SKY −手の届く場所−

   7.

 なんかよくわかんないけど、電話もずっと留守電で居留守使って拓んちに……ってか正確に言うとみんなのいるとこに行かないでいようって思ってたら……いきなり昼頃に玄関のチャイムが鳴って誰かな宏伸くんとかだったら居留守決め込もうかなって思いながらドアの覗き穴から見たら……それが和実さんでびっくりして思わずドアを開けてしまった……ら、和実さんの一言目が。
「ライブ行きましょう」
 ……和実さんのそのにっこりとした笑み付きのお誘いに逆らうこともできずに、結局あたしは言われるがままにハードビートカフェに来てしまったりしたのだった……。ううう、心の整理、もちょっとだけつけたかったよーな気がするんですけど……。
「美奈ちゃん、モテモテね」
 ハードビートカフェに着いたら和実さんがそう言ったものだから……思わず。
「何で知ってるんですかっ!?」
 なんて訊いてしまった……。
「宏伸くんの片想いのこと? それとも美奈ちゃんがごめんなさいしたこと?」
 冷静に、優しく語りかけてくれるあたり、和実さんは大人だと思う。たとえ、一歳しか違わなくても。
「宏伸くんの片想いは、みんな知ってたわよ。随分前から、美奈ちゃんがたっくんと逢う前から、宏伸くんは美奈ちゃんが好きで、みんなにも言ってたしね。でもこないだ、宏伸くん、たっくんに今のまま変わるなよって、いい曲作り続けろって言ってたって望から聞いたの。それで、美奈ちゃんはたっくんを好きでいることを選んだんだなって思ったんだけど……。どう? カズミの予想、当たってる?」
 ……驚いた。何か言うどころじゃないよおっ!
「おーあたり。何も言うことないです。美奈降参です」
 仕方ないから素直に白状した。 和実さんは、ふふふ、と笑っただけだった。
 話を続けようもない。ライブが、始まってしまったから。


『次の、新しい曲です。ちょっと前のことになるんだけど、新しい仲間が加わって……その子はステージには出ないんだけど、もうSKYにはかけがえのない存在になってると思います。
 この曲は、その子が書いた詞に俺が曲をつけたものです。聴いてください』
 拓のMCが。えっ? と思ってるうちに『MOON』って言葉で終わって。
(新しい仲間)
(SKYにはかけがえのない存在)
 それって……誰のこと?
 拓の歌声。ああ、あの曲だ。あたしの詞だ。
 涙、出そうになる……また。
 生音全部合わせて聴いたのは、そういえば初めてだった。
 この人たち、いつ練習してんだろう?
 ……なんてことを頭のどっかで考え事してないと、どっかでそんまま流されて行っちゃいそうだってことも、なんとなくわかっていた。


「楽屋、行こうか」
 和実さんの言葉が耳に入って、ようやくちゃんと『あたし』に戻れた。気がした。
 ……って、え? 楽屋!?
 返事をする前にやっぱり和実さんは勝手知ったる何とやらで楽屋に向かって行ってしまっているわけで……ううう。覚悟を決めるしかないか。
 どーせ深く考えたってなるようにしかならないさ、ふっ!
 ……開き直ったつもりで、和実さんの後について行く。
 和実さんが楽屋のドアをノックするときが、一番ドキドキしていたけど、それは気づかないふりすることにした!
 はいはーい、と中から声がして……それが宏伸くんの声だったもんだから、あたしは思わず逃げようと思ってしまったけどここで逃げちゃ駄目だよな、って思った。
 ドアを開けて、和実さんがおつかれさまー、とか言いながら入ってったので、あたしもさすがにちょっとテレつつ、おつかれさまです、なんて言って入ってった。
「美奈、どうだった? 聴いた感想は?」
 うわあっ、いきなりそれを訊くかあたしに……っ。
「びっくりした」
 どう考えても、それ以外にあたしに言える感想はなかった。
「それだけ?」
 拓が重ねて問うてくる。……にやにや笑って。
「……自分の胸に聞いてみましょう、どうやらわかっているようだから」
 あたしが苦笑して言うと、拓は一瞬嬉しそうに笑ってから、みんなに
「合格点もらっちゃった」
と言った。
 合格点って……もう100点以上ついてんのにさ。って、そういう問題でもないけど。
「それでは、お片づけして拓んちで打ち上げ、ってことで」
 にっこりと笑って望さんが言う。それがきっかけかのように、みんなが片づけはじめた。
 あたしは何となく所在ないような気がして和実さんに何かした方がいーんでしょうか? って訊いたら、和実さんは相変わらずにこにこして、
「みんな片づけるのも好きなんだから、本人たちにやらせとけばいいのよ」
なんて言った。そ、そうか……片づけも好きなのか……。
 見てたら、確かに嬉々として片づけしてる。って言っても、そんなに片づけるものもなさそうだけど。ある程度の機材はここのものを使っているわけだし。
「さって、終了ー。打ち上げレッツゴーだいっ」
 宏伸くんが楽しそうに言う。片づけ終わったのが嬉しいのか打ち上げ行けるのがいいのか……多分両方なんだろうな、この場合。
「それじゃ、車はいつもの通りってなことで。拓んち集合。一時解散」
 望さんが簡潔に言う。いつも通りって、それってつまり……車に乗る人数から考えても、あたしは拓の車に乗るわけだ……。
 拓が自分のギターを持って、あたしに声をかけて歩き出す。
「それじゃ、楽しいドライブをね」
 なんて、和実さんがウインクまでオマケにつけて言ってくれる。
 楽しいドライブって……どーすりゃいーんですか、あたしは。


