ご存じヒッチコックの1959年の超有名作で、お笑いスパイ映画のハシリ的作品。これまでに何度も見てるため、なかなか DVD を買う気になれなかったのだけど、期間限定1,500円なら買うしかないでしょう、みたいな。オリジナル脚本を書いたアーネスト・レーマン(『麗しのサブリナ』、『ウエストサイド物語』等々)、の音声解説も聞いてみたかったし。
そんなわけで、いまさらこの作品の紹介をする必要もないだろうから、今回は少しだけマニアックな話をしてみたい。それは、この映画のタイトルの謎である。「北北西」と訳されているが、英語で「北北西」といったら「north-northwest」なんである。「north by northwest」だと、「ノースウエスト航空で北へ」、てな意味になるはずだ。アメリカ人にあったら、一度そのあたりを聞いてみようと思っているのだが、いざその時になるとすっかりそんなことは忘れているのだった。
さて、1975年に発行された、小林信彦の『われわれはなぜ映画館にいるのか』に、こんな記述がある(とっくに絶版だが、ほぼ同じ内容の『映画を夢みて』が筑摩文庫で入手可)。
当時、私が困ったのは、この原題「ノース・バイ・ノースウェスト」の意味である。「北北西」なら「ノースウェスト・バイ・ノース」だ。そこで「ノースウェスト機で北へ」ではないかと考えたが、主人公は<北へ>なんか行っていない。これには全く閉口した。
翌三十五年、ヒッチコックが来日した際に、直接きいてみたら、
「あれは<ノースウェスト・バイ・ノース>と言うべきところを、アタマに来て<ノース・バイ・ノースウェスト>と言ってしまった――そのくらい混乱した男の物語。つまり、あの題は男のこんぐらかったアタマの中をあらわしているのだ」
という答だった。これでは、我々に分ろうはずがない。
|
永年この説を支持してきたんだが、実は小林信彦もちょっと間違っている。「northwest by north」では、三十二方位の、「北西微北」という意味になるからだ。ただまあ、ヒッチのいう「言葉を間違えてしまうくらい混乱した男の物語」というのはその通りなのかもしれない。それにしたって「northwest by north」という言葉が使われた理由は相変わらずわからない。
で、昨夜暇つぶしにアーネスト・レーマンの音声解説を聞いていたら、彼がタイトルの由来について少し語っており、おお、これで永年の謎が解明されるかと期待させながら、このおっさん、肝心のことについて触れていないのである。むきー。
もしかしたら読み落としていたかも知れないと思い、トリュフォーがヒッチにインタビューして書き上げた労作『映画術』をチェックしたが(思わず読み耽って、よけいな時間がかかった)、やはりタイトルの由来については語っていないようだ(トリュフォーはなぜそれについて聞かなかったんだろう)。ただ、私の持っている『映画術』は1982年の初版二刷りで、ひょっとすると現在出回っている定本版とは異なる可能性もある。また、DVD のアーネスト・レーマンの解説を聞き落としているかも知れない。そういった可能性はあるが、どうもスッキリしないので、ウェブでちょっと調べてみると、『ハムレット』からの引用説というものがいくつか見つかった。ほとんどのサイトでは「north-northwest」になっていたのだが、『素晴らしき哉、クラシック映画!』というサイトのこのページでは、
様々なタイトルが提案されるが、最終的にシェークスピアの『ハムレット』のセリフ“I am but mad north-by north-west.”からとられる。
|
となっている。うーむ、と思い、続いて『Project Gutenberg』で『Hamlet』を調べてみた(インターネットってなんて便利なの)。Project Gutenberg にはいくつかの版があったものの、該当のセリフは、
I am but mad north-north-west: when the wind is southerly I know a hawk from a handsaw.
|
ハイフンの付け方に違いはあったが、語順はどれも「north-north-west」となっており、米国語と同じである。こうなると、『素晴らしき哉、クラシック映画!』の引用文が謎であるが、単なるミスか、そう書かれている版があるのか、いずれにしろ、ハムレット説はちょっと怪しくなった。それにしても、ハムレット説の出所がわからない。だいたい、そんな話があるのなら、ヒッチコックが小林信彦にいったのではないか。そこで、IMdB の Trivia for North by Northwest を見てみると、以下のような記述があった。
The title might refer to Hamlet's line "I am but mad north-northwest," where he tries to convince people of his sanity. The airline that they travel on (westbound) is called "Northwest Airlines."
|
なるほど、ハムレット説はここにあったのか。後半部分は「ノースウエスト航空」説を否定するため? ただしここでもこの説のオリジンがどこにあるのか不明なままで、しかも might ですからね。どこまで信用していいのか。
ここまで書いて、やっとウェブの第一法則、「疑問はとにかくグーグル様に聞いてみる」を思いだし、「Hamlet "North by Northwest"」で検索すると、うへ、1,880件も出てきやんの。欧米ではハムレット説は定説なのねー、とか思いつつ、泣きながらいくつか読んでみたけれど、ハムレット説のオリジナルに関する記述は見あたらなかった。いくらなんでも残り全部を読む気にはなれない。どなたかご存じだったら教えてください。でも、こんな長文(しかもパソコンに関係ない)なんか誰も読んでないか? しくしく。おっと、なお、この作品の私の評価は★★★☆☆です。一般的評価に比べて点が低いのは、今の目で見るとちょっとダルなところがあって、この物語で136分はやや長すぎ。
|