その町のジジイは、やけに元気だという



「中居っ!」
木村の声は、はっきり聞こえた。
こんな時に、何大声上げてんだ、と、後で叱ってやらなきゃと思う。
が、その次の瞬間、自分が立っていられないことに気づいた。
「な、んだ…、これ…っ」
眩暈がする。膝の力が抜ける。
「中居…っ!」
だから、うるさい。自分たちは、潜入調査中だ…。ん、眠い…?
「中居!中居、しっかりしろ!」
こんな時に、なんで眠くなる…?
「中居っ!」

「大丈夫…?」
中居が撃たれたのは、右胸だった。信頼のおける病院で緊急手術に入る。
吾郎が聞いたのは、中居の容態ではなく、その手術室の扉の前にいる木村のことだ。
「無事、ここまでは帰ってはきたけどね…」
ツートップでの作戦が失敗した。
車で待機していた慎吾は、予定よりもずっと早く木村が戻ってきたことに驚いた。
しかも、血だらけの中居を抱いてだ。
「どうしたのっ?」
「出せ!早く!」
その建物は、もぬけの殻だった。残されていたトラップで、中居が撃たれた。
「信じられない…」
そうつぶやいたのは、誰の声だったか解らない。それほど三人ともがそう思っていた。


「ここで、上映時間残り十五分」
「ぎりぎりっ!」
「ここまでテンポよく行ってます。小さな失敗をリカバリーしながら、どんどん上り調子で、観客は、テンションあげあげ。このまま調子を上げてって、一気にロケット発車!と思わせておいて、実はジェットコースター、ここで一気に急転落!」
「魅せるなー!中居ー!」
「観客の気持ちをわしづかみ!しかも木村の失敗!」
「そこはーー…」
「でも、そういうの盛り上がるよねー」
木村くんが失敗で、中居くんが撃たれて、だと、多分その頃自分は足とか腕とか骨折して、包帯巻いてるんだろうなーと想像しつつ、剛は言う。
「盛り上がる。そして、ここからは呼吸をすることも忘れさせるような怒涛の盛り上がり!」
「どんな風に!」
四人の目が中居に集中した。
これで、『その町のジジイはヤケに元気だという』という映画のエンディングが解るのだ。
SFなんだか、ホラーなんだか、オーシャンズなんだかのこの映画。
SMAP五人が出演するという、今では考えられない豪華な映画が!
「中居?」
中居は、その四人の視線をがっちり受けとめた。一人一人の目をしっかりと見て、はっきりとした口調で答えた。
「未定!」
「えっ?」
「エンディングはものすごいものにしたい。ただそれだけだ」
「え、エンディングは、み、未定…?」
「今決める必要はないと思う」
そう言い切った中居の表情は、とにかく清清しかった。
「……」
「なぜ黙る」
「あ、だって、なんか…。せっかくここまで聞いたのに、ラストが解らないって、ちょっとー…」
慎吾がもっともなことを言うが、中居の清清しさは消えない。
「エンディングが知りたいなら、この話にノッてみるんだな」
「ええっ?そういうことーっ?」
「そこでだ、SMAP諸君」
「諸君って、おまえ…」
「ここで、お金の話をしよう。なぜ、SMAP五人でのCMなどがないのかについて」
木村には、中居がかけた目に見えないメガネが見えた。理知的で冷静な中居にはぴったりなのだ。
「当然、お金がかかるからだ。SMAP五人全員使おうと思うと、一人ずつの契約金を単純に合計しただけじゃダメだ。中居+木村+稲垣+草g+香取、の合計に、ざっと二割、三割はかけないと話にならない。では、一人ずつの契約金はどのくらいだ。木村はCM一本一億円だ!」
「そんなにしねーよ!」
「します。いや、するはず。そうすると、いくら草gの契約金がニ千万でも大変」
「リアルな数字出してくるなー…」
「つまり、SMAP五人を映画に出すとなると、契約金だけで最低でもざっと五億はかかる」
「取りすぎだ!」
「そうだろっ?」
中居は、木村を指差す。
「なので、この企画に関しては、ハリウッド方式を採用したい」
「…そんな方式、中居くんが知ってるとは思えないんだけど…」
「知ってんだよ!それくらいっ」
吾郎に、木村を引っぱたいた雑誌を投げつける。
「つまり、契約金はそこそこの金額で、後は、映画の興行収入の何パーセントかを受け取るという方式にする」
「あ、知ってる」
「そうすることで、初期費用を抑え、なおかつ、興行収入をあげるべく、SMAP一同、プロモーション活動に真剣になれる」
「やらしぃなぁー、中居〜」
「やらしやろ!」
あえて、中居は言い切った。
「映画は、観てもらってなんぼだ!この方式が実現したあかつきには、SMAP五人揃っての舞台挨拶を、しつこく敢行する。地方ごとにやる!」
「一人ずつじゃなくて〜っ?」
孫悟空で全国を巡った慎吾だが、こういう場合、一人ずつばらけて地方に飛ぶというのが一般的だろう。
「初日舞台挨拶は当然やる。五人揃って、そうだな、初日の舞台挨拶は、全国でやる」
「五人揃ってっ?」
「東京からスタートして、九州へ飛び、新幹線で、広島、大阪と戻ってきて、ラスト名古屋あたりまで行く」
「えええーっ?そんなぴったんこカンカンじゃあるまいし!」
「言っとくが、俺のガイドは、ぴったんこさんなんかに負けない」
「ぴったんこさんよりすごそう…」
これまで、それぞれぴったんこさんにひどい目に合わされてきたSMAPたちだが、中でも、衣装つき、宿泊つきの慎吾は遠い目になる。
「この移動の様子は、収録します」
「DVDの特典だ」
「ふっ」
解ったように言った木村が、鼻で笑われる。
「あさはかだな」
「え、えぇ〜……?」
しおしお〜。
「なんでもかんでもDVDで見りゃいいと思うなよ!この映像は、観客、そうだなー。とりあえず二十万人くらいか?突破した段階で、御礼として、映画館でのみ!上映する!」
「すげえ!」
「その後も、動員が増えれば増えるほど、追加映像を出す!昔よくあった、何万枚かごとに、ジャケットデザインを変えて売ってったCDみたいなもんだな!」
「ちょっと毒吐いた、この人ちょっと毒吐いたよー!」
「でも、それやられたらファンは〜…」
「何度見ても楽しめるように、映画には、細かい遊びを随所に入れる。SMAPの人脈力の限りをつくし、ほんのワンカットだけの出演者を、黙って投入する。ジジイの中に、ものすごい俳優を紛れ込ませることもできるだろう。なんなら、敵役をハリウッドから呼んでもいい。成田空港に何千人とファンを呼ぶクラスを」
「韓流じゃなくて?」
それなら僕が、という気持ちの剛だ。
「韓流スターなら、普通に出てくれそうだからありがたみの点からいくといまいち」
「え、でも、誰を」
「出番少なく、しかし出てるシーンをめちゃくちゃカッコよくするということで、ジョニーデップクラスを押さえたいところだな。そこらは、スマスマの黒木Pの力で」
「それすごいけどー!無理だろー!黒木さん、ミュージシャンしか無理だって!」
「アランドロンも、カトリーヌドヌーブ、ソフィアローレンも呼んできた」
ぽん。中居は手を叩く。
「アランドロンに出てもらうのはどうだろう。ものすごくカッコよく」
「それさー、それこそ初期費用が大変なことに…」
「そこは、特別出演ってことで泣いてもらうか、SMAPと同様に興行収益から何パーセントってことにするかだな。いや、とにかく俺は、映画館でこれを見てもらいたい訳。何度見ても面白い、というものにして、何度も足運んでもらって、SMAP五人で全国移動などという愉快な映像も見てもらいたい訳。あ、もちろんだけど、ある程度の動員ができたら、満員御礼舞台挨拶で、初回舞台挨拶にいけなかった地区を回りますよ」
「すごー…」
中居は本気だった。
SMAPブランドを本気で使ったら、どれほどのことができるのか、試してみたかった。
だから、というか、なのでというか。
今、中居が語った話は、すべて、中居の頭の中だけに存在するものだ。
世の中に出たのは、たった今。
このSMAPの残りのメンバーに話したのが最初の最初だった。
この発想を元に、中居は本格的に映画業界に殴り込みをかけるつもりだった。
そして、話しながらいろいろとまとまった考えを、会社に対してプレゼンして、それが回りまわって。

