『必殺技の恋&重なる恋』
2011/1/28
「はい、じゃあカメラ。使い方解ります?」
「これカメラ?」
「あー、そうですよねー。いくつになっても少年心がときめきますよね〜」
世の中には、色々なカメラがある。カメラどころか、ビデオカメラだ。
「これ、ボタン型」
「ボタン!?」
「まぁ、こういうラフなカッコの時は使えませんけどね。後、ペン型。胸ポケットにイン。あ、胸ポケットないですね」
とりわけ中居が気に入ったのはボタン型のようだったが、横長のボックスにボタンがついていて、そのボタンを、シャツのボタンホールに通して撮影するというもので、動画、静止画に対応。
「すっげー…」
「これ、ボタンの色も変えられますから、シャツとジャケット、なんて時にいいですよ」
つまり、冬場では、上に来ているものが多すぎて、野外での撮影には向かない。
「で、まぁ、これが一番簡単でしょ」
「ケータイ?」
「携帯型カメラ。こう、話してるでしょ」
手の中にそのカメラを入れて、通話ボタンを押すと、通話してるっぽいランプが光る。
「それで、話しながらこう押すと」
「押す?」
「こうなります」
液晶ディスプレイに、不機嫌そうな中居が現れる。
「これ、喋りながら取るのはちょっと練習必要です。ていうのが、レンズが、側面についてるんで、指で隠さないという基本的な注意点があって。だから、慣れないうちは、90度横のものを携帯のカメラで撮るようにしといて、側面のレンズで狙ってるものを撮るのがいいでしょうね」
「へーーー!」
「じゃ、まこれで、奥さんの様子を調査してもらって。後これね、見かけたらこっちの女子高生」
「いや、調査って何を!」
「えー、だから。何時に家を出て、どの経路でどこに向かって、とかいうのを一週間ほどひっついて調査してもらえば」
「一週間!?」
「実際の調査になったら一週間じゃあすまないですよ!」
「おまえだって三日しか調べてねーだろ!」
「報酬も発生してないのに三日もよく調べてくれたって感謝してもらってもいいことです!ていうか」
ふふん、と、中居がよくやるように顎を上げて言った。
「無理ですかねー?家で寝てるか、パチンコ屋で負けてるか、競馬で負けてるかしかしてないような人には、難しすぎる課題ですかぁ〜」
「はぁ?」
ここでまた、この人は、ほんとにいいとこのサラリーマンだったのか、という凶悪な顔。
「家と職場の往復しかしてねーようなヤツを調べるなんか簡単だろ!やってやるよ一週間!」
「あ、家と職場の往復しかしてないのは弟さんです。奥さんはパートででかけてますけど、二人同時に張り付くのは無理だったんで、そっちはほぼ手つかずですね」
「なんだ、この脳なし」
「うわー…。脳があっても、体は1個なのに〜…」
「で?写真を撮って?」
「写真は、そんなばしばし撮らなくてもいいですから、何時に、どこ、という記録を取ってもらって。書いてもいいし、面倒なら、ボイスレコーダーに喋ってもらってもいい。はい、ボイスレコーダー」
「…腕時計…?」
「これ、面白いですけどね。こう」
腕にはめて、その腕時計に向かって喋ると録音が始まる。
「戦隊もの見たいでしょ?」
「やだよー!」
「変身できそうじゃないですか」
「やだって!」
「まぁ、でもこの腕時計でも、動画、静止画撮影できますからどうぞ。メモと、ペンと。このペンも、動画、静止画撮影できますし、録音もOKですよ」
「なんなんだよここ…」
こんな少年心をわっくわくさせる品々に囲まれているというのに、どういう訳か、とてもぐったりした様子の中居は立ち上がる。
「まぁ、二、三日で証拠押さえてくるよ」
「期待してます。時給870円の働きを」
「それ以上の働きするっつーの!!」
ばぁぁーん!
安普請のドアが外れそうな勢いで叩きつけ、中居は調査に向かった。
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そして、一週間。
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「あんまり写真も、メモもないですね」
携帯型カメラとパソコンをつなげて入っていた写真を眺めるが、一週間、継続調査した割には、少ない枚数だった。
「えーっと、奥さんは何をされてました?」
「…つまんねー生活だよ」
「つまんない?」
「朝起きて、えみちゃん、あ、弟の嫁さん」
「知ってます。しゃっきり美人」
「そう。と、朝飯作って、弟たちは仕事いくから、後の家事して、十時からのパートに」
「お仕事は何を?」
「医療事務。弁当持って行くから、一回病院入ったら、仕事終わるまで出てこなくて、出てきたら、スーパーで買い物して、家に帰る」
「真面目ですね〜」
「でも、一回だけ、病院に行かなかった日があって、こいつと…。あ、こいつ」
パソコンの画面には、男と二人、喫茶店にいる奥さんの写真が出てきた。
「おぉ〜。怪しいですね」
何せ、奥さんがニコニコしている。家を出る時も、病院に入る時も、スーパーで買い物してる時も、基本、さびしそうな顔の奥さんが、ニコニコ。
「弟さんだけじゃないんですかね?」
無表情にパソコンの画面を見ている中居に言ったが返事はない。
「この後、奥さんどうされました?」
「図書館によって、しばらく雑誌を読んでから、家に帰った」
「家では、何か話ししました?」
「別に」
中居の視線は、パソコンの画面に向けられたままだった。
「まぁ、ちょっと、誰と会ってたんだよ、とか聞きにくいですよね。えっとー、この人はですね」
とんとん、と、パソコンの画面を叩く。
「人材派遣会社の人です」
「…は?」
「奥さんが、登録してる、人材派遣会社の担当者。今後の仕事の打ち合わせ。そりゃ、愛想よくしますよね」
「え、なんで?」
「研修中ですからね、余裕があったら様子を見に行ってまして。気になったんで、調べただけです」
「派遣会社…」
「担当の、稲垣吾郎さん。派遣社員の方々に人気の人みたいですね。適性を見抜いて、派遣者と、会社とのマッチングをさせるのが上手いって。逆に、この人が担当につくのは、能力の高い人だということだそうです」
「へー…」
「他のでは撮らなかったんですか?ペンとか、腕時計とか」
「撮ったかな」
その中のペンのデータをパソコンに取り込んでいる時、一枚の写真が目にとまった。
「あれ?」
「ん?」
「この写真、どこで撮ったか覚えてます?」
「どれ?…なんだっけ、これ。でも日付つけてるだろ?」
「一昨日の夕方四時半…」
「じゃあ、あいつがスーパーを出た後かな」
「スーパーって、どこでしたっけ?」
「ここ」
地図を出してくると、中居がスーパーの場所を示す。現在、中居が住んでいる弟のマンションまで、200mほどのところだった。
「なるほど」
「何が?」
「すいません。ちょっと気になって」
腕時計のデータも取り込んで、さて、と、ソファに深く座り、体の前で手を組み合わせた。
「どうしましょう?」
「どうしましょう…?」
初めて、中居の顔が不安そうなものに変わった。
どこへともなくつづく
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