その町のジジイは、やけに元気だという



うっ。
慎吾の動きが止まる。
あれやこれや楽しく考えてはいたものの、スタート地点を見失っていた。
「え、えーーーっとぉー…」
ぐるぐるーーっ。慎吾は頭を逆回転させる。このストーリーのスタート。一人の老人が黄昏ていて、それは…。
「そのジジイは、これから、仕事に行くところ!」
「えっ?」
「夕暮れの中、ジジイは物思いにふけっているけど、その時間は、せいぜい五分、十分。あ、ちょっと仕事に行くには早いなーと思ってただけで、ふと、思い出したんだね」
「仕事してんだー」
「だって、吾郎ちゃんだって、バーのオーナーで仕事してんだよ。多分、俺らがジジイになる頃って、みんな働いてんじゃない?」
「慎吾が社会派だぁ〜」
借金を背負わされ、イヤでも働いていなければならない木村はぐったり気味。
「だから、定年とかなくなってー、死ぬまで働くんだよ。で、ジジイ元気。俺はね、えーっと夜からの仕事でー…。あ、あれいいな。ナイトホスピタルのお医者さんとか」
「ナイトホスピタル?」
「なんかねー、そんなドラマなかった?夜から診療する病院なんだよ。ほんとは、ないんだって。でも絶対そういうのできると思わない?普通の病院が、九時から五時までやってて、その後、夜七時から、朝六時くらいまでやってるとか」
「いいね。いつでも病院いけたら便利じゃない」
吾郎様は芸能人なので、その上、SMAP様なので、行きたいといえば、多分、どの時間帯でも病院は見てくれるだろうが、一般的にはそうでないことくらい知っている。
「で、僕は、そこの医者!妻とは数年前に死別。娘がいたけど、外国人と結婚して海外に。離婚の危機など一度もなく、娘とは毎日メール交換。今は孫ともメール交換」
「なんで慎吾ばっかいい感じなんだよーっ!」
熟年離婚予備軍、剛は不服気だ。
「で、そうやって、ナイトホスピタルに行くんだけど、その前に、ちょっと吾郎ちゃんのバーに寄るのよ。飲まないよ?そこで、時々晩ご飯食っていったりすんのね。もうラストきたよーー。そのバーのドアを開けると、いるんだよ。みんな。離婚直前のつよぽんも、帰ってきた中居くんも、受け入れた木村くんも。ふっと若い頃の映像とオーバーラップしてみたりもしてね。でも、もうジジイで、でも、元気なの」
ふー…。
香取監督は、見事撮り終わった、という余韻に浸る。
「ラストシーンは、その店を出ていくところかな。僕は病院に、つよぽんは冷え切った家庭に、木村くんと中居くんはー、…まぁ、また会社でもおこしたかな?一緒に帰ってけばいんじゃない?吾郎ちゃんは、いつでも来られるように、そこにいる。そんなラスト。『その町のジジイは、やたら元気だと言う』」

「いいんじゃねぇ…?」
借金を背負わされれたとはいえ、確かにヒューマンの匂いがしてなかなかじゃないかと木村は思う。
「確かに」
中居もうなずいた。
「思わず聞き入ってしまった。これは、SMAP五人で映画をする、ということが実現したら、その第二弾にしてもいい」
「第二弾!てことはシュートの後にこれを!」
香取監督の目が輝く。出演、監督もいいな!と思う。
「いやいや。だから、シュートはアイドル映画だからカウントされないんだろ?」
「それも失礼じゃないの。シュートの監督さんとかに」
「まぁまぁ。だから、それだと、『その町のジジイはヤケに元気だという』の、『その町』が生かされてない」
「話戻った!」
「慎吾の話は、普通にいい話だ。今後残しておいてもまだいける。大事に育てていこう。だが、今回はやはり、『その町のジジイはヤケに元気だという』というコピーなんだ」
もう誰も、なんでそのコピーなんだ、などと聞くことすら忘れていた。
「このコピーは」
中居総合プロデューサーは、このコピー!と、ホワイトボートを叩く。ばあん!と叩く。別にそこに何が書いてある訳ではないのに、四人には、そこにそのコピーが見えた。

