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8.
好きなだけでは何も始まらないし
何も終わったりはしないけど
それでも 君がいるなら
たとえば 何気ない仕草に
目を奪われたり
それだけでもう 好きだと思ったから
後ろ姿を見たくなくて
帰り道 振り返れなくても
好きという気持ちだけで
世界なんて何も変わったりはしないけど
それでも 君がいるなら
きっとそれだけで 幸せにはなれるから
たとえば 特別じゃない日に
君に逢えたなら
それだけでもう 特別な日に変わる
明日が来るまで待てなくて
君にすぐ 逢いたくなっても
好きなだけでは何も始まらないし
何も終わったりはしないけど
それでも君がいるなら
何かが変わるはずだから
SKYの定期ライブに、あたしは例によってまた和実さんと客席にいたりする。
ここ一週間、また避けられてるとは言われたくなかったから、何度か拓の家に行ったりもして。
(恋の歌だね)
あの夜に書いた詞を見せたら、そんな風に言われた。
(幸せそうになってるね)
うん、そう。幸せだからね。
たとえ、実らない恋を胸に抱いていてもね。
(「君がいるなら」って本当は)
「君」じゃなくて「みんな」なんだよ、とは……言わずにいた。
恋の歌。そうかもしれない。
あたしの好きな場所のことを書いたから。
あたしの好きな、SKYメンバーみんなのことを書いたから。
(曲、絶対ちゃんとつけるから、待ってて)
いつもの拓の言葉。うん、待ってるよ。
待ってるから、早く殺して。あの、銀の糸みたいな切り口鮮やかな武器で。あたしを。
『実は先日、新しい仲間が書いてくれた詞ってのがまたクリーンヒット、って感じで……出す時期をどうしようか凄く迷ったんだけど、俺がとにかく早く歌いたかったので、無理矢理今日やることにしました』
ふと耳に入ってきた拓のMC。
……ちょっと待て。それってまさかもしや。
『それからこれも俺の我が儘を通した形になっちゃったような気がするんだけど、SKYのテーマソング的にしちゃいました。……いいよね?』
よね、って……ステージ上で言われても。
「SKY DREAMER」
キーボードのソロで始まる。ミディアムバラード。
ああ……泣きそうになる……また。
遠い空を見つめていた
昔よりも近くなった空は
それでも 手には届かなくて
あのとき空に映していた夢を
今ではもう 思い出すことさえできなくて
いつの間に 僕らは
大人になっていたのだろう
蒼い空は 今でも
何も変わらないはずなのに
高い空を見つめていた
子供の頃 憧れていた空は
いつでも 僕らを見下ろして
あのとき空に重ねていた夢を
今ではもう 思い出すことさえできなくて
あの頃の僕らは
大人になんかなりたくなくて
いつまでも このままで
変わらないでいたかった
いつの間にか 僕らは
大人になっていたのだろう
蒼い空は 今でも
何も変わらないはずなのに
ギターの弦を弾く音で、それは終わった。
そして拓が一礼して、ライブ自体も終わりだった。
「……美奈ちゃん、泣いてるの?」
至近距離からの声で、あたしはふと我に返った。
ぱたぱたぱた、と何かが落ちるのに気づいて、なんだろう、と思ったら、それが涙だった。
……ああもう、また泣くつもりじゃなかったのに……。
はいこれ、と言って和実さんが差し出してくれたハンカチを、本当はあたしも持ってるんだけど借りて、とりあえず楽屋に行こう、って和実さんに促されて行った楽屋では。
「あれっ、俺もしかしてまた美奈のこと泣かせちゃった!?」
と拓の第一声が迎えてくれた……。えーっと……。
「ごめん、いきなりだったから、ついうっかり」
ついうっかり、で泣くかよ……とも自分で思ったりなんかしたけど、他に言いようがなかった。
「とりあえず我々は片づけしてるんで、その間に落ち着こうね」
なんて、望さんが予想でもしていたようにサラッと言うから、あたしはあたしで、これでいいんだ、なんて思ってしまった……。
良くないんだよ本当は全然……。
ああもうあたしのバカバカバカ、なんて思ってたから、みんなの片づけが終わって打ち上げに拓の家へと行くまで、あたしはずーっと無言だった。
「かんぱーいっ」
四回目になるSKYの打ち上げに、あたしもしっかりと混ざって一緒に乾杯なんかしてる。
この瞬間が、一番好き。
「もう美奈はSKYにとって絶対いなくちゃいけない存在だよね」
宏伸くんが、拓秘蔵のウィスキーなんかを飲みながら言う。
そそそそうかな……だったら嬉しいな。
「望もさっさと曲作らないと、拓と美奈ちゃんに作詞作曲乗っ取られるぜ」
ま……雅樹さんが皮肉言ってる……。
「まあそれはそれでいいんじゃないかと俺からは申し上げるけど?」
望さんがさらっと答える。けど、多分本気でそう思ってないことは確かっぽかった。
「望ったらいじっぱりなんだから」
くすくす笑って和実さんが言う。
「そんなんじゃないよ」
「嘘つきねー。まあ、そこがまたいいんだけど」
……あのー、ふたりの世界作るなら家でしてほしいんですけど……。
と思って周りを見たら、みんなは慣れてるようだった。
拓はひとりで、またシンセサイザーなんかいじってるけど。作曲じゃなくて遊びなんだろうか……わかんないけど。なんとなく。
あたしはあたしで、実はまださっきの……『SKY DREAMER』の余韻に浸っていたわけで……まともな状態とは言い切れなかったりする。
「まだ我に返ってないの?」
すっごい近くで宏伸くんの声がしたから、ほえ? と思って見てみると……ほんっとに目と鼻の先に宏伸くんの顔があった。
「うぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
あたしはわけのわからん悲鳴(だ、一応)をあげて、後ずさる。
「……美奈がまた俺のこと避けてる……しくしく」
じゃなーくーてっ!
「今のは! 宏伸くんが悪いかとあたしは!」
「同感」
「せまるなら時と場所を選べよな」
「宏伸くんったら可愛いんだから」
雅樹さんと望さんと和実さんが言う、けど。
……あたしは一部頷きたくないところが……。
そんなこんなで、打ち上げは――多分きっと――非常に和やかに、時を進めていった。
その時間の終わりなんか、来ないと思わせるように。
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