その町のジジイは、やけに元気だという



ターミナル駅の近くにある、大型の雑居ビル。
オフィスもあるし、病院、カルチャースクール、英会話スクール、レンタルスペースなど、色々入っているので、誰がどう歩いていようと不思議がない廊下を木村は歩き、よく解らない会社名が出ているドアをあけた。
「久しぶりー」
中には、夕方まで一緒だった吾郎と剛が来ていた。
「久しぶり」
職場で顔を合わせてはいても、本来の姿で会うのは久しぶりだった。
「どう?戸籍係って」
「なかなか興味深いよ。意義ある仕事だな」
吾郎は仰け反って笑う。
「まだ、謄本とか出しただけじゃん」
「面白かったよ」
「中居くんの病院いったんでしょー?」
剛が聞いてくる。
「行った。ひどいぞ、あいつ!」
「何が」
ドアが開き、中居が入ってきた。
「先生、ひどいのっ。お口、お口に…っ、いやなものをいれるのっ」
いやあ!と、両手をグーにして口元にあて、木村は首を振る。
「いやなもの〜?」
つかつかと中居は木村の前に歩み寄る。靴のかかとのなる音は、女王様のピンヒールもかくや!というものだった。
「じゃあ、その可愛いお口に何をいれて欲しいんだぁ〜い?」
指先で、木村の顎を持ち上げるという、お約束の所作。
「えーっ、えーっ、そんなこと言えなぁ〜〜いっ♪いでっ!」
顎を持ち上げて固定したまま、頭頂部にチョップ。
「いったいなぁ〜」
「バカか!」
「だって、おまえ、いきなり削るー?」
「ちゃんと診てやったんだろ?虫歯なりかけあったぞ。C1なりかけぐらいだから、今日治療しちゃったけど」
「ねぇねぇ」
吾郎が、ようやく口をはさむスペースを見つけた。
「久しぶりにあったんじゃないの?」
「久しぶりだよ。半年ぶりくらいじゃない?」
「そうだっけ?」
木村をチョップした右手をぷらぷらさせながら椅子に座った中居が首を傾げる。
「でもさー、君たち、一昨日もあってたみたいだよね」
「そうかなぁ?」
二人は、お互いに顔を見合わせるが、確かにあまり久しぶり感はしない。
「ま、進歩がないってことで」
「そこでまとめるな!」
吾郎に対して、木村が文句を言ったところで、もう一度ドアが開く。
「ねー、夜メガ食べるー?」
「慎吾…」
「俺、夜メガ食べたいなーと思って。みんなどーすんのかなーと思ったんだけど、ないって言われたらめんどくさいから、五個買ってきた」
学生と見まごうファッションだが、これでも専門学校の先生。しかし、学生並の食欲があるらしい。どさどさと机に置かれていく、メガマックセット。当然、飲み物とポテトはL。
「うわー」
吾郎はイヤーーな顔をする。
「これポテトだけ積み上げたらすごいよ」
「すごいよねー」
すでに何本も口に入れている慎吾は、たくさんある紙袋の一つに、Lサイズポテト五箱を全部つっこむ。
「いやーっ!」
「なんだこれ。エサか」
そう言いながら、中居もつまむ。
「夜メガってなんだっけー」
「テリヤキだよー、わー、つよぽん、久しぶりかも!」
「久しぶり!」
「一年ぶりくらいかも?」
「そうかもねー」
テリヤキ好き好き。剛は、ハンバーガーからかじり出す。そして飲み物はすべて。
「なんで全部ファンタグレープ!」
「懐かしかったからー」
「普通コーラじゃねぇのぉ?」
「木村くんってさー、何げにコンサバだよねー、こんさばちぶだよねー」
「あぁ〜?」
仕方なくファンタグレープを飲みながら、木村もポテトに手を出す。
「ハンバーガーにはコーラとか、トーストには、コーヒーとかー、そういうの言いたがるじゃん」
「その方があうじゃねぇかよ」
これでいて、意外と冒険しない男、木村拓哉だ。
「んーで。どんな感じ?」
するるーっ、と、キャスターを転がしながら、中居がテーブルについた。
「俺と慎吾はまだ解らねーだろ。病院、人来ねーの?」
「ばーちゃんは来るけど、じーちゃんが来ない」
てりやきバーガーを分解し、野菜類を外しつつ中居は言う。
「やっぱりおかしいよね」
すでに戸籍係として、この町の戸籍を半年に渡って管理しているので、結婚、離婚、出生、死亡には詳しい。
「死なないんだよね。おじいさんが」
「死なない」
「もちろん、まったく死なないわけじゃない。でも、男女の比率がおかしい。大体、女性の方が元気なもんだよ。同じ年代なら、女性より、男性の方がやや多めに亡くなる位でちょうどいいはず」
「元気だもん、食堂のおばちゃんたち」
「なんで、この町のジジイだけが、そんなに元気なのか…」