ポカスエットのCMになった。

ということを、残り四人が知ることはついになかった。

<終わり>

■おまけ【ありがちなシーン】

中居の手術は終わった。
銃弾は、奇跡的に肺を避けて貫通していたという。
入手した情報が間違っていた。意図的にだまされたのか、間違っているのか、まだ判断はできない。
それを判断するためには、こんなところに座っている場合じゃないのに。
木村は、まだ、中居の枕元から離れることができなかった。
自分の目の前で意識を失ったのだから、また自分の目の前で意識を取り戻して欲しい。
意識のない体にはたくさんの機械が繋がっている。それらは、確かにこの体が生きていることを示しているけれど。それじゃあ、機械に生かされているにすぎない気がするのだ。
「中居…」
点滴されている手を、そっと触れてみる。その手は、暖かかった。
「んー…」
ちょうど、麻酔が切れ掛かるタイミングだったのか、指が動き、唇から息が漏れる。
「中居…!」
顔を見ると、眉間にシワが寄っている。手術跡が痛むのだろう。唇もかさかさ乾いているのを見て、水を吸わせた柔らかティッシュを口元に当ててみたが。
「だからって、おまえー…」
日頃の鍛錬の成果か、一度意識が戻ったら、急浮上する中居は、口をふさがれた形になってしまいぐったりとつぶやく。
「時代劇でやってる人殺しか・・・!」
「あ、飲めなかった?」
「ふさぎすぎだ・・・。鼻、つまりかけ…」
「そりゃ悪かった」
「…何してんの」
「ちょっとお見舞いに…」
「あぁ?」
ブリザードのような声だったが、生きていてこそのブリザード。いくらでも、罵られたいと思う。
「情報が、間違ってた」
端的に事実だけ告げると、中居はふん、と鼻で笑う。
「おまえが、一回や二回大ポカするのなんか、折込済みだ」
「中居…」
「それを折り込めるのは、そこからリカバリーするのが解ってるからだろう。悠長にお見舞いとかやってんじゃねぇ」
声だけは弱かったが、気力はすでに戻ってきている。中居は最悪を想定し、最上の備えをするリーダーだった。
「カッコいー…」
「カッコいいだろ。カッコいいけど、もう寝る。早く治さねーといけねんだからよ」
「うん」
木村は立ち上がる。
「お休み。ありがとう」
「何が?」
「生きててくれて」
中居は、口元だけで笑った。
「ありがとうって言うべき?助けてくれてって」
「やめろーーー」
よれよれと木村は病室を出る。思い出したことがあったのだ。吾郎たちと打ち合わせをしなくてはならなかった。

<やっと終わり>

<第5話へ>