その町のジジイは、やけに元気だという



「えーーっ!」
「シュートのブラジル帰りぐらいしか出ないから」
「それで、悲恋とかってどーすんだよー!」
「そこのね、数分には」
「数分っ?」
「数分には、スタッフキャストもてる力をすべて出し尽くすよ。そりゃあもう、その数分のうちに、客席号泣。しばらく、えっくえっく、ってなるくらい。鼻水だーだーなるくらいの映像を、数分間で作り出す!」
ぎゅう!と握った拳を慎吾は高々と突き上げる。
「映像美の極致を目指すっっ!」
ぱちぱちぱち!
思わず拍手をしてしまった一同だった。
「なんだそれ。吾郎、すげーいいじゃん」
その映像美の極致を想像し、木村は悔しそうだ。
「それで、いつ出てくんの、俺らは」
「木村くんと中居くんはねぇ」
「なんで揉めたの」
「金」
「金っ?」
あまりの言葉に、木村の声はひっくり返る。
「か、金?」
「金。そりゃあ、もめるったら金」
「金って…。普通は、三角関係とか…」
「そんなことで大人は揉めない」
「いや、揉めるだろ」
「今時恋愛ごときで長く付き合った友達と疎遠にはならない。残念ながら、今、『恋』にそれだけの威力はないね」
「おまえ、誰なんだよ!」
「香取監督だよ!」
香取監督は、今時恋なんて弱い、と断言する。
「吾郎のは悲恋だっつったじゃん!」
「ありえないほどの純愛じゃない限り、弱いんだよ!弱いんだよ、木村ちゃーん!」
「誰なんだよ、こいつ…」
香取監督は、映画畑というよりも、テレビから上がってきた人物のようだった。
見える…。
木村の目には、慎吾の肩から、たらーんと下がるニットの袖が見えた。
「二人はね、木村ちゃん」
足元は、もしかしたら靴下を履いていないかもしれない。
「一緒に会社を興したんだね」
「高校卒業した頃もめたつったぞ」
「…。じゃあ、高卒で仕事始めたんじゃない?うん。それでいいや。知識がなかったんだねーって言う辺りも使えるし。そう。高校卒業して、地元で一緒に仕事を始めた。んだけど、若いし、まだ遊びたいし、一人が金持って逃げる」
「ど、どっちが!」
木村が立ち上がる。慎吾は、そちらと、中居の方を見て。何度も見て。ついに頭を抱えた。
「えーーーーっっ!どっちーーっ?」
「知らねーよっ!」
「うわー、うわー、どーしよー…!」
慎吾は悩んだ。
とてもとても悩んだ。
「二人が対立関係にある、というのは喜ぶ人が多いからいいんだけど、これまで何度もそんなことやってきた…!大体、木村くん対四人って構図だったよ。当時は五人だったけど」
「えっ?それってドラクエとか聖闘士星矢とかのことっ?」
「木村くんは、青レンジャーだし、木村くんは、コンドルのジョーなんだよなーー。悪っぽいキャラが多かったんだよなーー、でもなーー」
頭をぐしゃぐしゃとかき回しつつ、もう一度慎吾は二人を見た。
「どーーーーー見ても…!どぉーーーーっっ!見ても!」
慎吾は中居をひたっ、と見据える。
「悪く見える!」
ガッツポーズ。
木村は立ち上がってガッツポーズだ。
「なんで俺だよ!指さすな!」
「いたっっ!」
自分に向かってのばされた指を、中居はたたき落とす。たたき折る!勢いで。
「だって、悪いじゃん!」
「うん、悪い」
「悪いね、中居くんね」
「何を口々に言ってるか!」
「心配しなくても大丈夫だよ」
吾郎は、心の底からしみじみ言う。
「全然いい人キャラじゃないから」
「何だとーっ!」
「そうだよね。中居くん、いい人とか言われてたの大昔だよね」
「自分こそが元祖『いいひと。』みたいな顔すんな!」
「だって、僕って、まだいい人じゃない?基本的には」
「つよぽん、ぷっすま以外だといい人じゃない?」
「がんばった人大賞以外だと、そこそこいい人だよ、こいつ」
そう言った木村を中居は睨みつける。
「もう長いことやる気ないキャラですー、ふざけてるキャラですー、キャンペーン張ってんだから、悪い役の方が似合うに決まってんじゃん、中居くんなんて」
「張ってねぇよ!」
「もう十年くらい絶賛キャンペーン中な気がするねぇ」
「だから張ってねぇ!」
吾郎が殴られなかったのは、二列に並んだテーブルの後列にいたからに過ぎなかった。
「結構悪い役多いし、そういうイメージは…。あ、そっかぁ」
香取監督は舌打ちする。
「ていうより、もう悪いイメージの方が強いから、悪い役は見あきられてるかなぁ〜」
「悪い天才は見あきられてるかもねー」
手が届かないのをいいことに、好き勝手言う吾郎は、雑誌を投げつけられた。
「あぶなっ!当たったらどーすんの!」
「当たるように投げてんだよ!」
「だからってなー」
そんな騒ぎは、香取監督の耳には入らない。
「木村くん、悪い役、似合わないんだよねー」
「似合わないねー」
吾郎もしみじみ言う。
「ごめんな。悪役演じられるような人物としての深みがなくって…」
「そんな!」
慎吾はとても驚く。
「そんなまるで中居くんに人物としての深みがあるみたいに!」
「あるっつーのっ!」
「うーん、困った困った。ただ、木村くんには悪いっていうのがあんまり似合わないしなーー、うーーーーん…」
香取監督は長考に入った。
お茶飲まない?お茶。ハーブティー。と吾郎がいい、うえーー、やだーーと木村と中居から嫌がられ、俺飲むよ!ごろさん!と剛が言い、あ、なんか差し入れでカップケーキあったぞ、流行りのやつと、木村が持ってくる。
そして、八個入りカップケーキが全部なくなった頃。
「そうだよ!悪いんじゃない!…弱いんだ!」
「何が?慎吾の頭?」
「頭悪いと、頭弱いだと、弱いの方が可哀想な感じするな」
ひゃはは!と、柄悪く上二人が笑う。
「そう。二人は、それぞれに弱い…!」
しかし、香取監督はそんなことは気にしない。
「きっと、一気に軌道に乗ったんだよ、商売は。何やってんだかしらないけど、まぁ、店?いや、一応会社がいいな。会社、町工場…、まぁなんか会社を二人でやって、どん!と一気に当たった。お金が急に入ってくる。弱い中居くんは浮かれた」

