第四話 『小夜啼鳥−サヨナキドリ−』
「ソレ」は、連動していました。
「新たなタイタン人を生み出すプロジェクト」が発動された時…人工胎盤のスイッチがオンにされた時に、眠りから醒めるようにプログラムされていました。
「ソレ」はゆっくりと目覚め、使命を意識しました。
もう主のいない船の一室。忘れ去られていた鳥かご。小夜啼鳥は、自らの嘴でつかえをはずし、籠から飛び出しました。
数日ぶりに船を訪れたウサギは、研究施設のソファでカメがうずくまっているのに出会いました。
「どーした、じいさん。老衰かい」
研究が行き詰まったのだろうとウサギは思いました。人間を作るなんて、しかも、一度は滅びたこの環境で作るなんて、カメのしていることは尋常でありません。そう簡単に成功するわけが無いのです。
「ふん、わしがこのプロジェクトを見届ける前に死ねると思うかね。
それより、これを見てくれ」
のろくさと立ち上がったカメは、モニター画面を切り替えました。キーをたたくと、貯蔵庫の冷凍卵子と冷凍精子の在庫状況が表示されました。
「なんだよ、これ。精子が半分に減ってる。しかも一晩でこれだけの数が死滅するなんて、普通じゃ考えられない」
「死滅したのは、XYのものばかりじゃ」
「環境に適応できないのか。それとも」
「人為的じゃよ。一定時間、温度設定を変えたらしい」
「だれが…」
「その犯人を、これから捜しに行こうと思ってな。おまえさんを待っとったんじゃ」
「なんでおれが?」
「マスター・キーを持っとるじゃろ。それに、これは地球に報告すべき出来事じゃな
いかね」
「マスター・キーって。犯人はこの船のどこかに立て篭もってるのか?」
「しょせん、籠の鳥じゃよ」
カメは「ふぉほほほ」と笑ってみせました。
「ここは…」
カメに連れてこられてキーを挿し込んだのは、医師団の部屋の一つでした。船はどこの部屋も荒れていたし、扉の横の小窓は既にガラスが割れていました。鍵など無くても簡単に出入りできます。
「あの女医の部屋じゃよ。…と言っても覚えておらんだろうがの」
ドアを開けると、部屋の主の性格を彷彿とさせる整然した部屋が広がっていました。必要最小限に置かれた家具は垂直と水平を保ち、冷やりと鋭角な机の角がこちらを狙っているようです。ただし、机にもテーブルにも椅子にも、何十年分もの埃が降り積もり、時間が堅さを和らげていました。
カメは、窓ぎわに下げられた鳥篭に近づくと、中の小夜啼鳥に話しかけました。
「なぜ、あんなことを…と聞かんでも、まあ想像がつくがな」
「この星を、地球の二の舞にしたくないだけよ」
歌うような美しい声で、小夜啼鳥は答えました。
この鳥はサイボーグだろうとウサギは思いました。そっくりの鳥が、長身の白衣の女性の側で歌っていたことを、ぼんやりと思い出しました。
まだ若く美しかった彼女は、「女」としてでなく「医者」として船に乗り込みましたが、船の人々−「世間」−は、そんなことは許してくれませんでした。だから女医は、飛行中もタイタンに着いてからも、ずっとこの部屋にこもって暮らして、そして老いて死にました。「女」の役割の者は、「船員」や「技術員」「農夫」などの労務者たち、複数の者の妻として相手を務め、何人も子供を産まなくてはならないのでした。そうしなくては、労務者は仕事への覇気があがらないからだそうです。
小夜啼鳥は、いつも女医のそばにいて、ずっと美しい歌を歌い続けていました。もちろん寿命から考えると女医より先に死んだと思われますが、彼女は小夜啼鳥を手術し、造り変えたのでしょう。ウサギの飼い主がそうしたように。
「誰かが、人工的に人間を創ろうとした時。私は、XYの遺伝子を抹殺する命を受けていた。まだ人間でも無いモノを抹殺したからといって、私を裁く罪状があるとでもいうの?」
「すでに滅びたこの星に、女の帝国でも打ち立てる気なのか?」
ウサギの言葉に、小夜啼鳥は鼻で笑いました。
「『帝国』。『打ち立てる』。…オスのあなたの考えそうなことね。私は、暴力や争いの因子を排除しただけよ」
平行線だと、ウサギは思いました。この部屋から一歩も出ずに暮らした女医の、恨みや憎しみが、この愛らしい鳥に植え付けられていました。
「で、おまえさんは、使命をまっとうできたわけじゃ。さて、これからどうするんじゃ?何をして生きるんじゃね?」
カメが、なぐさめるような口調で尋ねました。
「……。」
小夜啼鳥は、虚勢を張るように、高くよく澄んだ声でひよひよと一声鳴いてみせました。籠の桟に積もった雪のような埃が舞って、やはり埃の積もった床の上にゆっくりと落ちていくのでした。
第四話 <END>
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