「美奈、最近俺たちのこと避けまくってたよね?」
 車に乗ってエンジンかけた途端拓がいきなりそんなことを言ってきた。
 ……むー、そりゃバレるよな、うん。
「気のせい気のせい」
 まさか、はいそーです、なんて言えずに、あたしはとりあえずごまかして……みたんだけど。
「嘘ばっかり」
 と拓にきっぱり言われてしまった……むー。
「なんてね。本当は知ってるんだけど。佐山さんいるから来づらかったってこと」
 う……うわあっ、なんなんだそれはぁっ!
「佐山さん、しょげてたもん。美奈が来ないのは俺のせいだー、って」
 何故にそんなことになってるかなあ、もう……。
「覚悟が足りなかっただけのことなのよ、つまりはね」
 あたしは仕方がないからそんな風に言ってみた。
 そう、ずっと逃げ隠れ出来るとは思ってなかったんだ、あたしも。ただ、ちょっとの勇気が出せなかっただけで。
「もう大丈夫。大丈夫にする」
 宏伸くんだって、頑張って普通にしてるんだから。
 きっと、辛いのは宏伸くんのほうなのに。
「そう? ならいいけど」
 拓は、そんなあたしの考えなんて知ってか知らずか、簡単に言ってのける。
 そう……大丈夫にするしかないんだ。
 あたしがこの人たちの……SKYの、仲間でいたいと思う限り。


「そーれーでーは。乾杯ということで」
 宏伸くんがやけにテンション上げて言う。
「かんぱーいっ」
 グラスのかつん、と鳴る音。みんなの笑顔。
 帰ってきたんだなあ、なんて、こっそり思ってた。
 どうしてあたし、ここから少しでも離れていられたんだろう。
 こんなに、好きな場所なのに。
 宏伸くんの楽しそうな声。雅樹さんの静かな微笑。望さんと和実さんのとりまく優しい空気。
 拓の、存在。
 全てがもう愛しくなってた。全てがもう、大切なものになってたのに。
「美奈、飲んでるー?」
 宏伸くんが軽く、ごく自然に訊いてくるから。
「飲んでるよん」
 そう言ってあたしもごく自然に、グラスを上げてみせる。……とは言っても中身は午後の紅茶ミルクティーなんだけど。
「やっぱりねえ、美奈の詞いいわ。俺好きだわ」
 宏伸くんが。臆面もなく、そう言うから。
 あたしはできるだけ真面目な顔と声で、ありがとう、なんて言ってみる。
「ああ、結構いいよな」
「実際形になるともっと良くなってるよな」
「カズミも気に入ったわ」
 雅樹さん、望さん、和実さんもそんな風に言うから。
「……あのー、曲の方は……?」
 なんて、拓が少し(……かなあ?)淋しそうに言ったくらいにして。
(やっぱり大切)
 この場所が。優しくて凄く居心地がいいから。
(失いたくないな)
 ふと、そんな風に思った。……ら、それを、想いを、言葉にしたくなって。
「あたし、急用が出来たから帰ります」
 考えるより先に、言葉が出てきた。
「ええっ!? もしかしてまだ避けられてる? 俺」
 宏伸くんの焦った声。
「じゃなくて。本当に急用」
 説明するのももどかしくて、あたしは必要最低限(以下かもしれない……)を言って、すぐ帰る準備をして。玄関に向かった。
「じゃあ、送って……」
「いい! あの、ごめん、ひとりで帰りたいから」
 拓の申し出をきっぱり断ってから、うわやば、と思ってちょっとだけ言葉を足した。じゃないとまた怒られるよー、と思ったりなんかして。
「それじゃ、またね」
 絶対今日はここまで! と言外に訴えて言ったら、とりあえずみなさん思い思いに手を振ったりなんかしてくれた。
 ……ちょっと嬉しかった。


 それから(というのはつまり拓の家を出てから)あたしはずっと、ぶつぶつと独り言を言いながら家に帰ったのだった……。




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