明るいが、あっ、かるーい!に直結する性格の中居は、とにかく友達が多い。中でも、幼馴染の木村と仲がよかった。木村は、きっちり真面目。試験前には、散々中居の面倒を見てきた。
二人が同じ高校にいけたのは、奇跡だといわれている。実際には、木村が、相当!ランクを落としたからこそ実現したのだが。その頃から、中居は、どうせ大学なんか行けないんだから、ちゃんと就職した方がいいよ、と言われていた。
「えーー、やだよー、就職とかめんどーい!」
「面倒とか言ってられないだろう」
当然、大学進学をするはずの木村は、追試を食らった中居の面倒を見ながら言う。
「だって、俺にできる仕事なんか、あると思う?」
「んー。接客業とか?」
「ショップ店員なんか立ちっぱじゃーん、疲れるよーー」
「疲れない仕事なんかない」
「だって、木村、大学いくべー?それで四年遊ぶんだろー?ずりーじゃーん!俺も四年遊ぶーっ」
「大学には勉強しにいくんだっつーの!」

「当然ながら、この中居くんは短ランです」
「うわああ」
木村から悲鳴のようなつぶやきが零れる。
「え、でも、オーバー35で短ランって、コントになるよね」
吾郎は、時にとてもストレートだ。失礼、といえるほどに。
「なめんなよ?」
それに対して、香取監督が言い切った。
「昨今のCGなめんなよっ?」
「CG使うのかよ!」
「現代CG技術を駆使して、オーバー35を見事17にしてみせる!いけ!CG班!」
香取監督の目には、ピクサーばりのCG班が見えているのだ。
「あ、ピクサーだとフルCGになっちゃうか」
「中居くんにはそれくらい必要かもしれないけどね」
「おめーがブラジル帰りの頃にそれだけのCGがありゃあよかったなぁっ!」
「とにかく!映像のことは心配しないで。CGさえありゃなんとでもなるから。ともかく、短ランね。木村くんは普通の学ランだよ。はい続き!」