「…SF映画に使われる」

その町のジジイは、やけに元気だと言う。
そんな町の役場に、木村拓哉は中途採用されてきた。
「住民課に配属になりました、木村拓哉と申します。よろしくお願いします」
丁寧に挨拶をした木村は、しかし、ある目的を持ってこの町に送り込まれたものだった。
「よろしくお願いします」
迎え入れた住民課には、国からの人事交流でやってきている稲垣吾郎がいる。
「とりあえず、最初は住民票交付の担当になってもらいますね」
「はい」
そうして、木村は、直接住民と接触する仕事に就いた。
「こんにちはー」
その木村が座るカウンターに、まず最初にやってきたのは、地元の専門学校に講師として赴任してきた香取慎吾。
「はい、こんにちは」
「転入届、お願いしまーす」
「はい」
受け取った書類には、記入枠を大きくはみ出している元気な字が躍っている。
…相変わらず、子供みてーな字…。
教わったばかりの手順で処理しながら、一緒に申請されていた住民票を渡す。
その下には、小さなメモが貼り付けられていた。

「あ、木村くん」
役場の食堂は、ややしょぼくれているが、味はなかなかよく、値段はかなり安い。
「どうも、稲垣さん」
「今日はね、B定食が結構おすすめですよ」
「へー」
懐かしい雰囲気の食堂は、カウンターの中で大勢の人が働いている。食券を買って列に並ぶと、定食ですか?と声をかけられた。
「はい」
「定食はこっちでーす」
カウンターの中から、おっとりした雰囲気の男が手を出している。
「お願いします」
ぽん、と掌の上に、食券を置く。胸の名札には、『草g』と書いてあった。
「今日のB定食はカレーなんですけど、これ月に一度なんですよ」
先にトレイが出てくるのを待っている稲垣が言う。
「カレー定食って珍しいですね」
「普段もカレーあるんですけどね」
「お待たせしました。これはですね」
草gがまず稲垣のカレー定食を出してくる。
「うわ!」
「すごいでしょ」
稲垣は我が事のように得意げだ。
「本格的なカレーなんですねー!」
「今月は、インド風チキンカレーにしてみました。もちろん、ナンで」
「すごーー」
「草gさんがこられてからですよねー」
「はい。まだ半年なんですけどね。月一で作らせてもらってます」
すぐに木村のも持ってきてくれる。
役場の食堂らしからぬ、本格的で複雑なスパイスの香り。ぱりっと焼けたナン。ラッシーもついてくる。
「うまっそ」
「ごゆっくりお召し上がりくださーい」
にこにこと笑顔の草gから、木村はトレイを受け取った。
ナンの皿の下には、小さなメモが入っていた。

