その町のジジイは、やけに元気だという



食堂のおばちゃんたちの情報網は、何せものすごい。病院のおばーちゃんたちに匹敵する情報量が。
「役場の食堂って、安いし、結構地元の人が来るんだけど、残さなくなったって。やっぱりおじーちゃんが」
「見てたら、カツカレーとか食べてるからね」
役場職員の吾郎も言う。
「あ、俺も今日見た。カツカレー大盛りに生玉子トッピングしてるじーちゃん」
「こういっちゃあなんだけど、うちのカツは重たいよー。脂身たっぷりで、衣たっぷりで、揚げ油もたっぷり。体育会系学生向けか!だから、まぁー、四十過ぎたら頼まないね」
「うわー…、当然ロース」
「当然ロース。衣全部向いたら、相当脂身のやつだから、もう、中居くんとか無理じゃない?」
「失礼なことを言うなー!」
「そうだよ!こう見えてもな!」
木村は隣の中居の腹をがっつり握る。
「ちょっとぷよってんだぞ!脂身だって食うよ!」
「おまえが一番失礼だ!」
パンチ!と繰り出された右手を、木村は受け止める。
「俺たちと離れ離れになってしまった寂しさを埋めるために、過食に走ったんだな…!」
「木村くんっ!」
「リーダーは、リーダーは…っ!僕らのことをそんなのもっ!」
ウソ涙で目をキラキラさせる木村、吾郎、慎吾に、順々にVにした指で目つぶしをくらわせようか、という気持ちを一瞬感じた。
「これは、酒です」
「怖い!アルコール依存って怖い!」
「寂しさが人をアルコールに向かわせるなんて!」
きゃあきゃあきゃあ!
はしゃぐ3人、拳を震わせる中居。
「だからぁ」
その状況を一切気にすることなく、自分の話を続けられる剛はものすごい。
「カツが足りなくなりそうな日もあるし、お皿は綺麗に食べつくされて返ってくるから、おばちゃんたち、うちのカツ美味しくなったわね!なんて言うんだよね。でも、全然変わってないんだよ」
「おばちゃんも、カツの味見はしねーか」
「さすがにねー。余る端っこは、ほぼ脂身だから」
役所にも、やけに元気なじーちゃんが増えた。
町のあちこちに、元気なじーちゃんがいる。
その常識外れさは、その後の話し合いで次々に報告された。
「やっぱね、じーちゃんたちは若い愛人ができたんだよね。だから、元気になっちゃったんだと思うよ。か、元気にならざるを得ないか」
慎吾は、愛人説をひたすら推すが、それはいくらなんでも荒唐無稽だろうと中居は思う。
でも、新しく、唐突にできたという専門学校は一応調べておくべきだと判断し、慎吾に細かく指示を出した。
「ほんっとに細かいんだからー。これだからA型は」
「おまえもA型だろうが!」
そんな騒ぎの中、メガマックにポテトL五つという地獄のようなメニューもなくなり、その夜はお開きとなった。
「じゃ、また明日ねー」
吾郎と剛の役場チームが先に出る。
「ちょっと、ご飯でも食べない?」
メガマックを結局2個近く食べた慎吾が言った。
「・・・まだ食えんの」
「若いですから」
きっ。
中居が慎吾を冷たく睨む。
「美味いラーメン屋があるから、連れてってやるよ」
「わ!そうだよー、引っ越したばっかりだから、そーゆーの知らないんだー!」
「注文は任せとけ」
そうして、ラーメン屋のカウンターに座った慎吾の前に、1キロラーメンが置かれる。
「こちら、名物の1キロラーメンでございます。麺1キロ、スープ1リットル。具材も1キロ」
「・・・いや、中居くん、これ、はぁ〜」
「ちなみに、30分以内に食べきらないと、五千円」
木村と中居の前には、常識的なサイズのラーメンがあり、すでに食べ始めていた。
「いやいや、中居くん、だって、これ」
「慎吾ー、もう、カウント始まってるぞー?」
「だから、木村くん、これおかしいでしょ!」
「しっ」
中居が真剣な顔で、口の前に指を立てた。
「知り合いかと思われる」
「・・・!もう、それは今更じゃないかなぁ・・・っ!?」
「美味いなトンコツ」
「な、美味いべ」
「無視だよ、無視・・・!」