「なぁ〜、一緒に就職しよーぜー」
「一緒にって」
木村は、教科書を叩く。
「ずりーよぉー」
「ずるいもなにも、おまえ、この追試通らなかったら就職はおろか、卒業できねーよ?」
「それもいいなー」
「いいから、ちゃんと聞け」
しかし中居は聞かずに、机に突っ伏す。
「なんかさー、なんだろ、俺運送屋とか似合うべ」
「…なんでヤンキーってすぐ車系行くかな」
「長距離は荷物もでかくなるから、近場がいいなー」
「どんだけ怠けもんだよ」
「木村も、車好きじゃーん」
「俺は、バイクの方が好きなんだっつーの」
「あぁ」
中居は、木村の手元の教科書を、ぽいと放り投げる。
「ちょっと」
「バイク便でもいいや。すぐ届けますって言うやつ。男前がすぐ届けます。どう?」
「どうって。教科書拾って」
「数学なんか、もうこの先一生お世話にならないからいいじゃん」
「商売するつもりならいるだろ、数学」
「そりゃ算数でいいだろ」
「別に知ってて損にはならないんだからぁ!」
床に落ちた教科書を拾った木村に、中居は言った。
「木村が知ってりゃそれでいいよ。じゃ、高校卒業したら、一緒にバイク便な」
「…」
「な」
明るいが、あっかるーいに直結する中居は、三人兄弟の末っ子。甘やかされ、可愛がられて育ってきた。教科書に覆いかぶさるようにしながら、下から木村を見上げる。
「なぁ〜?」
「…解った解った。教科書見ろ」
「え!だってもういいじゃん!ちゃんと高校出られなくても!」
「なんで!」
「だって、木村と会社すんだから、別に俺いいじゃん。だいじょうぶだいじょぶ!」
起き上がって、バンバン木村の肩を叩く。
「配達と、営業は俺がやるし!木村は、配達とー、経理とー、何?なんか、他のことやってくれればいーから!」

そして、二人はバイク便を本当に始めることになった。
木村は、通信制の大学に所属しながらの起業だ。
地元ではそれなりの有名人だったので、二人のバイク便は繁盛した。地元限定の値段の安さ、フットワークの軽さが当たったようだ。
人との付き合いも増える。
現金が入ってくる。
前途は洋々に見えたが。

「ここで中居くんが、ギャンブルだかなんだかにはまるんだね!」
「マジかよー…」
「あっ、軽ーい、のは、性格だけじゃなくて、頭もだから。よーするにバカ!だから。バカが金持ってるっていうんで、悪いやつに手玉に取られてあっという間に借金地獄」
イキイキと心から楽しげに香取監督は語る。
「どうしよう、どうしようと、軽いばっかりの頭で色々やるけども、打つ手打つ手、全部裏目。最後には運転資金を持って逃走」
「やだよー、俺〜…」
「この弱さね!目の前にあるものが見えなくなりゃそれでいい!っていう弱さ。全然それはなくなってないのに、ひたすら目を逸らしてただ逃げる。逃げて行き着く先は、東京だろうねー。キャバクラのおねーちゃんとこにもぐりこむとかね。ヒモだねー。テキトーなこといって、転がり込んでねー。くっだらない日々を過ごすわけよ」
「さいっあく…!」
「そして、運転資金を持っていかれた木村くん。それだけならまだしも、中居くんの借金の連帯保証人にされ」
「ありがちだろそれ!」
「リアルね、そこはリアルにだよ、木村くん。当然、会社は持っていかれる。会社をたたんでも借金は残った。大変だー、木村くんはもっともっと働かなきゃいけない」
「おもてー…」
木村もがっくり。
「でも、木村くんも弱いんだよ。許せない弱さっていうのかなー。借金はあるんだけど、中居くんがあっさり逃げたことが逆に幸いして、額はそれほどでもない訳。気にせずってのはともかく、一度帰ってこい!っていうのはいえないんだねー。中居くんは、謝りに帰る度胸がない。木村くんは、帰ってこいっていう懐の深さがない。そんなどっか弱い二人なんだねー」
うんうん。
それぞれにキャラがついた、と、香取監督はとても満足そうだ。
「だから、まぁ、中居くんが戻ってくるあたりが一つのクライマックスになるかなー」
「それはもうCGじゃなくてね」
吾郎は中居を見ながら言う。
「そうね。もうCGじゃなくて大丈夫。リアルしょぼくれで。リアルちゃら男で」
ひゃはは!楽しげに香取監督は笑ったが、そこに中居総合プロデューサーの冷たい声がした。

「で。なんでその町のジジイは元気なんだ?」


<つづく>

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