「『その町のジジイは、やけに元気だと言う』」
「は?」
お台場フジテレビのスタジオで、木村は目をぱちぱちさせた。
「そ、『その町のジジイ』?」
「その町のジジイ」
中居は、それに対して重々しくうなづく。
「何を、言っている、の?」
「映画」
「映画…」
「映画の、コピー」
「その町のジジイは、やけに元気だと言う、が?」
「うん。どう思う?」
「どうって…。その、映画のこと?」
「こういうコピーの映画って、どう?」
「斬新なんじゃない?気になるよね、なんだよ、ジジイって、って」
ふむふむ。
中居は、何度かうなずいて、その場を去ろうとした。
「待て待て待て。なんだそれ!」
「あ?」
振り向いた中居は、一体俺に何の用があるんだ?と、心から不思議そうな顔をしている。
「いやいや、それだけ言い捨てて放置かよ!」
「どっちかというと、Sっ気が強いかなーって俺なので」
「どっちかって言わなくても、ドSだろうがよ!」
そのまま、結局中居は部屋を出ていってしまい、木村は放置された。
「…ドS…」
「あ、木村くーん」
楽屋を出た木村は、吾郎とすれ違った。
「中居くんが、何かうわごと言ってたけど、あれ、何?」
「うわごと?」
「ジジイがどうのこうの」
「あれ、何だ?映画とか言ってたけど」
「うん、映画って。中居くん、ジジイ役でもやるのかな」
「はー…」
深々と木村はため息をつく。
「変に似合うからなぁ〜」
「似合うねぇ、やけに元気なジジイ」
木村の脳裏を、ぷるぷる震えながら、持ってる杖で、あっちこっちぶっ叩いている、間寛平風の中居が横切っていった。すごいスピードで。
「でも、面白いんじゃない?中居くんって、普通の作品多いし」
「普通?」
「まぁ、ちゃんとしたっていうか」
「そうだよなぁ。でも、だからって、何もジジイじゃなくてもさぁ」
「あっ、ごろちゃん、木村くーん」
慎吾が入ってくる。
「何あれ、ジジイってさー」
「ほんとに、どこででも言ってんだな!なんだよ、ジジイって!」
「そういう映画をSMAPで撮っては?という話が来ている」
収録後、全員残るように言われたSMAP下四人を前に、中居は言い放った。
「おまえは事務所側の偉いさんか」
木村のまぜっかえしは、きろり、と、厳しい目線で黙殺される。
「ジジイ映画?SMAPがジジイになる映画?」
慎吾はべったりとテーブルに突っ伏して、顔だけあげている。
「それ、斬新だよね。SMAP五人で映画なんて、これまでないに等しいし」
「シュートがあるじゃん」
吾郎の言葉に剛が言うが、あれは『アイドル映画』だからね、と、答えられた。
「でも」
木村は、中居の目の前で尋ねる。
「SMAP五人で映画なんて言ったら、こう言っちゃなんだけど、大ニュースだろ」
「その通り」
ぴっ!中居は手にしていたペンで、木村を指差す。
「だったら、スーパーマネージャーが出てくんじゃねぇの?」
「その通り!」
「…でも、出てきてない。…て、ことは?」
「てことは?さぁ、どういうことだ」
中居は、ごくごく普通の表情だった。とりわけふざけてる風でもない。あえて言えば、仕事中によく見る感じの顔だ。
「どういう…」
「ミッチーが出てこない、ってことは…」
下四人は、ぶつぶつとつぶやいた。最初に顔をあげたのは、木村。
「…非公式」
「正解」
「えっ!非公式に、SMAP五人での映画なんて話が来てんのっ?」
この場合、『非公式』とは、事務所を通さず、中居が個人的に聞いてきた、ということを指す。
「それ無理だよ、中居くん!」
「待て待て」
中居は、とにかく冷静だった。
「例えば、SMAP五人で映画をするんなら、こういうのはどうだ?という程度の話だよ」
「それってー」
吾郎が、椅子に座りなおす。ゆったりと背もたれに体を預けた様子は。
『なんか腹立つ…』
と、慎吾に思わせるに十分だ。
「世間話、ってこと?」
「まぁ、そうとも言う」
「世間話で、僕ら全員、残す?」
ぴしりと、中居と吾郎の間に、視線が交わされる。
「世間話だよ」
え、何、え、何、その二人の間を、木村と、下二人がきょときょとする。
「これってさぁ」
割って入りたいので、木村は特に考えもなく口を挟む。
「要するに、ナイショってこと?」
「いや、だから世間話だって」
「世間話で、映画。SMAP五人で?」
「どういうのやりたい?って話をしようかなーと思ったんだな。で、こういうコピーの映画があったら、SMAPは出演OKする?」
「ジジイは元気いい?」
慎吾はまだ突っ伏したまま言う。
「『その町のジジイは、やけに元気だという』」
「なんか、ハートフル映画な感じ〜。単館上映で、ちっさい映画祭とかで、賞貰う感じだねー」
慎吾は、自分の思うストーリーをざっと話し出した。
オープニングは、一人の老人から。
自宅に一人いるだけで、家族はもういない。最初からいないのかもしれない。
一人ぼっちの老人は、若かった頃のことを思い出す。
幼馴染たちのことを。