これこそが、彼ら五人がこの町にやってきた原因だった。

日本は、超高齢社会に入った。
医療の進歩により、まぁ〜、人が死なない。死なないままに延々生きてる人々がたんと増えた。
基本的にはいいことだ。
死にたくない、死なせたくない、というところから医学は進歩したのだから、こうなっていくはずだった。
ただ、そうであるなら、じいちゃんも、ばあちゃんも、どっちも死なない、でなければおかしいのに、その町では、ジジイだけが死なない。
一体何が起こっているのか。
「それでー、だな」
ファンタグレープが止まらなくなった木村は、ストローをくわえたまま、記憶を辿るように宙を見つめる。
「動きのおかしなグループがいくつかある」
先に現地に入った三人は、現地の状況を調べていたが、残った二人は、そういうおかしなことに関わっていそうなグループを調べていた。
彼らは、警察ではない。
犯罪者を捕まえるのではなく、そもそも犯罪が行われないように活動している。
「えっとね。例の、研究所」
慎吾が、携帯を開き保存してあった写真を見せる。
「帰ってきたよ」
「げーーー」
中居が心から嫌な声を出す。喉の奥から搾り出された声は、ヒキガエルレベル。


「そこに映っているのは、特徴のない…」
中居が黙り、四人がその中居を見る。
「どうしよう。こう、長年の敵、って感じなので、このキャスティングは結構重要。若い男前もいいし、大物俳優もいいし、鬼才って感じの人もいいね。女性もありだね」
「そういういつものライバル的な人がいんだね」
慎吾の瞳は、キラキラしっぱなし。
「007ぽいかな?そうなると」
「マッドサイエンティスト、的な人間がいる。悪さをしているのは間違いないが、証拠がない、つかまらない。これまでに何度か接触があった」
「うんうん。いいね〜。それを、また俺が見つけたんだね〜♪」
「このあたりの経緯は、これから色々と詰めていく必要があるんだけどな」
中居は、トントン、と、テーブルを叩く。自分自身に覚えさせておくように。


「じゃあ、やっぱり…」
その姿を確認し、吾郎は言った。
「人体実験だ、ってこと?」
「一番考えられるのは、それだな」
中居は、吾郎の手から携帯を取り、もう一度男の姿を見る。

