俺と搭子との関係が始まったのは、2年前の冬。
お互いに他の交際相手と別れたばかりで、勢いで付き合い始めた。
それにしては、今まで上手くやってきた。
搭子はよく喋る。調子に乗ると、俺が聞いていようがいまいが、まるで関係なしに喋りまくる。
正直、あった出来事をそのまま忠実に再現するようなものが多く、喋りにセンスがあるとは言い難かった。
決して美人とは言えない顔も、長く一緒にいてみると不思議なもので、なかなか愛嬌があるようにも感じられた。もっとも、この俺も器量良しの恋人が出来そうな外見はしていないが。
まあ、俺にはこんなもんかなと思って付き合っている。きっと搭子も、似たようなものはあるだろう。
俺は搭子と映画をよく観にいく。搭子は話題作や有名なものよりも、小さな劇場でやるようなB級作品が好きだ。
理由を訊くと、商業主義に浸かり切っていない分、監督の意志やメッセージが入っているのだと言う。俺には違いはよく解らないが、そう言うのだからきっとそうに違いない。
ある恋愛映画で見せた搭子の泣き顔は、珍しく綺麗だと思ったのを覚えている。目を真っ赤にして、鼻水をすすっていたけれど、何故か綺麗だと思った。
この時の印象があるから、俺はまだ搭子と一緒にいるのかもしれない。
だが俺は、そろそろ別れの時期が近づいていると感じていた。
何となくだが、歯車がおかしくなっているのに気付いていた。
いつも通りのデート、いつも通りの会話、何もかも変わらないのに、そこに違和感があった。嘘っぽさと言っても良い。これが出てくると、俺はもうダメなんだ。
今日は搭子とデートだ。上野公園でお花見と洒落こむ。
桜はちょうど散り始めで、何とも風情がある。本当は静かに日本酒でも飲んで、しっとりと過ごしたいところなのだが、周囲の雰囲気はそれを許してくれそうにない。
若者も老人も、何とも賑やかなバカ騒ぎだ。
隣のグループの立派なカラオケの機械から、演歌が流れてきた。曲名は解らない。おじいちゃんがタドタドしく熱唱し、周囲が盛りたてる。
気付いたら、俺は目を細めてその光景を眺めていた。
「省吾、お酒もっと飲む?」
搭子が俺に話しかけた。ビール缶を傾け、俺がコップを差し出すのを待っている。
「ああ、ありがとう」
俺がコップを少し上に上げると、コップごしに冷たさが伝わってきた。
搭子は楽しそうな笑顔だ。
一枚の桜の花びらが、搭子の黒髪に舞い降り、滑るようにして青いビニールシートに落ちた。
うん、この風情は良い。
コップを傾けようとすると、ビールの中にも一枚浮かんでいた。
俺は構わず、一気に飲み干した。
この後、俺と搭子は大いに話に華を咲かせ、大いに騒いだ。隣のカラオケにも飛び入り参加した。下手で絵にならない俺と搭子のデュエットだったろうが、お構いなしに盛りあがってくれた。
せっかくのお花見だ。こうでなくっちゃな!
疲れと酔いで、搭子は眠そうにしていた。
周囲もほどよく薄暗くなりつつある。
搭子は俺の肩にそっと寄りかかった。重みとお酒の匂いが伝わってくる。
熱い吐息が、首筋を撫でた。
搭子はさらさらと散ってくる桜を頭上に眺めながら、
「綺麗だね」
と言った。
「うん」
俺は同意した。もの哀しい美しさだ。
「来年も、またお花見しようね」
一拍置いて、俺は笑顔を返事にした。きっと曖昧な笑顔に写ったに違いない。
桜は来年もまた咲く。そしてその次の年も。
長くは咲き続けられない桜に儚さを感じるのは、人間が持つ優越意識ゆえだろうか? 人生を連想させるからだろうか?
ふとこんな風に思って、俺は自分が相当酔っていると自覚した。
漠然と照れくさい気持ちになり、俺は考えるのを止めにした。
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