「それでー、まぁ、懐かしい時代のことを思い出したり、現在のことが出てきたり、色々交錯する感じで、ともかく、『いい話』なの。そんなんじゃない?」
慎吾はぐるりと四人の顔を見た。
「その一人の老人は、んー、俺、かな?で、子供の頃は、俺ら五人が幼馴染で、年はちょっとずつ違った。舞台は、中途半端な地方都市。いや、自然のある場所の方が、画にはなるんだけど。ありきたり感を乗り越えられたら」
「難しいね」
吾郎が、これまで見た様々な映画を思い出しながら言う。
「今どき、自然豊かな田舎なんて、むしろ嘘っぽいかもしれないけど、その嘘っぽさで押す、って言う方法もあるしね」
「んー、まぁ、舞台はいいや。幼馴染はね、ほんとに仲良しだったんだよ。学生時代はずっと地元で、一緒にいて、高校卒業のあたりで、進路はいろいろに分かれてくね。その頃、もめた二人がいた」
慎吾は顔を上げた。
「原因はなんだかよく解らないけど、ここはもちろん、木村くんと中居くんでね」
「俺らかよ!何でだよ!」
「そりゃあ、喜ぶ人が多いからだよ!SMAPが五人で映画ってだけで、そりゃあもう、大騒ぎさ!その中で、どうやらツートップの間には何か確執があるらしい、なんてことをちょっともらして〜」
「いや、それなら黙ってるほうが」
腕組みしながら聞いていた中居が言う。
「SMAP五人なだけで大騒ぎだ。だったら、それ以上情報は出さなくていい。実際見に来た人がひっくり返って、周り中に言いふらして、何度でも足を運ぶようになればいい」
「「「「中居総合プロデューサぁ〜〜」」」」
ふっ。
中居は軽く片手を挙げる。
「その程度のこと、誰だって解るだろ」
「カッコいー…」
四人の心の中に、『抱いて!』の文字が躍る。
「あ、まぁ、だから、二人は揉めたんだよ。そのまま、地元を離れたかなー、その二人は。社会人になって、ますます幼馴染たちの道は離れていくんだけど、ちょうど、今、どんぴしゃくらいの時に、なんかあるね」
「リアル年齢に近いと、やりやすいしね、色んな意味で」
「そうそう。…ねぇ!ごろちゃんは色々考えてくれてんのに、何つよぽんはぼーっとしてんの!」
「えっ?いや、ジジイって、何かなぁって」
「だから!今、俺が、こんなじゃないのってゆってんじゃん!」
「だって、それ、別に正解じゃないんでしょ?」
「あーもういい、つよぽんはね、つよぽんは、すっごい平凡な人生を歩んできた男にする。公務員とかで」
剛は眼をぱちぱちさせ、反論しようとする。しかし。
「公務員だからつまらないって、それはー」
「突っ込みどころ、そこかよ!じゃあ、つまんない公務員なんだよ、つよぽんは!」
え〜〜、と緊張感ない剛をきっ!と睨み、慎吾は言い放った。
「結婚して、子供は二人。もう定年だけども、熟年離婚目前!」
「ひでー!」
「子供たちは奥さんの味方。ペットのタマさえ、奥さんの味方だ。何をしたのかっていうと、別に何もしなかった。そう。つよぽんは、何もしないまま、生きてきたんだね。むなしーー」
「なんで俺そうなんだよーー」
「でも、吾郎ちゃんは違う」
「え、そうなんだ」
にこ。
吾郎はまんざらでもない顔をする。
「ごろちゃんは、結婚してないの。独身で、めちゃめちゃモテる」
「なんでごろさんばっかりー!」
「若い頃に、大恋愛をして、それが悲恋に終わって、そのまま結婚してないの。ずーーーっとその人が好きなの」
「いいじゃん」
ますます笑顔が大きくなっていく。
「そこはね、韓流映画風にね。それだけで映画作れるよ!的な大純愛悲恋を、さらっ!と描く。吾郎ちゃんは、すごく辛かった。死んだんだろうね。死んでくれなきゃ、話にならないからね」
「そこはお約束なんだ」
「死んでなかったら、今どき諦めるの難しくない?他の人と結婚したとか、海外行ったぐらいじゃ無理でしょ。そこは死んでもらっといて。でも、吾郎ちゃんは、いつも微笑んでる感じのキャラなのよ。昔からね。それで、人当たりもいいからってんで、めっちゃめちゃモテる。でも、誰ともおつきあいしないんだなー」
「女友達は多い感じな」
木村が言って、慎吾がうなずく。
「そのあたり、現実の吾郎ちゃんとかなりオーバーラップさせてます」
「すごいよな、吾郎!」
中居も入ってきた。
「女の子っちだけの飲み会に、へーきで行けるし!」
「あれすごい!」
SMAP男子四人は本当にびっくりするのだ。
いやいや、僕も男子です、な吾郎だが、唯一兄弟の中に姉を持つ男なので、女性への馴染みは深い。
「別に、友達だから、男でも、女でも、関係なくない?」
「なくないよーー。女の子っちいたら気になるよーー」
「なるよなぁ〜!」
同意した木村を、中居は顔をしかめてみる。
「女の子っちに、平気で下着プレゼントできる男が何言ってんだよー!」
「そーだよ、木村くん!」
ここに、O型女の子っちとの距離近っ!チームと、A型女の子っちどころか、男の子っちにも心閉ざしがちですチームの対立が勃発。
しかし。
「まぁ、下着をプレゼントするっていうのはどうかと思うけど」
「てめ、吾郎っ!
