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『必殺技の恋&重なる恋』

2011/1/19


【その2】

「今、何してるんですか?リストラされて?」
「リストラリストラ、うるっせぇよ」
「うちでバイトしません?」
「はぁ?」
この人は、ほんとにいいとこのサラリーマンだったのかね、という凶悪な顔になった。
「そんなくだらない仕事やる気はない」
「くだらない?」
「探偵なんて、要はなんでも屋だろ?」
「いや、探偵って、なかなか色んなことができるんですよ。試しに、何か調べてみましょうか?調べてほしいこと、ありません?」
「…」
中居は返事をせずに立ちあがった。
「誰か、いませんか?」
「…じゃあ」
口元が笑ってるけど、全体的には悪い顔になる。
「弟を」
「弟さん」
「うん。昼間、何やってんのかなと思って」
「仕事してんじゃないですかね?」
大体の大人は平日昼間働いてる率が高いだろうから言ってみたが、鼻で笑われた。
「いいから、調べてみろよ」
「了解です。じゃあ、今日が火曜日ですから…。金曜日にいらして下さい」
「俺が来るのかっ?」
「家まで行ってもいいですけど?調べられますし」
「やめろよ」
本気でイヤそうな顔をして、中居が外気温と変わらない部屋から出ようとして、一度振り向いた。
「…なんなの、その敬語」
「え?見た目が怪しいから、せめて言葉だけでも丁寧にと思って」
「その見た目で、無表情で、言葉だけ丁寧って、余計こえーよ」
「表情ないですか?」
「ねぇだろ!」
ばーん!
安普請のドアが外れそうな勢いで叩きつけ、中居は帰って言った。
「無表情かな…」
と、鏡をのぞいてみたら、無表情だった。
「…寒いからな…」
東北の人に独特のなまりがあるのは、寒くて、口を開けずに喋るからだと聞いたことがあるが、今の自分もそういう感じだった。

*****

弟の名前さえ言っていかなかったが、中居正広本人の情報から、家族の情報を引っ張るのは簡単だ。両親はリタイアして実家を売却、父親の地元に引っ越した。弟の剛は中小製造業勤務。子供はおらず、奥さんは金融機関の正社員。二年前マンション購入。
現在、そのマンションに、中居と、中居の奥さんが同居中。
実際見に行ったマンションは、ファミリータイプの中でも、よりランク上の物件だった。
夫婦に、子供二人でも普通のマンションでは大変なところ、大の大人が四人生活できるだけのマンション。ここを三十代の頭で購入か。夫婦二人がかりで稼ぐっていうのは、さすがに金持ってるな。
部屋を調べ、出入りする人間を確認。兄に比べて目立つ訳ではないが、パチンコするならこの人の隣がよさそう、という人柄が染み出ている弟と、しゃっきりスーツで元気よく帰ってくる女性1、あれ?今ドア開いたけど、誰かいたっ?というほど、空気のように存在感薄めの女性2。
女性1が弟の奥さんで、女性2が、中居の奥さんだろうと見当をつける。
中居のようなタイプは、しゃきしゃきした元気な奥さんより、やみくもに大人しい、黙ってついていきます、という奥さんが好みだろう。
「で?その本人は、出入りないけど、家にこもりっぱなしか、出っぱなしか、どっちなんだ?」

*****

「で?なんか解ったか?」
金曜日、家を出たら出っぱなし、出なければ入りっぱなしであることが判明した中居は火曜日よりも、ずいぶん早い時間に寒々しい事務所に登場した。
「はい、色々」
家出娘の捜査も並行してやっているが、それに比べれば逃げも隠れもしていない人間を調べることの簡単なこと。
「弟の剛さん。製造業にお勤めですね。会社規模は中小だけど」
「ちっせー工場だよ」
「そうですか?剛さんがいるのは本社事務所で、工場は地方ですね。肩書は営業課長さん」
「課長?」
「大勢の部下、という訳じゃないですけど、プレイングマネージャーとして、自分も動くし、部下たちも育てるしと忙しくされてます。出張もちょこちょこと」
「あ、そう…」
「社内の評判は上々。老若男女からよかったですね。課長になってから、まぁ、わずかではありますけど、会社の業績上がってます。下がってないだけで御の字のところ、増やしてるというのはすごいですねぇ」
「で?」
「で、って?」
「家にいない間、何してる?」
「残念ながら、同じ時間に家を出て、同じ経路で会社に行って、帰る時間はこの三日、まちまちですけど、寄り道もせずにまっすぐ帰って来てますね」
「誰とも会わず?」
「三日間見ただけだから、まぁなんとも言えないですけどね。誰と会ってると思われてます?」
「うちの…」
「…え?奥さん?うわ、すげー悪い顔」
一度現場を押さえかけたことがあって、でもそれ以来、家の中では気をつけてるみたいだから、外かなって」
「なるほどねー」
そりゃあ、リストラされて、日がな一日パチンコか競馬で、しかも勝てないだんなより(もちろん中居自身のことも調査済み)、真面目で、毎日朗らかに働いている義弟の方に惹かれるだろうなぁ、と思ったが、さすがにそれは黙っておく。
「じゃあ、自分で調べてみたらどうです?バイト前の研修として」
「はっ?」
「弟さん、奥さん、後、女子高生の行方、調べてみたらいいですよ」
「ちょっと待て。最後の女子高生、っていうのはなんだ」
「弟さん、奥さんは、練習問題みたいな感じで、女子高生は実施研修ですね」
「女子高生…!?」
「えーっとじゃあ…」
立ちあがって、中居の姿を見る。なんということのないダウンジャケットに、なんということのないパンツ。尾行をするのに格別問題があるファッションではなかった。
「…そのよどんだオーラが、いいものを遠ざけそうな気はするけど、まぁ、いいでしょ。女子高生を探す時は、悪いものがよってきた方がいいだろうし」
「勝手に決めてんなよ!なんだよどんだオーラって!」
「人は見た目が8割らしいですよ。よどんでるでしょ今。弟さんと奥さんは顔知ってるからいいですね。探してる女子高生はこの子。はい」
あちこちばらまくために持っているスナップ写真を渡す。
「ま、この子はどっかで偶然見かけたらよしってことで、奥さんか、弟さんから調べてみますか?」
「やらねぇよ」
「もうパチンコに行く金も無くなったでしょ。こんな早くからこの事務所に来るってことは。今、研修期間中ですけど、時給870円お出ししますよ」
「すくな!せこっ!」
「研修期間なんだから870円でも上等でしょうよ!」
こうして、我が探偵事務所は、初のアルバイトを雇うこととなった。

 

適当につづく


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