紫苑は真砂の家に行くと、一人で居間に残された。隣の部屋では紫苑の母が真砂の母に事情を説明しているらしく、ときどき紫苑や真砂の名が聞こえて来る。
しばらくすると静かにドアが開けられ、真砂の母が入って来た。
「紫苑ちゃん、ちょっとあちらの部屋に来てもらえるかな」
紫苑は首を縦に振り、その言葉に従う。案内された部屋は六畳ほどの和室で、たったひとつだけ、ポツンと仏壇が置いてあった。
「……紫苑ちゃん、お線香あげてやってね、真砂に」
彼女は静かにそう言う。
「……嘘でしょう、おばさん」
紫苑は微かに呟く。視線を変えることは出来なかったけれど。
「母さんと二人して、あたしを騙してるんでしょう!?」
声にこもるのは、否定の感情。もう何も信じられないから。
「紫苑ちゃん、逃げちゃ駄目なのよ。紫苑ちゃんがそんなだったら、折角紫苑ちゃんをかばった真砂がうかばれないわ」
彼女が、あくまでも落ち着いて言う。
『かばった』。真砂が。
『かばって』、その所為で……死んだ。
わかっている。本当は、すべてわかっている。
誰が悪いのか。真砂が何処へ行ったのか。
――何故ここに真砂がいないのか。
「だって……」
紫苑が呟くように言う。その瞳からは、いつの間にか涙があふれていた。
「だって、あたしが認めたら、真砂戻って来ないような気がして……。
だって、いきなりそんな……ひどいよ、真砂!!」
紫苑が叫ぶ。
信じたくない。信じたくなかった。嘘だと、冗談だと思いたかった。だから、忘れたのに。
忘れようとしていたのに!
「あたしひとり置いて逝かないでよ! 何でひとりでさっさと……ずっといるって言ったのに……!
ずっと一緒にいるって言ったのに……っ!!」
紫苑はその場で泣き崩れる。
今まで胸の内に留めておいた――封印していた想いが、いっきにあふれだす。紫苑はそれらの感情を押さえる術もないまま、ただ感情に押し流されていた。
「真砂ぃ……、一緒に映画見に行こうよぉ。
一緒に、学校に行こうよぉ。
プラネタリウム見に行く約束、してたじゃない……っ」
まだやっていないことがたくさんあったのに。
まだ果たしていない約束が、たくさんあるのに……!
紫苑はむせるようにして泣いた。
今までの悲しみが、マヒしていた心に直接入って来て……胸が、痛い。
真砂の母が、紫苑の背中を優しく叩く。
紫苑は顔をあげて、仏壇に飾ってある真砂の写真を見る。
そして、ほんの少しだけ……微笑った。
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