結局、映画をやっていた三時間もの間に真砂は来なかった。
きっと、何か急に用事が出来て来れなくなったんだ。連絡をしようとしたとき、すでに自分は家を出ていたんだ。
紫苑は無意識のうちにそう思い込もうとし、そしてそれに成功していた。
そのまま、紫苑は家へと急ぐ。
少し帰るのが遅くなったから、母が心配しているかもしれない。だから、出来るだけ早く帰ならければ――
「ただいま」
紫苑は多少息を切らしながら、家の中へと入る。
「紫苑!? 何処に行ってたのっ」
「やあね、母さん」
紫苑は息を整えながら、クスリと笑う。
「真砂と映画見に行くって、言ってあったと思うけど? あ、母さん、真砂から電話来なかった?」
紫苑が聞くと、彼女は驚いたように目を見開き、紫苑を凝視した。
「し……おん? どうしたの、紫苑?」
「どうしたのって……何が? ねえ、真砂から電話来なかったの?」
母のおかしな態度に首をかしげながらも、紫苑はもう一度問うた。
「紫苑、しっかりなさいっ! 真砂君は亡くなったじゃないの……っ」
彼女は紫苑の肩をつかみ、正気に戻そうとして揺さぶる。紫苑はその手をつかんだ。
「……何言ってるの、母さん? そんな冗談……」
「『冗談』じゃないでしょう!?」
「『冗談』よ! そんなの、嘘に決まってる……っ!」
紫苑はそう言い放つと、母の手を振り払い、部屋に駆け込んだ。
信じない、あんなのは。あんなのは、嘘だ。悪い冗談だ……!!
紫苑はベッドに倒れ込むようにして寝転がる。そしてすぐに静かな寝息をたてはじめた。
☆ ☆ ☆
気が付くと、知らぬ所へ来ていた。……否、よく見ると知っているところである。ただ、いつの間に来たのかがわからないだけで。
下を見ると、よく待ち合わせに利用していた公園がある。ちょうど紫苑の家と真砂の家の間にあるのだ。
紫苑が、宙に浮いている、と自覚するまでにさほど時間はかからなかった。
曲がり角を曲がって来たのは……自分。このあとはきっと……。
駄目だよ。焦らないで。少しぐらい遅れてもいいのだから。なにより、待ち合わせの時間にはまだ間に合う。大丈夫、ゆっくり行っても真砂は待っていてくれる。だから、もう走らないで。
いくら言ってみても、もう一人の紫苑には届かなくて。
『真砂ー!』
駄目、真砂を呼ばないで。真砂を呼んじゃ、駄目だ。落ち着いて……お願い。お願いだから……だから。
祈りにも似たその声は、もう一人の紫苑には届かない。
彼女は、車道へ飛び出した。
『紫苑!!』
真砂が叫ぶ。
駄目だったら。やめて、行かないで。行っちゃいけない。お願いだから。お願い、誰か……誰か、真砂を止めて。
嫌だよ……紫苑を独りにしないで。先に逝ってしまわないで……!
『紫苑――っ!!』
真砂の、最後の叫び。
すべてがスローモーションと化す瞬間。
すべての音が、消えていって。
「真砂――っ!!」
紫苑は、思わず叫ぶ。
だけど、その声は届かなくて。
「真砂ぃ……っ」
……もう、涙しか贈れない――
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