「はい、どーしましたー?」
その日の仕事を終えて、木村はまっすぐに病院に向かった。なかなか珍しい、総合個人病院。内科と外科ぐらいが一緒の病院はいくらでもあるが、歯科、眼科、内科、外科を一人で扱う病院はめったとない。
「ちょっと歯が〜」
「歯ですねぇ。中居先生〜、歯科です〜」
看護婦さんは、生まれついての婦長です、という恰幅のいいおばさん。
「はい!どうぞ」
「どちらに?」
受付の奥から声はしたが、どこに行けばいいか解らない。これだけの診療科目があるなら、診察室もそれごとにあるのかと思ったのだが。
「あ、そこです」
受付のすぐ隣にある、単なる木の扉。よーく見ると、『診察室』というプレートが上にかかってはいる。消えかけているが。
「…歴史ある病院なんですね」
「病院になったのは、最近なんですけどね」
生まれついての婦長さんは、どうぞお入りくださいと、手で合図している。
「はい。失礼します」
「はい、どうしましたー」
古めかしい診察室の中には、白衣の男が座っている。
「き、基地?」
そのコンパクトな診察室の中は、コクピットのようになっていた。基本的に座る椅子が歯科治療用のもの、というのはどうだろう。
「こ、これー…」
「なんでもないときは、こっちの椅子に座っていただくんですけどね。歯でしょう」
こっちの椅子、とは、どこにでもある丸椅子だ。これまた古めかしい。
どうぞどうぞ、と座らされ、いきなり倒される。
「わわわっ」
「歯ですよねー。どこが痛いですかー?」
「いやっ、普通問診とかあるんじゃないですかっ?」
仰向けにされ慌てる木村に、中居医師は、しー、と、口元に指を立てる。
「…なんでリアルに診察しようとすんだよ…」
「今日はまだ患者さんが来てない…」
「一人も?」
中居は、黙ってうなずき、治療用のドリルを手にする。
「ちょ…!待て待て…!」
「やっぱりおかしい」
治療用の音だけをさせながら、中居は不思議そうに言った。

中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、草g剛、香取慎吾。
彼ら五人は、その町で起こっている不思議な現象を調べるためにやってきた。


「わぁ。何それ!」
慎吾が目をキラキラさせる。
「カッコよくないっ?」
「カッコいいだろ」
中居は、クールな表情で答えたが、結構嬉しい。結構ウッキウキしていた。
「ハリウッド娯楽大作風だねぇ」
吾郎も楽しそうだ。
「オーシャンズ11風にもできるし、ミッションインポッシブルでもいい。やろうと思えば、社会派にもいけるし、SFって言うなら、なんだろ。寄生獣みたいな?憑りつかれるみたいな。あれは映画にはなってないかも、だけど」
「なんかー、また僕、余った役みたいじゃない?」
食堂のお兄さんとして配置された剛は少々不服そうだったが。
「その町のジジイは、なぜか元気なんだ♪」
対する木村は、当然のごとく主役位置な上、ワクワクする観てても楽しそうな感じに大変満足している。
「それは、やたら、元気なんだ。つまり異常に元気がいい。を調査するために、俺たち五人はやってきた」


「虫歯〜、あるじゃん」
「あるけど…!ここで治療はいらないからなっ」
「あのな」
ドリルの音を適度にさせつつ、二人は小声で話をする。
「俺は、ちゃーんと医師免許も持ってます。歯科医師でもあります」
「それが信じられない…」
医学部出身で、医学系の資格は取れるだけ取ったのが、中居正広で、三か月前にこの病院を開院させた。
地元の空き家を最低限改築してのオープンだったが、一か所で、内科も外科も、歯科も、眼科もいけるということで、患者は多い。
「今日は、応急処置しておきますねー」
中居は、声を張る。そして、大きく開いた口の中に、メモを入れた。
「んぐっ」
「早めに、次来てくださーい。はい、お疲れ様でーす」
「…どうも…」
メモを口の中でもごもごさせながら、木村は病院を出た。
「なんで、わざわざ口の中に…」
そのメモを、さりげなく取り出す。
開いたメモには、懐かしくも子供っぽい丸文字が踊っていた。

彼らの連絡方法は、今、あえての手書きメモ。
電子メールだの、携帯メールだの、そういうデジタルのものは、便利だけども、ややこしい。
暗号化する。
解読される。
さらに暗号化する。
さらに解読されるのいたちごっこ。
今メール受け取ったけど、これほんとに本人から?という疑い。
そういうものを排除するには、もう手書き。手書きメモ、直接渡し。これが一番手っ取り早いのだ。
メモに書かれたことを頭に入れたら、メモそのものを処分。ややこしい、守るべき情報のためには、単純ながら、なかなか効率がいい。
「今晩、八時、ね」
メモの最後には、集合時間が書かれていた。
メモを処分し、木村は待ち合わせ場所へと足を向けた。


<つづく>

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