「ここは、スポンサーとなる店とのタイアップを考えよう」
心の底から真面目な顔で中居は行った。
「麺1キロに対して、スープ1リットルっていうのは、ど、どうなの?」
木村が首を傾げる。
「いや、解んねーんだけど、それは、スープの中に麺が沈むの、か?」
「別に1kgじゃなくてもいーんだよ、とにかくどでかいラーメンで、お店とのタイアップ、さらに、コンビニへの商品展開をはかれるものとする」
「あ、じゃあ」
木村は言った。
「同じデザインの丼とかあってもいいね」
「そうだな。実際にあるお店があるとしたら、映画用の特別デザインを作って。うんうん」
映画と、商品のコラボ企画というはこれまでもたくさんあった。もちろん中居総合プロデューサーの頭の中には、それらの企画はしっかり頭に入っている。
「生ラーメンの発売にするか、カップ麺としての発売にするか・・・」
「カップ麺なら、オリジナルで作って欲しいよね。パッケージだけじゃなくって」
日清麺職人は、あえて、袋麺もいいかもと思う。
「なんかなんか、ラーメンの話してたらおなかすいてきたー!俺らマックも食ってないしさー、ラーメン食いたいー!」
そこで初めて慎吾は、自分以外の四人の前には、カップケーキのカップが転がっているのに気づいたのだった。
「・・・それ」
「あ。美味かった、けど。これ、慎吾宛の差し入れだっけ」
カップケーキあったぞーと持ってきた木村は、悪気ない笑顔を向ける。
「そうだよ!俺が個人的にもらったもんだよ!あぁ!1・2・3・・・、8個全部食ってんじゃん!」
「まぁまぁまぁ」
立ち上がった慎吾を、木村が座らせる。
「えーっと。愛人?結局愛人なの?でも、それはおかしいよね」
吾郎も、何事もなかったように映画の内容について言及した。
「やっぱり、さすがにそれはおかしいだろう。でも、慎吾の専門学校が悪の巣窟であるのは本当とする。そこで、一度は、健康になるっていうのはいいことなんじゃないか?という流れにもなるんだけど、そこで結局その薬は危ないということが判明する」
「どうやって?」
「専門学校がやってる模擬店舗には、ばあちゃんもやってきて、同じものを口にしてる。にも関わらず、元気になるのはジジイだけ」
「なーるほどー」


 「どういうコンセプトの店だって?」
「昭和三十年代の喫茶店。サンドイッチに、コーヒーに、バナナ入りのミックスジュース」
「いいねーー」
数日後、五人はまたばらばらとその事務所に集まってきた。やっぱり最後になった慎吾に中居が聞いている。
「でも、なんかもっと…。峠の茶屋みたいなの想像してたよ」
「今時どこで出すのよ、そんな店。今時の年寄りなめちゃだめだよ」
「そこって、ジジイしかいけねーの?」
「いやーそれがさぁ〜…、ばーちゃんも来るんだよねー。一応、市内のご老人たちが軒並みご招待されてるんだけど、やっぱりおじいちゃんが一人では、来ないねぇ。男が一人で来ても様になるカッコいい店だけどさ」
「出すものは別?」
「コーヒーなんかも丁寧に一杯ずつ出してるけど、こっちはじいちゃんに、こっちはばあちゃんになんて分けてる感じじゃあない」
「でも、元気なのはジジイだけ…」
「じゃあ、こういうことだろ」
木村は言った。
「その薬だかなんだかは、男にしか効かない」
「薬は、普通、性別で分かれて効いたりはしない」
「バイアグラは?」
「だから、そういう類のものだろ。…元気になってるんじゃなくて、残ってる力を、無理やり引き出すのか…?」
「そしたら、一気に元気が出て、一気にぱたっといくんじゃねぇの?」
「一気にいってるのかも…。届けが出てないだけ?もしくは、死んでるのに、解らなくなってる…?」
「いやっ!それはないでしょ!」
慎吾は顔の前でばたばたと手を振る。
「怖すぎるよ!町中、じいちゃんゾンビだらけって!」
しかし、それは現実のこととなった。


「ホラーなのっ?」
「うーん、図らずもこのままではややホラーの匂いがするなぁ〜」
慎吾はやだーというが、どうせならそれくらいいった方がいいと思う中居だ。
「あ、だから、ただ死んでるだけで、元気なんだよ。心臓が動いてないだけで」
「何それ!」
「心臓が止まっても、元気に動かせる何かが体に入り込んでる。そんな感じだ。よし、それだ。そのラインで行く」
「それでも十分怖ぇよ」
「目がやたらキラキラしてんの。そのキラキラがもうおかしいって感じなんだけど、画面はからっとしてる。そのからっと感が怖い、そういう演出にしよう」
うんうん。かたまってきたと中居はかなり嬉しい。
「ここから、色々と探ったり、妨害したり、その辺りのせめぎあいが始まる。けが人の一人は二人出したいところだ」
「えー」
その一人や二人に入りそうな剛は嫌そう。
「ここで、ちょっとこだわりたいポイントがある」
広げた両腕をデスクについて、中居は身を乗り出す。
「俺たちは、できるだけ、アナログな方式を使う」
「メモの手渡ししてるくらいだもんな」
その中居の正面に座っている木村は気分がいい。
「相手は、もちろん超ハイテク。でも、こっちはアナログで行くの。あえてね。パソコンはハッキングされても、頭の中までは覗けないし。後、俺よく解んねーけど、パスワードとか調べるのは、その人が入力してるのを見てるのが一番簡単なんだろ?」
「あ。そうかも」
その辺りの知識はSMAPたち、そんなに詳しくないのだが、中居としてはそうしたいと思っている。
「そこらの知識は、専門家からちゃんとしたのを監修してもらいたいね。アナログの方が勝てるところね」
「それいいよね。親しみやすいじゃない。全年代が観られる」
「そこらのさじ加減には、吾郎の知識を使いたい」
「あれ。嬉しいこと言われた」
「興味もないのに、毎月毎月映画観さされてんだから、満遍なく解るだろ映画のことは」
「そうだねー。興味ないものを見るのって、その時間をどうにか楽しもうと思うと、勉強になるよ」
「それでさぁ」
慎吾は、気になっていることを聞いた。
「ラストは、どうなるの?」

<つづく>

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