日本は、超高齢社会に入った。
人が死なない、というのは基本的にはいいことだが、生きてるのか死んでるのか解らない状態で、ただ心臓が動いているだけでは、本人も周囲も辛い。
どうせ長生きするんなら、元気に。
元気とまでいかなくても、自分で動けるくらいには。
理想像はいくらでもあるけれど、それがうまくいかないから、どうにもお先が暗く感じられる。
そんな現状なのに、いきなりジジイが元気な町が現れた。
本当なら、いいことだ。
病院にも来ない。
死なない。
確かにいいことだが、それらの数値は徐々に上がってしかるべきものだ。
死ぬか死なないかはともかくとして、病院に行く人間が突然減るはずがない。
「風邪ひいてる訳じゃねぇよ。完治して終わりなんて病気じゃないんだから」
「慢性的に具合が悪いはずだもんね」
「新しい病院ができたからといって、すぐに患者が来るとは限らないけど、ばーちゃんは来てんだから、じーちゃんだって来るはずなんだよ」
己の腕、そして己の愛想を中居は信じている。
「患者さんに、だんなさんのこととか、聞かないの?」
剛が尋ねる。
「最近元気になっちゃって、とは言うんだよね。でも理由は解らないって。それもおかしい。あの世代の、自分では何もできないじーちゃんが、ばーちゃんに解らない理由で元気になるなんてありえない!」
「愛人でもいない限り、無理だよね」
愛人いそうキャラの吾郎がうなずきながら言った。
「え?」
「愛人」
「愛人…」
ふと、中居が考えこむ。
「え?いや、愛人って無理でしょ!」
木村が隣の中居を覗きこみながら言う。
「結構な人数のじーちゃんに、いきなり愛人ができるなんてこと、考えられねーよ」
「…ちょっと待って?」
慎吾が手を挙げた。
夜メガを持った方の手を。
「垂れてる垂れてる。テリヤキダレ、垂れてるから」
剛は自分の方にもこぼれてきそうで、そのテリヤキメガマックを引き取る。けれど、慎吾の手は挙がったままだ。
「おかしくない?」
「今のおまえはおかしいよ」
「違う。俺が講師で雇われた専門学校」
「え?申請関係、別に怪しいところは…」
吾郎は役所の人間として、この半年、ひっそりとあらゆる部署の情報に目を通している。
「だって、カフェ・レストラン・飲食店オーナーになるための専門学校だよ?」
「…うん」
小さな町に、新しい若者が入ってくるのに不自然でない状況を作るために、その専門学校の講師という職を慎吾は手に入れた。
「そうやって、俺はこの町に正々堂々入ってきた、けど。俺なんかより、もっと簡単に入ってこれるよね」
「そうか」
顔の前にポテトを差し出すと、黙って食べるのが面白くて、どこまで続くのかと中居の前にポテトを差し出していた木村が顔をあげる。
「学生だ」
「そこの学生だといえば、不自然じゃないよね。女の子多いよ。カフェオーナーとかだもん。生徒は集まるだろうけど、なんでわざわざこの町でカフェオーナーの専門学校かなーとは思ったんだ」
東京に出ていきやすい土地柄で、多くの若者の就職口も東京だ。学校を作って生徒を地元に留めさせることができたとしても、カフェに行く若者が、そもそも少ない。
「そりゃあ、出店をどこでやろうと勝手だよ。でも、わざわざここで学校まで作ることないじゃん。調理師学校とかでしょ、こういう地区は」
「そりゃそうだ。学校出ていきなり飲食店経営なんか無理だよ。普通は、調理師免許なんかを取って、どっかの店に勤めて、それから独立だろ」
「だよね、中居くん」
五人は顔を見合わせる。
「でも、なんで調理師学校じゃダメだったんだろ」
剛は、解らないことは口に出す。そうやって、言葉にしていくことで状況を整理させていく。
「調理師の学校は、普通学校内で実習だよ。外に出て行くことはあまりない。時々レストランみたいなのをする学校もあるけど、あの学校、大勢が入れるだけのスペースはまだない」
「じゃあ、飲食店経営だったら、いけるってこと?」
「店、あるんだろうな。経営実習みたいな」
「若い女の子がいて?愛人になれるくらいの?」
慎吾は、剛を見る。
「実際なるかどうかはともかく、女子が多いのは確か。十八、九の女の子が、わんさかだから、やらしー気持ちはともかく、孫みたいで可愛いと思われる可能性は高い」
慎吾が想像したのは、こういうシチュエーションだ。
実習用のカフェに、じーちゃんたちをご招待。孫のように可愛い娘たちが、せっせとご接待。
何度もやってくるじーちゃん。
飲み物か、食べ物の中に入れられる、なんらかの薬物…。
「その薬物が、この町のじーちゃんたちを不老不死へと…!」
「そーなのーっ?」
剛はなんにせよ、簡単に影響されやすい。
「んーー」
中居は椅子の背もたれを使って、限界まで体をそらす。
「実際のとこ、あるの、そういう実習店舗は」
「しらなーい。だって、今思いついたんだもん。学校のことなんか、ほとんどしらねーよ」
「おっまえ…」
仰け反ったまま、中居は慎吾を見下ろす。
「解った、解ったー。すぐ調べまーす」
バックからパソコンを取り出して、学校のHPにアクセスする。
「えっとね。詳細は解んないけど、店舗実習はあるって書いてある」
「そんなことじゃねーよ!実際稼動してるかどうかだっ!」
「もー、そんな怒らなくたってー」
「明日、すぐ調べてこい」
「はーーい。…ってぇ」
慎吾は、急に真面目な顔になった。
「これさ。もしかして俺って、敵陣の中、ってこと?」
その慎吾の視線を、四人が受け止める。受け止めただけで、そのまま投げ返す。
「ねぇ!ひょっとして俺まずくないっ?」
「何が」
「俺、ワナにはまってないっ?」
「正体バレるようなことしたのかよ」
「してないよっ!」
「大体、おまえの言ってることが、事実がどういかなんか解らないんだから」
「そーだけどーー。やだなー、なんかあったらこえー」
キラキラと輝く笑顔で慎吾は言う。
「すごい嬉しそうなんですけど、この人」
吾郎のつぶやきは言わずもがなだ。悪の巣窟に単身もぐりこんだ自分、というものに慎吾は酔っていた。
「まぁ、じゃあ」
木村が、ぱん、と手を叩く。
「慎吾は、明日以降それを確認する。で、実際どうか解らないんだから、現状の確認を続ける?」
「はーい。食堂のおばちゃん情報ありまーす」


<つづく>

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