
  しばらく姪の喜ぶ姿を眺めていた陽子は俺に向き直ると言った。
 「サンタクロースなんて本当にいるとは思わなかったわ。もっとおじいさんってイ
 メージがあるけど、あなたみたいに若い人もいるのね」
 「俺はちょっと事情があってしてるだけさ。他のはみんな年寄りだよ。でもここに
 陽子がいるなんて思わなかったよ」
 「誰かさんに振られたから実家に帰って、両親と姉と、それに美樹ちゃんとでクリ
 スマス会をしたのよ」
  厭味を言うところをみると、まだ完全には機嫌がなおってないらしい。
 「そんな厭味言うなよ。せっかく美樹ちゃんが喜んでる側で」
 「それとこれとは関係ないわ。こういう理由があるならあるで、それをちゃんと言
 って欲しかったわ」
 「そんな事言ったって、こんな事信じるとは思えないだろう。だからさ」
 「でもあなたの言い訳だって現実味なんてゼロだったじゃない」
  また言い合いが始まろうとした時、少女の泣き声が響いた。
 「サンタさんをいじめないでぇぇ」
  美樹ちゃんは陽子が俺をいじめてると思ったらしく、そう言って泣きじゃくった。
 「おばちゃんとサンタさんは別に喧嘩してるんじゃないのよ」
 「そうだよ。こんなに仲良しだよ」
  と、俺はどさくさに紛れて陽子を抱き寄せ、頬にキスした。
  陽子は俺の手を振りほどこうとしたが、俺は小声で「美樹ちゃんを納得させなき
 ゃ」と囁いた。彼女はそれを聞いて考えなおしたのか、自分から俺の頬にキスして
 見せた。
 「そうよ、こんなに仲良しよ。サンタさんは、おばちゃんの恋人なのよ。いじめる
 訳ないじゃない」
 「ホント?」
 「ホントだよ」
 「そうよ」
  俺と陽子が抱き合いながら声を揃え言うと、美樹ちゃんも納得してくれたようだ
 った。
 「美樹ちゃん、もう大きな声出さないから、お休みなさい」
 「うん、分かった、お休みなさい」
  美樹ちゃんがぬいぐるみを抱いて部屋に戻ると、陽子はすっと俺から離れた。
 「勘違いしないでね。全部許した訳じゃないんだから」
  俺もそんな簡単に陽子が許すような性格でない事は承知済みだ。
 「悪かったよ、嘘をついて」
  俺は素直に謝った。謝ったぐらいじゃいつも許してもらえないが、とりあえず謝
 るところからしか関係修復は始まらない。謝ったついでに何故俺がサンタクロース
 をすることになったかも全部話した。
  陽子のは話を聞きおわると言った。
 「私が子供の頃はお父さんがサンタクロースだったわ。こんな風に本当のサンタク
 ロースなんてこなかったわ」
 「それは陽子にはお父さんがいたからさ。美樹ちゃんはそうじゃない。‥‥‥俺達
 本物のサンタクロースは父親のいない幼い子供達にプレゼントを配ってるのさ」
 「そうだったの‥‥‥」
  陽子は美樹ちゃんの事を思って言葉を途切れさせた。美樹ちゃんの父親は彼女が
 生まれてすぐに交通事故で亡くなったのだ。
  しばらく二人して黙り込んでいたが、俺もこれから組合への報告なんかをしなき
 ゃいけない。
 「それじゃあ俺帰るよ」
 「ああ、そう。お疲れ様」
  俺は穴から外に出るとそれをふさぐ作業を開始した。七つ道具の一つ物質復元ビ
 ームをソリから取って来て穴に照射した。みるみる穴がふさがって行く。
  穴がほとんどふさがりかけた時、その向こうから陽子の顔が覗いた。
  俺はなんだろうと思いビームを止めた。
 「歌みたいね、恋人がサンタクロースなんて」
  小さい穴の中で陽子はそう言った。
 「そうだな。でも俺にとっちゃサンタ苦労するだよ」
  俺はそう言って微笑んだ。
 「‥‥‥まぁ美樹ちゃんに、来年もプレゼント持って来てもらわなきゃいけないか
 らね、今日のところは許してあげるわ」
  関係修復は米中国交回復のように劇的にやって来た。
  俺が言葉をかけようとした時には陽子はもうそこから居なくなっていた。陽子も
 あんだけ怒った手前少し恥ずかしかったのだろう。しかし2年前、あの爺さんをひ
 いてから初めて、クリスマスに恋人と暖かい心の交流を持てたのだ。
  俺は穴をふさぎおわるとペスカトーレのところに戻った。
 「えろう長かったやないか。寒さで死ぬかと思うたで」
  ペスカトーレはブルブル震えながら真っ白い息をはいた。
 「ああ、でもいい仕事したぜ」
 「そうか、そりゃ良かったな。じゃ帰るか」
 「ああ」
  いつの間にか降り出した今年初めての雪の中に、ペスカトーレの引くソリはあっ
 という間に吸い込まれて行った。

                                    了
 


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