「えー、ごろちゃんもプレゼントしそうじゃなーい」
吾郎は小さく微笑んだ。
「まぁ、その時、その人にプレゼントするのに、一番相応しいものは下着しかないと思えばプレゼントするけど」
「あーあーすみませんね!ワンパターンですみませんっ!」
そこで、O型女の子っちとの距離近っ!チームの間に亀裂が入った。
あ、今、4対1だ。
吾郎は、正しく空気が読める男なので、この不穏な空気を察知するやいなや、話を元に引き戻した。
「まぁまぁいいじゃん。どのように僕がモテるのか聞いてくれても」
「こいつ、むっかつくー!」
「ささ、語って、語って。どうぞ、慎吾さん」
「うぐぐ・・・!」
しかし、このやな感じは画面に出したくない。慎吾は、この全身から湧き上がるムカつきを精神力で押さえ込んだ。
映画の中の吾郎は、こんなムカつく男ではないのだから。
「女の子と知り合うチャンスが多い、ってことで考えるとー、例えは女子高の先生?なんて思ったんだけど、それじゃ生々しいじゃん」
「あーー。それで、何もない訳がない」
木村は心から憎々しげに言う。
「でもー、女の子と知り合うっていったらー…。あ、そもそも女の子、じゃなくていいもんね。女の人が来る、んーー……」
ぽん!
慎吾は手を叩いた。
「お店。喫茶店?いや、飲み屋、バーだな」
「あ、いいねー、バーのマスター」
吾郎は、うふふん、と、本当に得意げになる。
「ワインバーとか」
「それは違う」
しかし、きっぱり慎吾は言い切った。
「地元に昔からある、古いバー。吾郎ちゃんの、おじいちゃんがやっていて、古くて、ちょーーー!カッコいいの。ちょーーーーっっカッコいいバー。若造なんかいけねーって店で、でも、俺らは、幼馴染だから、こそっと入れてもらったことがあってー」
「あー、うん、いいな、それ」
「地元の店なんだけど、小僧は行けないの。自分のオヤジくらいでも、なかなか難しい感じ。吾郎ちゃんのおじいさんがやってた頃はね。吾郎ちゃんになってから、敷居は低くなってんだけど、おしゃれ度はさらにアップだよ。吾郎ちゃんに憧れてるOLさん…、いや、キャリアウーマンかな。キャリアウーマンとか、何かなしえた女の人たちが、新しく服を買ったら、まずそこに来ていく、みたいなね。これ、どう?って。そこで、なんか上手いことゆったりすんだよ、吾郎ちゃんが!」
「「むっかつくーーっ!」」
木村と中居に言われても、吾郎は気にしない。実際、上手いこと言うであろう自分が目に浮かぶ。
「そこに、大人になった幼馴染たちは来てたんだろうね。つまんない公務員のつよぽんはあんまり来てなかったかもしれないけど」
「行くよ!俺も!」
「えー、いいのかなぁ〜」
吾郎は、うふうふ楽しげに笑う。
「バーのオーナーで、モテモテで」
「幸せそうにしてるんだよ、ごろちゃんは。実際、幸せ、なんだね。ずっと彼女のことを想っていて、何かする時や、決めなきゃいけない時、彼女がどう思うか、ってレベルじゃなくて、相談してんだよ。ずっと彼女と一緒で、ずっと幸せ。やっぱ、幸せオーラって人を引き寄せるじゃーん」
うっとり、と、両手をお祈りの形に組み合わせて、慎吾は天を仰ぐ。
「えー、いいのかなぁ〜。僕ばっかりそんないい役で♪」
「うん、いいのいいの」
慎吾と吾郎はお互いに見つめあい、微笑み合う。
「どうせ、ちょっとしか出ないから」
<つづく>